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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
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 ひと気のない路地裏に姿を現したのは、精悍な顔立ちの男が三人であった。

「久しぶりですね、楓、紅葉、浅葱」

 にこやかな笑みを浮かべ、男たちに向かって翡翠は侍女の名を告げる。

「えっ!?」

「侍女殿が、男……?」

 翡翠の言葉を疑わず、目の前の事実に驚いた青藍と成明は、腰を低く落とす。

「姿変えの術ではなく、映し身の術でしたか。すっかり騙されてしまいましたね。さすが、天界の方々」

「我らを捕らえた術の確かさ、人にしておくのは惜しい。そこの青年も、この場を離れるがいい。我々は無益な殺生を好まぬ。早く、立ち去りなさい」

 かつて楓と呼ばれていた男が穏やかに話しかける。

「無益? それこそ罪のない侍女殿を殺害して、無益と言うか? 捕らえておくだけに留まればよかったものを……」

「それは……仕方のないことだ。映し身の術を使うためには、必要不可欠であった。おまえたちを殺す必要は、露ほどない」

 怒りを押し殺し、正論をぶつけた成明に、淡々とした答えが返ってくる。

「映し身の術は、対象の姿と記憶を移します。ゆえに、対象は無機でなければならないのです。つまり、死体でなければ……」

 眦を吊り上げる成明の隣で、青藍が術の中身を説明する。

「だから、必然であったと? それは詭弁に過ぎないだろう。無力な女性を殺害し、しかも、我々にこの場を去るように告げ、女性相手に一対三で向かおうとは卑怯ではないのか? それが天界の流儀か? 神族の誉れも地に落ちたな!」

 自ら退路を断つように挑発をした成明の言葉に、かつて紅葉であった男が歯軋りをする。

「黙れ! 我らを惰弱と詰るか、人間め!? そなたらが人間と信じるその娘の正体、教えてくれようか!!」

「ぜひ、教えてくださいませ。人として生まれたわたくしが、人以外の存在であろうはずがないでしょうに。さぁ、わたくしは一体、何なのでしょうか?」

 にっこりと見事な笑みを浮かべた綜家の末姫が問いかける。

「騙されぬぞ、そなたは」

「やめぬか、見苦しい。確かにそなたは人だ、まだ。だが、麒麟が天に昇れば、そなたは人ではなくなる。違うか?」

 浅葱と名乗っていた男が紅葉を制し、淡々とそう告げる。

「違います。麒麟は地に遊び、天には還らず、そうしてわたくしは人としてまっとういたします。利害は一致しているように見えますが、それでもわたくしを害するおつもりなら、お相手いたしましょう」

「我らが命は、守護者の抹殺。利害など、考慮するものではない」

「残念です。話し合いで解決できるなら、それに越したことはございませんのに……」

 言葉通り、残念そうな表情を浮かべた翡翠がすっと右手を差し伸べる。

 そうして指先を真横へ引く。

「印……法印?」

 ゆっくりと剣の柄へと利き手を向けていた青藍が小さく呟く。

「法印? 術?」

「えぇ。ですが、仙術ではなく、あれは……」

 聞きとがめた成明の質問に、白金の髪の娘は呆然と黒髪の友に視線を向ける。

「……神力」

「結界!? まさか!」

「空間封印の結界です。この空間は閉ざされました。周囲に影響が出ては困りますから。それと、いくら白虎様の結界の中で神力を封じられているとは言え、至近距離ではいくらかは使えます。こちらは人間ですもの。神力を使われては困りますので、封じさせていただきました。ここから出たければ、当初の予定通り、わたくしを殺すことですね。青藍殿、成明殿、巻き込んで大変申し訳ございませんが、神族との手合わせの機会など滅多にございませんゆえ、お手をお貸しくださいませ」

 余裕の笑みを浮かべて告げる翡翠の言葉に、青藍も成明も即座に頷く。

「当然でございましょう」

「全力でかかります」

 すらりと剣を抜き放ち、ふたりは身軽に間合いを取り、構える。

「わたくしの大切な侍女を三人も殺害した罪、贖っていただきます」

 柔らかな口調で宣言した娘は、得物を取らず、ふわりと空に舞った。


 不可思議な力を封じれば、神族もまた人と同じく己の技量のみの戦いとなる。

 神力、仙術が使える翡翠、青藍と違い、只人である成明にとって、この状況は非常にありがたいものであった。

 護るべき者がいて、戦うべき相手がいる。

 実に単純な構図が、彼の気力を奮い立たせる。

 目の前に対するは、かつて紅葉だった男。

 紅葉は、とても陽気で、茶目っ気のある、だがよく気が付く女性であった。

 女子軍の将として皆をまとめ上げるために兵法をよく学び、そうして武技を磨くために王太子府軍の将達に教えを請い、仕合を申し出ていた。

 あまり同年代の女性と親しくすることが得意でない成明にとって、無駄に緊張せずに向き合える数少ない相手であった。

 翡翠を年頃の娘らしく着飾ることが好きで、簪などの装飾品を見立てるようにとよく無茶を言われた。

 本当に仕えている主を、翡翠を好きだったのだ。

 それを知っているゆえか、余計に怒りがこみ上げる。

 激情ではなく、静かな怒り。

 神経の先まで意識が届き、相手の動きがよく見える。

 振り下ろされた剣を跳ね上げ、横に鋭く薙ぎ払う。

 それをかわした男が、逆に咽喉許目掛けて突き入れる。

「……ッ!!」

 ひやりとしながら剣の平でそれを受け止め、押し返す。

 もう少し鋭い突きであれば、かわすことが困難であった。

 相手の力量を考えれば、それは難しいことではない。

 だが、今ひとつ鋭さに欠けた攻撃であることに、成明は気付いていた。

 この期に及んで無益な殺生をしないと言うのかと訝しむ成明の近くで剣を振るう青藍の姿が目に映る。

 こちらは、かつて楓であった男と相対していた。


 遠慮なく打ち込まれる剣戟。

 どれだけ打ち込まれようともかわす自信は青藍にはある。

 だがしかし、遠慮なく力任せに押されては、彼女といえどかわしようがない。

 男女の力の差は如何ともしがたかった。

「嫌なところを突いてくださいますね!」

 どこであろうとも、ひとたび剣を抜けば、そこは戦場である。

 命の遣り取りに手加減も何もない。

 それを承知していても、思わず毒づきたくなる。

 しかも、相手の殺気は本物である。

 殺気と、そして憎悪。

 気の弱い者であれば、それだけでも気を失いかねないほど凄まじい憎しみをぶつけられ、青藍は戸惑いを隠せない。

「映し身……記憶と、感情すら写し取る術の弊害、ですか」

 思い当たったのは、術の後遺症であった。

 劉藍衛将軍から聞かされた話では、その三人の侍女たちは片時も翡翠の傍を離れないほど、彼女に傾倒し、そして心酔していたという。

 身分の差、そして能力の差から、翡翠と同等の人間にはなれないと思っていたようであるが、それでも敬愛する主人の傍に誰よりも近くに控えていたかったのだろう。

 その想いが死して後、嫉妬という醜い感情を生んだ。

 翡翠に友と呼ばれる存在となった青藍に、彼女たちは憎悪したのだろう。

「写し取ったといえど、本来の人格よりももっと純粋な感情しか残らない。許せることが許せなくなる。そういうことですか」

 わかってしまえば簡単であるが、事態はそう簡単ではない。

「仕方ありませんね。覚悟なさってください」

 仕方なさそうに呟く娘の言葉と同時に、かちりと小さな音がした。

 しゅるんと剣が軽い音を立て、剣の上を滑っていく。

「剣が……割れた?」

 思わぬ方向からの攻撃に、楓は驚愕の声を上げる。

「いいえ。始めからふたつですよ」

 にっこりと笑った青藍は、ぐいっと手を引き寄せ、残るもう一方の手で分かれた剣の柄を握る。

「双剣か!?」

「ご明察」

 防戦一方であった祝家の娘が初めて攻撃に回る。

 片手で相手の剣を受け止め、残る一方で攻撃に転じる。

 攻防一体の剣技は、さらに双剣をひとつにまとめたりと変化に富み、相手に反撃の暇を与えぬめまぐるしさである。

 その常軌を逸した即効性に、相手は戸惑うばかりだ。

 気付けば、少しずつ切り刻まれ、力を削がれている。

 優位にいたはずの楓は、立場が逆転したことを悟らざるを得なかった。

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