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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
145/201

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 翌三日目の戦には、先鋒に犀蒼瑛の姿があった。

 昨日、直接熾闇に提示した案が通ったのだ。

 もちろん、その案は翡翠にも諮られ、問題なしとして認められたからである。

 華やかなことが好きな青年は、大いに喜び、そうして見事に采配を振るってみせる。

 そしてその次の日は莱公丙が、五日目には嵐泰が、毎日先鋒を務める武将が変わり、燕を翻弄していく。

 初日に翡翠が燕の軍師を滅したため、燕に参謀を司る者がいない。

 そこを突いた策であった。

 ひとりの軍師が練った策であれば、ある程度でその傾向が読めてくる。

 だがその都度、先鋒を束ねる武将が策を練れば、見えてくるはずのものが見えてこない。

 いささか乱暴な策であると、本来であれば反対する者も出てくるだろう。

 相手を追い払うという前提であれば、こんな無謀なことはしない。

 しかしながら、韓将軍をこちらに迎えるとあれば話は別だ。

 彼が興味を持つように、全員でお相手しようと蒼瑛が言い出したのだ。

 本来、お祭り好きな彼らは、一も二もなく同意してしまった。

 翡翠が欲しいと言った男を自分の目で確かめたがったのだ。

 燕にとっては悲劇、颱にとっては喜劇の幕開けとなった。




「くそぉ!! 何考えてやがるんだ、颱の連中は!?」

 燕の本陣で吼えるように唸った韓聯音は、忌々しげに敵を睨みつける。

 毎日繰り返される戦闘で、颱は毎日のように先鋒の将を変えてきた。

 どういう戦い方をするのか、慣れる間もなく戦闘が終わってしまうため、策の取りようがない。

 こういう場合は、早急に戦いを終了し、本国に戻ることが得策だと武将としての勘が告げている。

 だが、その勘に従うことはできない。

 颱の領土を得るまでは、戻ってはならぬという命が下っているからだ。

 戻るときは、領土を得たときか、燕王からの新たな命が下ったときか、もしくは首だけの存在になったときだけだ。

「どれをとっても忌々しい。羨ましい……」

 主将の命を受けなくとも、武将たちが独立して策を立て、兵を指揮する颱が羨ましく映る。

 いちいち指揮を与えずとも、彼らは自分たちの才覚で策を練ることができる上、それだけの自由を許されているのだ。

 燕ではこうはいかない。

 まず、王命は絶対であり、武将たちは主将の命を受けなければ動くことはない。

 自由裁量を与えても、決して自分の頭で考えることはないのだ。

 もし、己が颱の将であればと考えずにいられないことが、一番口惜しい。

 質の高い兵を使い、指揮を取ることができれば、どんな戦でも勝つことができるだろう。

 何より、颱の兵士達は、自国を護ることに誇りを持って臨んでいるのだ。

 侵略側の燕の兵士達は、己のしていることに誇りを持っている者は、皆無に等しいだろう。

 守り神を持つ国に攻め入ることは、神意に背くことになる。

 天に弓引く行為を誇れるわけがない。

 天意に逆らうことは、すなわち、滅亡へ足を踏み入れたことに等しい。

「何とかしなけりゃ、早急に……」

 このままでは犬死することになる。

 颱が虐殺を行うと言っているわけではない。

 自国の王によって、殺されると言いたいのだ。

 軍師を失い、策を練る者も彼以外おらず、為す術もないまま時間ばかりが過ぎ去る。

「あの言葉、どうやら本気のようだな」

 颱の軍師が初戦の別れ際に囁いた言葉を思い出し、聯音は呟く。

 本気で聯音を颱に招きたいがために、わざと将を日替わりでぶつけてくるのだと、彼も気付いていた。

「ならば、そこにつけ込む余地があるか」

 己の実力でこの地位まで上り詰めた男である。

 状況判断に優れているという点においては過信ではない。

 颱の出方と、自国の総力を照らし合わせ、何とか恰好をつけられる策を捻り出したとき、新たな展開が転がり込んできた。


 戦況を毎日のように本国へと伝えることは、軍を率いる将軍にとって大切な仕事のひとつである。

 そうして、その報告を受けた王が、総大将にどのように颱を攻めるべきなのか、使者を立てて告げる。

 刻々と変わっていく戦況、そうして戦場に出たことのない王の策は、現状に合わない回答となる。

 それでも従わねばならない立場である彼らは、折角の好機を失ってしまう戦略を取らざるを得ない。

 だからこそ、彼らは本国からの使者を倦厭していた。


 本国からの使者──王の名代は、例え将軍達より階級が低くとも丁重にもてなさなければならない。

 もてなすべき相手は使者でなく、王であるからだ。

 上座に床机を用意した聯音は、下座の床机に座り、使者を待つ。

 伏座叩頭する必要はない。

 それだけが唯一の救いである。

 衣擦れの音と共に文官である使者が上座に立つ。

「お久しゅうございます、韓将軍」

 使者は人払いをした後に、聯音の前に膝をつき、頭を垂れる。

 昔馴染みの到来に、聯音は少しばかり驚いた。

「辛殿。おぬしが使者か」

「はい。このような言伝をお持ちすることにならなければ、嬉しいお役目でございましたのに」

 心底困ったような表情で、文官は溜息交じりに告げる。

 それだけで伝えられることが誰にとっても益のある言葉ではないことが知れるもの。

「仕方ない。それもまた、現実というものだ。覚悟はある程度できている。さくっと言ってくれ」

「……相変わらずですね、将軍は。その『ある程度』の覚悟という言い回し、懐かしいです」

 複雑そうな笑みを浮かべた文官は立ち上がり、用意された床机に腰を下ろす。

「直ちに戦を取りやめ、本国へ取って返し、軍師の喪に服すよう。韓将軍は、宮廷に出仕し、王に軍師の最後を詳しく伝えるよう申し付ける」

「……はぁ!?」

 御意と答えるべきところを、聯音は思い切り首を捻って声を上げた。

「何だと!? 気は確かか?」

「確かです。王は、そのおつもりでございます」

 相変わらず困ったような表情を浮かべた文官は、肩を落として応じる。

「もとより、正気ではなかったな、我が王は。この状況で戦を放り出せなど、まともな思考を持っていれば言い出すわけがない。まぁいい。どうせ、負け戦だ。王の言葉に従ったといえば、面目は立つ……か」

「……申し訳ございませぬ」

「おぬしのせいではない。馬鹿王のせいだ。燕が弱いのは、王のためだ」

 思い切り不敬な言葉を吐く聯音を辛文官は窘めようとはしない。

「廉殿下より、お言葉を賜ってございます。此度のこと、決して韓将軍の責任を問うような真似だけはさせぬゆえ、堪えて欲しいとのことでございます。皇太子殿下は、軍師を失ったのは韓将軍の責任だと、声高に仰っておりますが、誰もそのようなことを思ってはおりませぬ。何故、廉殿下が皇太子ではなかったのか……悔やまれてなりませぬ」

 逆に口惜しげな口調で告げるほどだ。

 燕王にはふたりの王子がいる。

 嫡子の王子と、庶子の王子だ。

 その出自から嫡子の王子が王太子の地位に就いたが、その出自を鼻にかけ下々のことを見下し、諫言には耳をかさぬ傲慢な性格より民には嫌われている。

 反対に、庶子の王子は、身分にこだわらない気さくな性格で、武官として軍に所属し、国のために働いているため、庶民受けは良い。

 しかし、聯音は知っている。

 廉王子は、国のために働いているのではなく、保身のために軍部に身を置いているのだと。

 王位継承を巡り、兄弟間で争っても嫡子である兄には敵わず、敗れて粛清を受けるよりは先に自ら降りたほうが身のためだと考えたからだ。

 この廉王子が己の主かと考えたことのある聯音だが、その姑息な考えを知り、切り捨てたのだ。

「誰が王でも同じこと。俺は、俺のやることに責任を持つだけだ。辛殿、今すぐ陣を畳めば、兵が混乱する。明日の出陣を終えた後、そのまま本国へ戻るとしよう。何かひとつでも手土産は必要だからな」

 負け戦などではなく、互角に戦って退くのだと兵たちに思わせなければ、次の戦、必ず負けるだろう。

 徴兵したとしても、兵が集まらず、そもそも戦にもならないことも考えられる。

 だからこそ、確かな証拠が必要だと判断した聯音は、使者にそう告げた。

「承りました。宮廷にてお待ち申し上げております」

 文官は、深々と一礼した後、何事もなかったような表情を浮かべ、本国へと戻っていった。

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