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白虎の宝玉  作者: 西都涼
揺籠の章
14/201

14

 颱を吹き抜ける風は留まることはない。

 時に強く、時に優しく、白虎神が望むように、風は駆け巡るのだ。


 きゃらきゃらと弾けるような子供の笑い声が王宮に響く。

 長い黒髪をみずらに結った子供と、闇紫の癖毛の子供が、王宮内を駆け巡って遊んでいるのだ。

「待て、翡翠!」

「嫌ですよーっだ!!」

 駆け鬼をしている子供達の無邪気な笑い声は、思政宮の大人達の心を和ませる。

 特に、第二正妃の忘れ形見である王子が元気よく走り回っている姿を目にすると、気難し屋の大臣達でさえ、思わず口許に笑みを浮かべるほどだ。

 とても素直で、少々きかん気な少年が、特に懐いているのが同じ年の乳兄弟である少女であった。

 何をするにも一緒でないと気が済まない熾闇は、常に彼女と行動を共にし、今も無邪気に遊んでいるようだ。

「いい加減、捕まれったら!」

 あと少し、もう一歩というところで、手から擦り抜けてしまう少女に痺れを切らし、熾闇はがなり立てる。

 あまり気が長い方ではないのだ。

 短気で浅慮なのではないが、そう呑気な方でもない少年は、思い通りに事が運ばないことに苛立ちを覚え、むくれ出す。

 翡翠を傍に置くことも、最初のうちは聞き入れてもらえず、かなり口惜しい思いをしたものだ。それが、彼にとって我慢を覚えるという、最初の試練だった。

 亡き第二正妃の遺言により、ようやく翡翠を傍に置くことを許された熾闇は、現在、非常に機嫌がよかった。彼の我儘に決して首を縦に振らない翡翠を除いては、皆が皆、彼の言う事を聞いてくれるのだから。


「あ……」

 きゃらきゃらと笑っていた翡翠が、何かを見つけ、ふと足を止める。

「捕まえたぞ!」

 得意そうに笑った熾闇が、彼女を抱き締めたが、すぐに彼女が見つめるものに気付き、首を傾げる。

「なんだ、あれ?」

「もうっ! 見たらわかるでしょう? ちょっとそこにいてくださいね」

 怖い顔をして窘めた翡翠は、巾を手にし、足音を忍ばせてそれに近付く。

 内庭の噴水の水に巾をつけ、軽くそれを絞り、声をかける。

「あの、これを……」

 見たことのない服を身につけ、顔を覆い泣いている女性に巾を差し出す。

 翡翠の声にびくりと背を揺らした女性は、ゆるゆると手を解き、彼女を驚いた様に見つめた。

 髪を結い上げ、額に白と赤の花弁を描いたその顔は、まだあどけなさが残っているものの、とても美しい容貌をしていた。


「………………」

 頬を撫でる風に目を開けた翡翠は、自分が夢を見ていたことに気付く。

 すでに夜は更け、昼間の暑さを忘れてしまいそうなほどに過ごしやすくなっている。

 天幕の中に作られた簡素な寝台から起き上がった娘は、入口である布が風で緩くはためいているのに気付いて視線を向け、驚いた様に目を瞠った。

 淡い月光に照らされ、白金に輝く毛並みに縁取られた白い神獣がそこにいた。

「白虎様……いつ、こちらに──いえ、影ですね?」

 かの神を包み込む圧倒的な神気が薄いことを見抜いた翡翠は、寝台から降りると、白虎の傍まで歩み寄り、絨毯の上に座り込む。

「昼間、異変に気付いた。苦しかったな……すぐに駆けつけなかった俺を恨むか?」

 銀に少しばかり蒼が混じったとても綺麗で大きな瞳が、苦しげに歪んで、そう告げる。

「いいえ、白虎様。国を護ってくださる方が、その場を離れ、僻地へと来られるなぞ聞いたことがございません。もし、そんなことになれば、国中が動揺いたします。わたくしは大丈夫です。こうして来てくださっただけでも、とても嬉しいのに……」

 熱を持ち、疼く右肩を動かすこともできない翡翠だが、それでも嬉しそうに微笑うと、左手を白虎の首に回し、その大きな肩に頬を寄せる。

 影と言っても、まるで実体のような感触で、こうして触れているだけで心が落ち着いてくる。

 本来なら、守護神に対してこんな親しげな態度は失礼なのかもしれないが、それこそ赤子の時から懐いている彼ゆえに、畏怖よりも肉親に対する愛しさがある。

「そうか……よく、頑張ったな」

 父のような、兄のような優しさで、翡翠を労った白虎は、腰を落とし、同じく絨毯の上に座り込むと、大きな舌で彼女の頬を舐める。

「……白虎様?」

 すっと痛みが引いていくのに気付いた翡翠は、怪訝そうに首を傾げた。

「毒を抜いた。ついでに痛みも取ったぞ。さすがに傷を塞いでしまうなどの干渉はできんが、このくらいならかまわんだろう。おまえは、生き急ぐフシがある。大局の先ばかりを見つめずに、たまには自分の明日を見つめてもよいだろう? せっかく美しい娘に生まれたんだ。それを活かそうとして何が悪い? 美しく着飾って、花を愛で、舞を舞ったところで、咎める奴なぞおらぬと言うのに……そこまで己を追詰めるおまえが不憫でならんよ」

 ふと表情を曇らせ、答える白虎に、翡翠はそっと目を閉じる。

「例え、修羅の道を歩もうとも、自分で選んだ道です。迷わずに歩むことができます……それがわたくしには幸せなのです」

 そう呟いた翡翠は、はっと身を起こす。

「白虎様、先程の夢は……あれは、白虎様のお力ですね? あのお姉様が……あの方が、羌の……?」

 遙か昔の夢を思い出し、あの時出逢った女性が、女帝ではないかと思い当たった翡翠は、それを尋ねる。

「……そうだ。あの娘が、この先にいる」

 ぼそりと答えた白虎に、翡翠の顔が青ざめる。

「何てこと……では、あの方が望むものというのは────」

 そう呟いた少女は、悲痛な表情を浮かべて、そうして瞑目した。

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