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白虎の宝玉  作者: 西都涼
蠢動の章
123/201

123

 成人の儀の翌日、正式な官位を戴いた者は、省庁へ顔を出し、挨拶をするのが慣例である。

 例に漏れず、翡翠も挨拶をするために王宮へとあがり、まず最初に王の許へと向かった。


 玉座には、いまだ若々しさを保つ王が座り、そうしてその斜め前に紅牙が控える。

 かつてその場所には、峰雅が穏やかな表情で控えていた。

 柔らかな声で翡翠に声をかけ、その功績を労ってくれたものだ。

 そのことを思い出してしまった娘は、目を伏せて、感傷を振り切ると、まっすぐ玉座に顔を向ける。

「妹の娘よ。めでたき日を迎えたこと、まずは祝おう。よくここまで健やかに育ったな」

 同腹の妹の末娘を愛しげな眼差しで見つめた颱王は、張りのある声で壇上から声をかける。

「この、良き日を迎えられましたこと、御礼申し上げます」

 心からの謝意に、王は笑みを湛える。

「姪の姫。昨日は何やら大変だったとか……あの方の悪戯好きにも困ったものだが、不都合はなかったか?」

「人の身には大層な栄誉を賜りました。己に恥じぬよう、一層精進しなくてはと思いを新たにした次第にございます」

「翡翠は人間ができておるの。そこはそれ、白虎殿に文句をつけねばならぬところではないか。癇癪のひとつやふたつ、破裂させたところで、罰は当たらぬと思うが」

「王陛下……」

 感心したように告げる国王の茶目っ気溢れる言葉に、翡翠は苦笑を浮かべた。

 さすが親子だ。

 顔立ちこそ似ていないが、性格はそっくりだと奇妙な感動を覚える。

 しばらくの間、歓談を続けた娘は、頃合いを見計らって退出すると、慣例通りの挨拶を各省で行い、そうして王太子府へと足を向けた。


 王太子府の参謀室に戻った碧軍師は、いつも通り資料室に風を通そうとその扉に手をかけた。

「翡翠様! 失礼いたします」

 普段は落ち着いている青藍が、血相を変えて参謀室に飛び込んできた。

「青藍殿……何事です?」

 今、まさに資料室の扉を開けようとしていた翡翠は手を止めて、飛び込んでくるなり床に片膝をついて頭を垂れた青藍の肩に優しく手を置き、問いかける。

「わたくしの失態にございます。仙術の檻に捕らえておりました囚人を逃しました」

「痕跡は?」

「ございませんでした」

 悔しげに語る白金の髪の娘に、翡翠は微笑んで首を横に振る。

「ならば、あなたの失態ではありません。気にする必要はないのですよ」

「ですが!」

「天界人を今まで捕らえていたあなたの仙術の見事さは、褒め称えられこそすれ、咎め立てされるようなことではありません」

「……天界人?」

「えぇ」

 思わぬことを聞かされた青藍は、驚いたように翡翠を見上げ、絶句する。

「天界人が、何故、上将やあなたの命を狙うのですか!? 神仙は、人界に介入してはならぬという掟があるではありませぬか!」

「何事にも例外というものがあります。わたくしも御大将も、天界のある一部の方々にとって、非常に目障りな存在なのだというだけのことでしょう。彼らは、わたくしを冥府に送らねば天界に戻ることができぬのですから、じきに姿を現すことでしょう。もう一度、捕らえればいいだけのことです」

 事も無げに答えた翡翠は、青藍の青い瞳を見つめる。

「わたくしを亡き者にするために、罪ない者を殺めたことに対する罰は受けねばなりません。理を乱した者に、大義を口にする資格はありません。たとえ何者であろうとも、罪は償わなければならぬのです。そう、罪を犯せば、天帝たりとも逃れられぬ」

 すっと、青藍の肩に置いていた手をはずし、天を見上げて呟く翡翠の声に、およそ感情らしきものが浮かんでいない。

「翡翠様?」

「守護者たるわたくしを侮りましたね。愚かしいこと……己が責務を果たさぬ者が、私利私欲のために次代を潰そうなどとは。機織姫の策に嵌るは業腹なれど、我が主を害する者は、相応の報いを受けねばならぬ。至高の座に彼の君が就くまで」

 遠くを見つめる娘は、いつもの彼女とは違う恐ろしいまでの覇気が取り巻いていた。

 威に打たれた青藍は、畏れ慄く自分の心を叱咤し、顔を上げる。

「翡翠様!」

 別人の気配を纏う主であり親友である娘の名を気力を振り絞って呼ぶ。

「…………青藍殿」

 ふっと気配を変えた翡翠は、怪訝そうな表情で青藍を見つめる。

「どうなさいました?」

「いえ。よろしいのです。いいえ……わたくしに汚名を雪ぐ機会を与えてくださいませ。たとえ神族であろうとも、我が術が破られるとは屈辱の極み。今度こそ、逃れられぬ檻を作り上げて見せます!」

 きっぱりとした口調で告げる青藍に、翡翠が微笑む。

「えぇ。お願いします」

 柔らかな表情で応じる彼女はいつもの綜翡翠であった。

 まるで別人のような気配を持つ、否、完全に別人である誰かの存在を見過ごしてはならぬと、青藍は、劉藍衛と笙成明に今の出来事を話すべきだと判断した。

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