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銅鑼が鳴り響く中、しずしずと女童姿の娘が母屋の広間に姿を現した。
半透明な羽を背に生やした侍女姿の幼女がふたり、あどけない笑みを浮かべてその裳裾を摘んで従う。
その愛らしい幼女の姿に、招待された客たちは思わず微笑んだが、彼女たちの足元に影がないことに気付くと、一様に驚きの表情を浮かべる。
風の眷属である精霊が、女童に扮して主たる白虎と、その愛し子に付き従っているのだ。
まるで、これ以上ない遊びを見出した幼子のような精霊が、主役の娘に椅子を勧めると、くつくつと得意げに笑ってふわりと姿を消す。
どよめく観客の目の前で、今度は妙齢の女官姿の精霊が、穏やかな笑みを刷いて漆塗りの盆を手に佇む。
その間、主役の翡翠は目を閉じて事の成り行きをなすがままに任せている。
その妙に達観した様子から、前代未聞の状態になることをあらかじめ予想していたようだ。
更に銅鑼と銀鈴が鳴り響き、涼やかな風と共に奥から銀髪の美丈夫が現れた。
天界屈指の武神将と謳われるに相応しい長身の堂々たる体躯の青年は、驚く人々に鷹揚に笑うと、ゆったりとした足取りで愛し子の許へと向かう。
目を閉じていた娘は、その名の由来となった宝玉の双眸を開き、人身へ変化した神獣に恭しく一礼する。
礼を受けた青年は、柔らかな笑顔で頷いて見せると、娘の背に回る。
しゃらんと銀鈴が空気を震わせ、繊細な音を響かせる。
蜻蛉の羽を持つ女官が朱塗りの盆を白虎に掲げる。
そこには紙縒りと小刀が置いてある。
その紙縒りをひとつ手にした青年は、娘の前髪をそれで軽く結わえる。
もう一本手にし、今度はその一束を背中のところできつく縛る。
そうして紙縒りで縛った上のあたりに小刀の刃を当て、ぶつりと艶やかな黒髪を断ち切る。
その瞬間、何とも言えぬひそやかな溜息が辺りから零れ落ちた。
膝裏近くまで伸ばした長く艶やかな髪を一束だけ、髪結い役が切り揃える。
女児の成人の儀のしきたりである。
これによって、少女は大人の仲間入りをしたと認められるのだ。
ここからは、結い床が大人となった娘の髪を見事に結い上げていくのだが、今回は勝手が違うということは、誰の目にも明らかだった。
断ち切った黒髪を別の女官が持つ漆盆へ置いた白虎は、再び紙縒りを手にすると娘の髪を一束手に取り、結わえては切り落とすという作業を手慣れた仕種で続けていく。
すべての髪を背の半ばで切り揃えた白虎は、なにゆえか、娘の髪を一束手に取ると、赦しを乞うようにその艶やかな黒髪に接吻けた。
異例尽くしの成人の儀に、招待客の殆どは珍しいものを見たと大喜びであったが、その片隅で難しい表情を浮かべている者達もいた。
「どうした、嵐泰。それほどまでに気難しい表情を浮かべなくともよかろうに。軍師殿の晴れの舞台だぞ」
からかうように親友を宥めようとする犀蒼瑛の表情も幾ばくか硬い。
「成明も、藍衛殿も詰めている。滅多なことは起こらぬよ。それに、綜家は季籐殿の本拠地だ。あの黒獅子殿が大切な妹御の儀式に邪魔が入るような間抜けな真似はなさらないだろう」
「その点に関しては、何の心配もない。俺が気にしているのは、白虎様だ」
ぼそりと唸るように呟いた嵐泰は、険しい表情で守護神獣を見つめている。
「白虎様? 白虎様がどうなさったというのだ?」
「おぬしとて、昔、私塾で習っただろう? 四神国の柱とも言える四神獣は、その昔、天帝様にこの地に封じられたと。報地として、恩賞として与えられたと表向きはなっているが、実際は、四神の強大な力を恐れた天帝様が、枷として人界を与えたのだと」
「……あぁ、そうだな。闇の中の真実だと聞いて、ぞっとした覚えがある。神々も嫉妬というものがあるのかとな」
「その時の誓約に、人界に関わってはならないというものがあるそうだ。人の世に関わってはならぬと……あれは関わっておらぬと、果たして言えるのだろうか?」
その指摘に、蒼瑛はわずかばかりに表情を変える。
「おぬし、何が言いたい?」
「王の身に宿らねばならぬ青龍様や朱雀様ならいざしらず、れっきとした姿を取れる白虎様は、些か上将や軍師殿に肩入れをしすぎではないかと思える……特に、軍師殿……翡翠殿には、不可解な介入をなさることが多い」
「つまり、次の王は、我等が軍師殿と言いたいのか? 上将を差し置いて、あの方が王になられるとでも?」
近くに主がいることを知りながら、彼らは小声で危険な会話を続ける。
大切な従妹の晴れ姿を遠目で見惚れる若者は、彼らの会話に気付いた様子はない。
「それならまだよい。翡翠殿が女王となっても、上将が王となれば、おふたり並び立つことができる。それこそ、民が望むところだろう。問題は、白虎様が軍師殿の髪結い役に立たれたということだ。おぬしもその役になりたかったのだから、意味合いはわかっているだろう?」
「……後見役……つまりは、夫候補として目されることもある……白虎様が己の妻として、翡翠殿を娶るとでも?」
「ありえないことではない。実際、神仙が人を伴侶と選ぶことがあることを、おぬしも知っているはずだ」
「だからといって、あの白虎様が……」
「白虎様だから、ありえると言っている。王の血筋を何よりも愛しておられる方ゆえ、そのために道外れることを厭わぬ強さもお持ちだ。でなければ、天帝様に疎まれはすまい」
苦い口調で告げる嵐泰の言葉に、蒼瑛はしばし黙り込み、考え込む。
不可解な行動を取る白虎神の真意を量ろうとは思わない。
それは神に対する不敬だからではない。
絶対の信頼があってこそ、なのだ。
人と神とでは、見つめる先も考え方も、あまりにも違いすぎる。
それは、流れる時間の差であり、身の内に宿る力の差だからだと、理解していた。
その白虎が綜家の末姫を娶ろうと考えているというのは、彼にとっても想定外であった。
神の花嫁とは聞こえがいいが、人の身で神を伴侶に得た者に幸福になったとは聞き覚えがない。
その大半が身に過ぎた神気に押し潰され、あえなく自滅してしまうのだ。
「若君、どう思われますか?」
考えに詰まった青年は、ついこの間成人したばかりの若者に問い掛ける。
「ん? 意外と器用なんだな、白虎殿は」
呑気な若者は、守護神獣の意外な一面を見て、素直に感心している。
「どこを見てるんですか、どこを!?」
「え? 髪結いの儀って言われるぐらいだから、これが主役なんだろう?」
きょとんとして答える熾闇は、蒼瑛の盛大な溜息に首を傾げる。
「いえ、いいです……もし、もしも、の話ですよ? あちらの麗しき美姫が、神の花嫁に選ばれたとしたらどうなさいますか?」
「翡翠が承知すれば、別に構わないが? 俺にとって大事なのは、翡翠の意志だけだ。何方のことを言っているのかはわからないが、翡翠を見出すのは当たり前のことだと思うぞ。だが、それで翡翠が幸せになれるかは別の問題だ。翡翠が相手を気に入ったのなら、俺は何も言わないし、祝福するが、本意でないと言えば、誰であろうと共に抗ってやろう。俺にとっての絶対とは、それだけだ」
「……簡単にして完璧なお答えですな。大切なのは、かの姫の意志……確かにそれだけでございますな」
熾闇らしい言葉に頷いた蒼瑛は、ちらりと親友を見上げる。
憶測は止せとその視線が告げている。
「……確かに」
小さく頷いた黒衣の青年は、言葉を飲み込み、頷いた。




