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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 しばしの間、後宮娘子軍の主将である娘の姿を見送っていた第三王子だが、従妹とその副官に視線を向ける。

「あれは、どうしたんだ?」

 どこか納得のいかない表情で、仔細を知る者たちに問いかける。

「女子軍に仕官したいと仰ったのです。娘子軍では民のために役立っていると思えないと感じたのでしょう」

「……ああ。妹達は王宮から外に出たことがないからなぁ……不安にもなるだろう」

 王族は、国のために存在すると、王の子達はそう教育される。

 王宮で何不自由なく生活できるのは、民が税を納めるため。

 その税とは、国のあらゆる問題を解決するための資金である。

 その税によって生かされている王族は、当然、民のために役に立たなければならない。

 それが王族の役目なのだと、幼い頃より教えられ、その考えが自然に定着している。

 権力を与えられているのは、民を守るためだ。

 理不尽がまかり通らぬように、公平な知識を学ばなければならない。

 そう教えられ、育った王族は、自分の意志で民の役に立つことは何かと模索し始める。

 そうしてそれぞれが得意な分野で、道を見つけていくのだ。

「役に立つ人間、か……俺など、役に立たぬほうが、平和で良いというものなのだがな」

 溜息交じりで呟く若者の言葉に、藍衛が視線を落とす。

「武以外で役に立とうとは思われませぬか?」

 少しばかり呆れを含んだ声音で翡翠が問う。

「実際、何の役にも立たぬだろう? お前ほどの知識もなければ、腹芸もできぬ。政治は無理だ」

「自慢になりますか、それが。妹君のお相手をなさればよろしいでしょう。弟君も兄上と遊びたくて、常に母君に三の兄上の予定をお尋ねになられておられるそうですよ」

「おや。殿下はもてますな」

 ぎくりとした熾闇に対し、翡翠がからかうと藍衛までもが便乗する。

「い……嫌だぞ。妹達は妙に押しが強いし、意志が通らぬと、すぐに泣くからな。それに、弟達も小さすぎて、あれでは相手をする前に俺が壊してしまいそうだ」

「子供の身体は柔らかくできております。滅多なことでは骨が折れたりはしませんよ」

「や。泣かすことはできても、笑わせることはできぬぞ」

 狼狽えまくり、焦る王子に、女達は顔を見合わせ、引き際を計る。

「子供は、視線を合わせることが基本です。こうやって、瞳を見て笑ってやれば、安心して笑ってくれるのですよ」

 ひょいっと熾闇の顔を覗き込み、柔らかな笑みを浮かべる翡翠に視線を引き寄せられた王子は、そのまま固まる。

 じっと瞳を見つめられれば、見つめ返すことしかできなくなる。

「あ……えーっと、翡翠?」

「はい」

「この場合、どうやって視線を外せばいいんだ?」

 だりだりだりと冷や汗脂汗をかきながら、若者が焦って問いかける。

 いきなり視線を外せば、相手に不快に思われたと感じさせてしまうのではないかと、非常に困って視線が外せなくなってしまったようだ。

「外さなくとも良いではありませぬか、殿下。相手が殿下の瞳に酔うまで見つめて差し上げればいい。見つめ、微笑むだけで相手を酔わせることは、言葉を費やし口説くよりも遥かに難しいものです。酔った女性を柔らかく掻き抱けば、こちらのものでしょう」

 笑いを堪えながら、藍衛が女性の落とし方を伝授する。

「いや。相手は子供だろう? 目を逸らして泣き出されたら、どうしようかと……」

「瞬き、忘れてますよ、熾闇様? 瞬きなさって、視線を外されるとごく自然に目を逸らすことができますが」

「あ……」

 従妹に指摘され、初めて瞬きすらできずにいた自分に気付き、慌てて瞬きを繰り返したところでようやく視線をずらすことに成功した若者は、ほっと息を吐く。

「……助かった。翡翠の瞳は、色があまりにも澄んで、引き込まれてしまうからな。魅入られて、視線を外すことができなくなってしまう……あぁ、そうか。劉将軍の言っていた『酔う』とは、こういうことか。確かに酩酊感がある」

 軽く首を振り、困惑したように告げる熾闇の前で、翡翠が目を伏せる。

「わたくしの瞳の色は、南では『魔物の瞳』と呼ばれているのです。人の魂を魅入り、思うがまま操ることのできる魔性の目だと。実際、そうなのではないかと思うことがあります」

「そんなことはないぞ。お前の目はとても澄んでいて綺麗な色だ。魔除けの色だし、草原の草の色だ。俺の一番好きな色だぞ」

 自分の瞳の効力を知る娘が、どこか沈んだ様子で言葉を紡ぐと、第三王子はあっさりとその言葉を否定する。

「劉将軍……藍衛殿の黄金の瞳も、夕日に映える川面のようで綺麗だし、青藍の破邪の瞳も吸い込まれそうに深い空の青だが、そこまで思考停止はしないな。ああ、だが、劉将軍の瞳は、翡翠の次に好きだぞ。嘘がなくて、力強い。信頼に値する瞳だ」

「一武将を口説いてどうなさるおつもりか。あぁ、殿下は無自覚で人を誑す趣味がおありのようだ」

 苦笑を浮かべた藍衛が、肩をすくめる。

「誑す……誑すって……? 俺は、思ったことをそのまま言っただけだぞ。趣味と違うと思うが……」

 真面目な顔で悩み出す熾闇に、翡翠が苦笑する。

「藍衛殿。あまりからかわないでくださいませ。稚い方でいらっしゃるのですから、お悩みになられますでしょう」

「いや。私はそこまで稚い方だとは思いませんよ。むしろ、主将、あなたのほうが清らかで稚い。その瞳同様に澄み切った魂が穢れを祓っているせいでしょうね。先程は、助かりました。主将の御手を煩わせてしまいましたが、思い詰められて、どうにも切り崩す糸口を掴むことができませんでしたから……」

 笑って上司を評した美貌の将軍は、堂々とした仕種で一礼する。

「あぁ、行くな。劉将軍にも用がある。悪いが参謀室まで足を運んでくれ」

 その場を立ち去ろうとした藍衛を、熾闇が引き止める。

「御意」

 静かに頷いた女将軍は、ふたりの後をゆったりとした足取りで追いかけた。

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