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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
125/201

125

「翡翠殿!」

「翡翠!?」

 顔色を変えて走ってきた男たちは、火焔樹の下に佇む娘の姿に、毒気を抜かれたように足を止めた。

「お揃いでどうなされましたか、皆様?」

 小首を傾げ、愛らしく問いかける翡翠に、男たちは困惑の眼差しを交し合う。

「妙な気配がしたものだから……」

 彼らを代表して、熾闇が言い難そうにぼそぼそと答える。

 その後ろで犀蒼瑛と嵐泰、笙成明が油断なく、周囲に視線を走らせている様子が見て取れる。

「妙な気配?」

「あぁ。青藍は心配ないと言ったが、どうにも……先程の人影は、あれは何者だ?」

 翡翠の髪に差し込まれた火焔樹の花に気付き、顔を顰めながら熾闇は問い詰める。

「先程の……朱雀様のことでございますか?」

「朱雀殿ォ~!? あの、燁の守護の、か!?」

 不思議そうに答える翡翠の言葉にぎょっとした熾闇は、思わず声を上げてしまう。

「なんで、南の朱雀殿がこんなところに……」

「白虎様に惚気に来られたらしいですよ。対の御方がお生まれになり、間もなくお傍にあがるそうなので、自慢しに来られたと仰っておられましたが」

「何だ、それは……」

 呆気にとられた王子は、まじまじと従妹の顔を見つめる。

「李家のお血筋の中に対の御方が転生されることは、熾闇様もご存知でございましょう? 長き時間の中で再会する日を待ち焦がれておいでなのです。友に惚気のひとつやふたつ、言ったところで罰は当たらぬでしょう。聞かされる方は、聞くに堪えぬと思うやもしれませぬが」

 袖の袂で口許を覆いながら、くすくすと笑う娘が肩をすくめる。

「白虎様もお気の毒に……」

 かつて、親友から惚気を聞かされていた蒼瑛や嵐泰が、同情を込めて呟く。

「……まぁ、確かに……つらいですね」

 成明も、似たような体験があるのか、端正な顔を少しばかり歪める。

「…………それは、わかった。納得できぬが納得しよう。だがな! 何でおまえの髪に火焔樹の花を差す必要があるんだ!?」

 不快そうに紅い焔のような花を指差し、第三王子は問いかける。

 ぐるると今にも唸り出しそうな険悪な表情である。

「火焔樹の花をわたくしにくださるそうです。わたくしの願いを叶えてくれるからと……きっと、対の御方の健やかなご成長に浮かれておいでなのですね。実に気前よく仰ってくださいました」

「それはすばらしい。火焔樹の香料はとても上品で良い薫りがすると燁でも大人気で高価な香水ですからね。それに、肌に映えて、まるで紅を差したかのように頬がほんのり色付いて、翡翠殿をさらに艶やかに見せていますよ」

 にっこりと華やかな笑みを浮かべた蒼瑛が娘を褒め称え、そうしてちらりと若者に視線をやる。

「殿下。男の嫉妬はみっともないですよ。ここは鷹揚に構えねば、女性にはもてませんよ」

「嫉妬!? 俺が!? 何で!」

 ぎょっとした熾闇が、驚愕の眼差しを犀蒼瑛に向ける。

「それだけ気にしておきながら、やきもちを妬いていないなど、よくも言えるものですな」

 ここまできて自覚なしとは、それこそ罪だろうと言いたげに、痩身の青年は呆れたように肩をすくめる。

「蒼瑛。そこまでだ」

 相手が誰であろうとお構いなしにからかう親友をひと睨みで黙らせた嵐泰は、心配げな視線を翡翠へと向ける。

「顔色があまりよくないように見受けられるが、ここで休んでおられたのでは? 気分が優れないようでしたら、妹を呼びますが」

「いえ。大丈夫です。朱雀様が……いえ。秘密です」

 心配かけまいと言いかけた翡翠は、ふと言葉を区切り、くすっと笑うと先程とは真逆のことを口にする。

「秘密……」

 思いがけないことを言われてしまった嵐泰は、驚いたように翡翠を見つめる。

「えぇ、秘密です。気分はいいですし、何も問題はありません」

 くすくすと笑っていた娘は、ふと笑い止む。

「あぁ、いけない。すっかり忘れていましたね」

「翡翠?」

「私用にて、少しばかり街に参ります。すぐに戻りますので、殿下は執務を行ってくださいませ」

 すっかり短くなってしまった髪を揺らし、綜家の末姫はそう告げる。

「街なら、俺も……」

「なりません! 音無屋へ行くだけですから。頼んでおいた笛と箏の仕上がりを確認するのですよ。殿下がいらしても、つまらないだけでしょう?」

「う……それは、否定できん。退屈かもしれぬな」

 行き先が、頑固な店主の楽器屋だと知って、第三王子は大いに怯む。

「ですが、供は必要でしょう。誰か、供をお連れ下さるよう」

 嵐泰が短く言葉を挟む。

「えぇ。青藍殿にお願いしようかと思っています。成明殿、お借りしてもよろしいでしょうか?」

「それは、もちろんですが……女性二人では、少しばかり危険ではありませんか? もちろん、お二方の技量がとても素晴らしく優れていることに否やはございませんが、不埒な者というのは、相手の力量を見極めず、女性という一点のみで襲い掛かるもの。もうひとり、誰かお付けください」

 甲乙つけがたい美姫を前に、相手がどれだけの武技を持っているか瞬時に判断できる男など皆無に近いと、成明は、男の供をつけるように懇願する。

「それもそうだな。成明、おぬしに供を頼めるか? 翡翠も青藍も、おぬしとは気心知れているだろう? しかも、笛の名手なら、翡翠の頼んだ笛の音に意見を言えるし、何より、音無屋の主人も、文句を言うまい」

「某が、ですか?」

 いいことを思いついたとばかりに、得意げに言う熾闇に対し、成明は戸惑う。

「殿下! それならば、私でもよろしいでしょう!? 最近、成明ばかり軍師殿のお傍に控えて、ずるいですよ」

 悔しげな表情で蒼瑛が訴える。

「駄目だ。蒼瑛は目立ちすぎる。無頼の輩を逆に集めてしまうだろう。成明なら、青藍と翡翠も年が近いし、私塾の学生に見えるはずだ。危険回避の供なら、より安全な者をつけるのが道理だろう」

 きっぱりとした口調で告げた熾闇は、従妹を見る。

「お前の意見は? 翡翠」

「殿下の御意のままに」

 恭しく一礼した娘は、供を申し付けられた青年に視線を向ける。

「面倒をおかけしますが、よろしいでしょうか?」

「あ、はい。もちろんです」

 慌てて頷いた笙成明は、困惑したまま突然の供人役を引き受けたのであった。

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