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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 一見、中央を攻め入る燕のほうが優勢と思えるだろうが、勢いに押されて二手に分かれたように見える颱がそのまま前進する。

 側面をひたりと吸い付かれ、燕は退路を遊軍に押さえられるのではないかと、しきりと気にし出す。

「得意の心理戦というやつか……だが、喰らいついた手前、喰い千切るのが上策というものだろう」

 退路を気にして戦うよりも、相手の喉笛を噛み切る勢いで潰しにかかるべきだと、聯音は判断する。

「後ろを気にせず、前に進め! 遊撃軍は動いてはおらぬ。心配して肝潰すような間抜けな様、見せるんじゃねぇぞ」

「承知!」

 総大将の激に勢いよく返事した兵達が前進する。


「喰らいついてきたか。一気に押し潰せ! 遠慮はいらんぞ」

 予想通りの動きを見せた燕に、嬉々とした表情を浮かべた熾闇が即座に命じる。

「手加減など、一切なしだ。最高の敬意を持って叩き潰してやれ」

 この表情を見た者は、熾闇が戦を厭う性格であることを根底から疑うことだろう。

 それほど生き生きとした表情である。

 戦場で育った彼が、唯一自分らしくあれる場所がここなのだ。

 王族として王宮で暮らすよりも、自然の中で敵と向かい合うことの方が、生きている実感に溢れている。

 ここでは、生き残るための真実しかない。

 誰よりも生き残ることに貪欲でなくては、生きて還ることができない掟が罷り通る場所なのだ。

「おまえ達も、どんなことをしても生き残れよ」

 きっぱりとした口調に、兵達が応える。

 国のために死ねというのは簡単だ。

 だが、自分自身のために生きよと言える将は少ない。

 だからこそ、兵達は熾闇についていくのだろう。

 生き残ることが最大の手柄だと、そう断言できるわけがないと、誰もが思う。

 しかしながら、彼はごく自然にその言葉を口にするのだ。

 物知らぬ王子の戯言なら聞き流しもしよう。

 だが、彼らは知っている。

 王命で、十歳にも満たない第三王子が王太子府軍に従軍したのは、ひっきりなしに現れる刺客から身を守るためであった。

 この危険な場所で、彼は充分すぎる時間を過ごし、生き残ってきた。

 その言葉を紡ぐには、誰よりも相応しい人物であるからこそ、反感を抱く者はいない。

 鼓舞される言葉に拳を突き出して応じた彼らは、指示通りに燕軍の側面から圧力をかけ始めた。




 その日の戦は、やはり夕刻に振り出した夕立で勝負お預けとなった。

 雨が降ることを予測していた颱軍が、すでに退却の準備をしていたことから、颱の損害は殆どなかった。

 むしろ、燕は雨が降ることを知らず、先日の衝撃からようやく醒めたばかりであるため、その損害は計り知れないほどであった。

 外から眺めていれば、燕が優勢だと思えるだろう展開であったはずなのに、心の底からは喜べない。

 逆に颱に遊ばれていたような気がするだけである。

 戦はまだ始まったばかり。

 どちらが勝つかは、時の運。

 己にそう言い聞かせ、彼らは翌日以降の戦について、想いを馳せた。




 雨が降りしきる中、本陣へと帰還した第三王子は、実にご満悦状態であった。

「あれが、韓聯音か……確かに、いい漢だ」

 小姓に差し出された布で無造作に水分を拭き取りながら、熾闇は満足そうに笑う。

「そんなに好い男でしたか」

 天幕を訪れた颱軍きっての美丈夫は、面白くなさそうな表情で問いかける。

「遠目だから、はっきりとしたことは言えぬが、背丈は嵐泰よりも高いな。幅も厚みもけっこうある。あれは相当鍛えてるな、うん」

 楽しげな口調で答える王子だが、犀蒼瑛が何を言っているのかは理解していない。

「第一線で戦い、生き抜いてきた漢だ。策の練り方も実践的で、臨機応変に変えてくる。手強いな」

 具足を外し、用意された衣服にてきぱきと着替えながら、若者は力強く頷く。

「うちにはいない系統の漢だ。あぁ、でも、少し季籐従兄上にも似ているな」

「では、相当な使い手だと見てもよろしいのですか?」

 自分の問いかけたこととはまったく別の回答を寄越した王子に怒ることなく、質問を軌道修正した蒼瑛は、呑気な口調で問う。

「多分な。実際、手合わせした翡翠に聞いたほうが確実だぞ。あいつの細腕で、よくあの漢の攻撃を受け止められたものだな」

「ははぁ……なるほど。筋肉系なんですか……頭の中まで筋肉系ではなさそうなのが救いですが、お相手したくないですな」

「えぇっと、顔立ちはかなり良かったぞ。ほら、おまえ達の顔を見慣れてるせいで、翡翠、面食いだから」

 少しばかり嫌そうな表情を浮かべた蒼瑛に気付き、慌てて熾闇がとんでもないことを言い出す。

 傍に翡翠がいれば、即行で第三王子の言動修正を行ったか、あるいは再教育を匂わせていたことだろう。

「私の顔がいいのは、当たり前のことですが、軍師殿の面食いは何も我々の顔のせいではないと思いますよ」

 出会ったときにはすでにかなりの美意識を持っていた少女が、自分達の影響で面食いになったわけではないと断言する。

「ついでに申し上げますと、軍師殿は面食いではないと思いますが……人の顔に限定して言えば」

「……そうか?」

「えぇ。むしろ、殿下の方が面食いだと」

「そうかぁ?」

 思い切り不思議そうな表情で問いかける熾闇にはまるで自覚症状がない。

「そりゃそうですよ。あなたの基準はすべて軍師殿ですからね。あまりにも基準が高すぎて、生半可な相手では綺麗だと感じないでしょうに」

 きっぱりと断言された若者は、困惑したような表情を浮かべる。

「話が逸れてしまいました。こんなことを言いに来たのではなかったのですが……殿下に提案があるのですが」

 額に手を当て苦笑した青年は、ようやく本題に入る。

「明日のことか?」

 その言葉に反応した熾闇の表情が有能な武将へと変わる。

「御意」

「聞こう」

 近くにある床机に座るように促した王子は、自分も向かいに座ると蒼瑛の瞳をまっすぐに見つめた。

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