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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 空は高く、青く澄み渡り、優しい風が吹いている。

 この上もなく、良い天気だというのに、王宮の一郭では土砂降りにも似た心情の若者が佇んでいた。



 黒髪と白金の髪の見目麗しい娘が二人、まるで私塾通いの貴族の子弟のような姿で足許を驚いたように見つめている。

 先程までは、朗らかな笑い声を響かせていたというのに、今は言葉を失ったかのように目の前の光景を眺めているだけだ。

 そうして、彼女達の足許には、白い毛玉を思わせるような純白の毛並みを持つ仔虎が無邪気に尻尾をぱたりと振っている。

『碧玉の瞳の娘、名を何と言う? 青玉の瞳の娘もなかなか良い気を持っておるな。人にしておくのは実に惜しい。我が妃に迎えようぞ』

 やんちゃで愛らしい声は、人で言うならば、五歳以上十歳未満というところだろうか。

 少々高飛車な物言いが、逆に微笑ましいような気持ちを誘う。

「わたくしは、綜家の末で名を綜翡翠と申します。以後よしなに、風の若君」

「わたくしは祝青藍と申します。お褒めに預かり、光栄にございます」

 あまりにも愛らしい生き物を前に、撫でたいという衝動を堪えながら笑顔で告げる彼女達は、いっそ天晴れだと言えるだろう。

 できることなら、成明としてはこの愛らしさを嵩に着た猫被りな生物の首根っこをひっ捕まえてどこか遠くへ投げ飛ばしたい心境だ。

『そうか。翡翠と、青藍と申すか。よき名を授かったな。我の名を授けるぞ』

 満足そうに笑った仔虎は、白銀の瞳を輝かせる。

「お待ちを、若君。勿体無いことなれど辞退申し上げます。敬愛する風の神族の御名は、我々には重過ぎるものでございます」

 落ち着いた様子で、翡翠が首を横に振れば、その言葉に同意するように青藍も頭を下げる。

『ならぬのか?』

「御意。長からは何も聞かされてはおりませぬか? 神族の御名は本質を現す力の源のひとつ。それゆえに、力無き人に与えようとするならば、受け止めきれずに自滅することもあれば、悪用する者も出てくると」

『聞いた。だが、汝らはそのどちらでもない』

 ぱたりぱたりと嬉しげに、尻尾を振りながら告げる仔虎の無邪気さに、娘達も笑みを浮かべる。

『ならば、何の問題も無かろう? 我は、汝らを我が妃に迎えるのだから。我は次代白虎ぞ。汝らに望むだけのものを与えられる』

 得意げに告げる声音には、まったく厭味がない。

 力を持つ者特有の傲慢さではなく、あくまで子供の無邪気さがその言葉を選ばせているのだと、すぐにわかる。

「ご容赦を。わたくし達は、この地でなすべきことがございますれば、若君のお情けを賜るわけには参りませぬ」

『ならぬのか? 我が汝らの夫として力不足なのか?』

「いいえ。次代様をどうして力不足と申せましょう? わたくしには、己に課した役目があり、それを果たすためには一生をかけなければなりませぬ。この地でなければならぬのでございます」

 翡翠の言葉を思案気に受け止めた幼い白虎族は、片耳を倒し、ぺたりと地に座り込むと、前足に頤を乗せて悄然と肩を落とした。

『つまらぬ。そう言われては、諦めなければならぬではないか。我は、長ほど駄々っ子ではないゆえな』

 本人が聞いたら激怒しそうなことを呟いた仔虎は、深い深い溜息を吐く。

 一方、その言葉を聞き、笑いを堪えるのに必死になっている人間達は、新たな人影に気付くのが遅れた。




 王太子府で、真面目に執務に取り組んでいた第三王子熾闇は、大事な従妹の帰還にいち早く気付いた。

 別に誰が知らせたわけでもないし、彼女が戻ってきたという合図があったわけでもない。

 だが、ただわかったのである。

 王宮に、彼の半身とも言うべき娘が戻ってきた、ということを。

「殿下?」

 書類に署名し、花押を描き入れていた若者が、突然筆を置き、立ち上がったことに気付いた犀蒼瑛が、不思議そうに声をかける。

「翡翠が帰って来た。迎えに行く」

 実に当然のような表情で答える王子に、蒼瑛と嵐泰が顔を見合わせる。

「軍師殿がお戻りになられたのですか?」

「なぜ、おわかりに?」

「……なぜ? ってゆーより、どうしてわからないんだ?」

 こんなにもはっきりと彼女の存在を感じ取れるというのに、どうしてこの二人にはそれがわからないのだろうと、王の三番目の息子は不思議そうに逆に問いかける。

「まぁ、いい。おぬし達も来るか? 執務もほとんど終わったし、これなら滞ると怒られることもなかろう。どうだ?」

「お供いたします」

 律儀に剣を取り、立ち上がったのは嵐泰である。

 低く短く告げる声は、戦場では朗々と響き渡る美声だ。

 いつまででも聴いていたくなるような美声の青年は、臣下の身分に下っているつもりだろうが、れっきとした王族なのだ。

 もう少し王族の特権を味わえばよいだろうと、直系でありながら規格外である王子は思う。

「殿下、熾闇殿! お待ちください。迎えにと言っても、王宮の門から王太子府までの道程は幾通りもあるじゃないですか、すれ違ったりしたらどうするんです?」

 呆れたような口振りで、蒼瑛が熾闇を引き止める。

「すれ違うわけがないだろう? 相手がどこにいるのかわかっていて、どうしてすれ違うんだ?」

 これまた不思議そうに問う熾闇に、蒼瑛が溜息を吐く。

「本当ですかねぇ?」

「着いて来ればわかるだろう?」

「そりゃそうですね。わかりました、お供しましょう。外れたら、殿下のおごりですよ」

 軽い口調で頷いた蒼瑛も剣を取り、親友と共に執務室を後にした。


 迷いない足取りで王太子府を出て門へと向かっていた熾闇の足が止まる。

「殿下?」

「おかしいな。どうして庭から動かないんだ? しかも、もうひとつ、変わった気配が増えている」

 空に目をやり、怪訝そうに気配を探り出した若者に、今度は嵐泰が声をかける。

「変わった気配と申されると、知らない者ということですか?」

「いや。人じゃない。白虎殿によく似ている」

 あっさりとした口調で答える第三王子に、蒼瑛が眉根を寄せる。

「あぁ、それなら私にもわかります。白虎様の気よりも、少し明るく幼げな気配でしょう?」

「そうそう! 白虎殿の親戚か何かか? それと翡翠が一緒にいる」

「ならば、その気配の持ち主が軍師殿を引き止めていると考えたほうが自然でしょう」

 黙りこんだ蒼瑛を無視する形で、熾闇と嵐泰がなにやら語っている。

「ちょっと、お二方。先程から何を仰っているんですかね?」

 眉間に皺を寄せ、不満そうに問いかける伊達男に、王族二人はきょとんとする。

「人の気配に敏いくせに、何故わからないんだ?」

 逆に意外そうな表情で尋ねられた蒼瑛は、綺麗に整えられた髪に手をやる。

「あのですねぇ! 人の気配と言っても、二町以上離れた場所で、どうやってわかれと仰るんですか、あなた方は!? しかも、人外の気配は管轄外です! 大体、王族の方々の特殊技能は変過ぎますよ。とは言っても、私が知っている王族の方々の中では、あなた方お二人が特にそうなんですが」

「………………」

 困ったように顔を見合わせた二人は、同じように空を仰ぎ、あちこちに視線を彷徨わせた後、溜息を吐く。

「言っておくが、蒼瑛。殿下は母君も直系の、それこそ純潔な王族と申し上げてもかまわないが、俺は傍系中の傍系で、かろうじて王族を名乗らせてもらっているようなものだぞ。中身はおぬしと変わらぬ。特殊技能などないぞ」

「陰形の術をかけた白虎様の姿を見出せるヤツが?」

 呆れたように告げた蒼瑛は、肩を落とす。

「まぁ、いいでしょう。麗しい姫君たちを迎えに行く方が、特殊技能談義よりも遥かに有意義ですからね」

「なんか、技能というより、芸のような扱いだよなぁ」

 納得いかない様子でボヤいた若者が、素直に歩き出す。

 少々不満げであったが、すぐに忘れたかのように大切な従妹の気配を追いかけ、そうして目的地へと辿り着く。

 色とりどりの花に負けぬ美貌の若者二人と、それより年長の清潔感溢れる爽やかな若者が足許を見つめて笑いを堪えている。

 不思議に思いながらも、弾む足取りで駆け寄った熾闇は、次の瞬間、足許にあるものを見つけて絶句した。

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