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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
133/201

133

「すまないな、二人とも。忙しい時なのに」

 参謀室に入るなり、適当に床机を取り出し、自分の分と藍衛の分を用意し、翡翠に執務机に行くように指示すると、熾闇は口を開いた。

「今回の燕との戦、女子軍も出陣する予定だったな? それと王太子府軍の割振りを先に聞いておこうと思ってな」

 地図と駒を取り出し、厳しい表情で告げる。

「では、女子軍のほうは劉将軍に」

 翡翠が女子軍の予定を告げるように藍衛に促す。

「は。女子軍のほうは、すでに第一隊と第二隊を展開させています。現地での必要な情報が即座に入手できるように経路は確保いたしました。敵大将に関する情報も、入手できました。前回、右翼軍を率いておりました韓聯音将軍だとか。部下の信望厚く、機知に富んだ奇将との評判です。おそらく、一旦崩れた燕を立て直した人物か、と。この短期間で再度侵攻できるように軍をまとめ上げたのは、彼だそうです」

「ああ、あの手強い将か……」

 藍衛の報告に、王太子府軍総大将は、ふと笑みをこぼす。

 翡翠の予測通りに、彼女を狙いに来た武将は、用兵の面において確かに手強い相手であった。

 だが、あの混乱の中、残念なことに一度も見えることなく熾闇は前線を離れ、颱が勝利した。

 生死を彷徨うほどの深い傷を負い、翡翠に負担をかけた苦い記憶だ。

「こちらも、再戦させてもらおうか」

 今度は方法を間違えたりはしない。

 翡翠を守り、自分も無傷で、ちゃんと自分の手で勝利を掴むのだ。

「それと、気になることがひとつ」

「ん?」

「燕の宮廷に、頻繁に出入りする者がいるそうです。どこの国の者かはわかりませんが、外国籍のようで、その幅広い才から軍師に抜擢され、此度の戦を進言したそうです。得体の知れぬ人物のようですが、不思議と誰も疑問に思わず、王の傍に上がっているとか。同じようなことが、他の国でも起こっているそうです。すべて別の人間であることは確認済みですが、外国籍の人間が、文官や武官として高位に位置する場所へ入り込み、政治に関与しているとか。普通ではありえない状況なので……」

「外国籍……どの国か、予想がつきそうにない顔立ちなのですか?」

「御意。強いて言えば、四神国出身のように見えると申しておりますが、色彩と顔立ちが一致せず、どの国かと断定できぬとのこと。また、混血にしても、納得のいかないところがあるとも言っておりました」

 藍衛の説明に眉をひそめた熾闇の隣で、翡翠が難しい表情になる。

「翡翠。心当たりがあるのか?」

「いえ。混血ではないというところに引っ掛かりを感じただけにございます」

 熾闇の問い掛けをあっさり否定した娘を二人は素直に信じてしまう。

 これが青藍や成明であれば、おそらく素直に信じはしまい。

 彼らは翡翠と共に神族に襲われたのだから。

 穏やかで静かな表情に、気付かないうちに騙されてしまう。

「短期間のうちに、国の中枢部に入り込む手腕はたいしたものだ。油断はできぬと肝に銘じておこう。重要な情報をありがとう、劉将軍。引き続き、女子軍には秘密裏に動くよう頼む。決して無理をせず、矢面に立たぬように……剣を手に取り、手を血に染めるだけが戦ではないことを皆に知らしめてくれ」

「御意」

 戦上手と褒め称えられる若者から、ひそやかな賞賛を浴びた女子軍の副将は、静かに頭を垂れる。

「我が軍の人事はどうなっている? 翡翠」

「大きく変わるところは特には……ただ、第七から九の王子方はわたくしの騎下へ移動させ、千騎の長に任じます。来年、成人の儀をお迎えになられますので、それなりの戦果を挙げたいと無茶をなさるでしょうから」

「手厳しいな。嵐泰や青牙はともかく他の将軍達では、やはり王族に対して遠慮が出るか」

「……えぇ。利将軍ですら、麟霞殿に厳しい態度を取り続けることができぬようですから……それに、七から九の王子は、王太子府の将とするのではなく、転属すべきでしょう」

「あいつらは、役には立たぬか?」

 弟達の戦績はあまりにも良いとは言えないことを知っている兄は、はっきりとした回答を求める。

「いいえ。さすが陛下の御子と申し上げましょう。経験不足ではありますが、感覚は良いものを持っていらっしゃる。ただ、それを発揮できるのは王太子府軍ではなく、別の場所だということです。第九王子珀露殿は、軍師の才がございます。それを伸ばし、親衛隊の長として陛下のお傍に控えていただいたほうがよろしいでしょう。第七王子麟霞殿、第八王子晴璃殿は、城砦の守りを得意とされているようです。特に晴璃殿は、政にも興味をお持ちのようですので、そちらも学ばれて国境近くの州城主として州を治めていただくのもよろしいでしょう。麟霞殿は弓が得意ですので、やはり国境の城砦で警備の総指揮を執っていただくのが適任かと」

 ゆったりとした口調で説明した翡翠は、目を伏せ、少しばかり考え込むような素振りを見せる。

「本来でしたら青牙殿に親衛隊をお任せしたいところでしたが、青牙殿にはその御意志がございませんでした。あくまでも兄上の傍で支える役を務めたいと仰られて……」

「だろうな。青牙は俺ではなく、おまえに焦がれている。お前の傍を離れるものか」

 武将として憧れ目指す相手が傍にいるから、離れるつもりがない弟王子に苦笑をした熾闇が答える。

「さて、それは。初陣を迎えられる王子方も、王太子府軍をご希望なさっておられます。王命が下りましたら、お受けする所存でございますが、一時お預かりするという形で、時期が来ましたら転属をなさるべきかと存じます。黒獅子軍が王都を守り、緑波と紫影が国境を守り、侵入者に対して王太子府を始めとする他の軍が掃討する。現在の形をそのまま継承し、なおかつさらに発展させるためには、王族出身の武官を王太子府軍へ集めるのは得策とは言えないでしょう。適性に応じて分散させる方法を取るべきかと存じます」

 先を見通す施政者としての眼差しで、淡々と告げる翡翠の言葉に熾闇も頷く。

 彼女の組織設立運営の才を王子は誰よりも買っている。

 熾闇にできるのは、必要な組織の外形、印象を思い浮かべることと、それを実際に率いて運営することだけだ。

 翡翠は組織に関する一連の動作すべてを見通し、動かすことができる。

 これは動かすことのできぬ王としての資質だと、彼は思う。

 実際、従妹が次代王ではないかと、彼は考えているのだが、臣下の身であるゆえ、人の頂点に立つことはできぬと翡翠は固く誇示することだろう。

「頭が重過ぎる組織は立ち行かぬと、おまえはそう言いたいのだな? 俺もその意見には賛成だ。身分に関係なく、優秀な者がその組織を引っ張っていくべきだろうし、俺たちもその規則に乗るべきだと思う。ここで甘やかされて育つより、切磋琢磨して、己の責任を取れる人間に自ら鍛えるべきだ。俺は、おまえの考えを受け入れるぞ」

 逃げることは赦されない立場だということを理解すべきだと、いささか厳しすぎる判断を下した熾闇は、翡翠の言葉を受け入れる。

「その方針でこちらも動こう。出立はいつになる?」

「兵は出揃いました。後はいつでも命が下れば都から離れましょう」

「わかった。陛下に報告してこよう。すぐに発つぞ」

「御意」

 総大将の言葉に頷いた副将は、人を呼び入れると、軍議の召集をかける。


 国王からの命を受け、王太子府軍が王都から発ったのは、それから五日後のことであった。

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