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白虎の宝玉  作者: 西都涼
風光の章
110/201

110

 三王子の成人の儀が始まろうとしていた。

 神妙な表情で床几に腰掛け、髪を結い上げられ、烏帽子親の登場を待つ。

 与えられる官位に合わせ、烏帽子の形が変わってくるのだが、すでに文官としての地位を固めている紅牙と違い、青牙と熾闇は今回初めて正式な将軍名が与えられるのだ。

 将軍職にも階級はある。

 全部で十二位あり、一位が颱王その人であり、二位に綜季籐将軍が就いている。

 一位はその名の通り大将軍であり、二位は驃騎将軍、車騎将軍、衛将軍である。

 綜将軍はこの内の衛将軍であった。

 熾闇は、おそらく二位の驃騎将軍か車騎将軍のどちらかを与えられるだろうと言われており、青牙は最下位の十二位あたりだと思われている。

 階級自体は、彼等にとって重きはない。

 重要なのは、将軍職に相応しく振る舞うことなのだ。

 戦はない方がよいが、あれば被害を最小限にしなければならない。

 彼等が手にする何十万、何百万もの命の重みを無にはできないのだから。


 城外からの歓声が、風に乗って届く。

 彼等の誇りたる王子達が成人の儀を迎えることを喜び、振舞酒や料理に舌鼓を打ち、意気揚々と舞を舞う。

 その歓声を遠くに聞き、儀式が始まった。


 各大臣達が烏帽子親となり、王子達の頭上に冠を置く。

 加冠の儀の烏帽子親は、後見役となる。

 実の父と同様に孝を尽くさねばならないのだ。

 熾闇は、烏帽子親になってくれた右大臣に目礼を施す。

 翡翠の父である綜藍昂は、彼の義叔父でもある。

 冷徹な政治家でもあると同時に、愛情深い男でもあった。

 幼い頃、翡翠を連れ、後宮にある熾闇の部屋へ毎日のように通っては、彼に不都合がないか、目を光らせ、快適な環境を整えてくれた。

 病床に伏した母と忙しい父の代わりに、藍昂が親代わりとなり、育ててくれたようなものである。

 彼が烏帽子親になってくれたのは、熾闇にとって好都合というものであった。

 今まで受けた愛情や恩を返す大義名分ができたと純粋に喜んでいた。


 加冠の儀を終え、その冠に相応しい衣装へと着替えた彼等は、父王の許へ向かう。

 そこで、彼等は正式に官位を与えられるのだ。

 第三王子熾闇は、二位驃騎将軍の地位を与えられ、第五王子青牙は、十位振威将軍の地位を与えられた。

 そこからは、一気に儀式の終盤へ向かって加速する。

 加冠を終え、地位を与えられたことを明らかにし、そうして寿ぎの舞を披露する。

 その後、賓客を招いての宴を催すのだが、王子達はここで一旦中座する。

 賓客をもてなすため、また、成人の証として、狩りを行うのだ。


 狩り場は王都から少しばかり離れた狩猟場で行われる。

 王太子府軍の残り半分は、この狩猟場にいた。

 獲物となる獣を囲い込み、また見物する客の安全を確保するために各場所に配置されているのだ。



 衣装を改め、狩り場までやって来た三人の王子は、狩猟場に作られた控えの天幕でしばし休息をする。

 そこへ、彼等の得物を手にした翡翠が現れた。

「皆様、お疲れになられたことでしょう。しばし、お休みくださいませ。陽が落ち始めましたら、松明が掲げられます。それが狩猟の合図となりましょう」

 彼女自らが点検した武具の数々は、獲物を得ると同時に、彼等の命を守るものである。

 それらは、翡翠が自らの基準で選び出した小姓達に持たせ、王子達の傍に邪魔にならぬ距離を保って控えさせるようにしている。

 そこへ固い表情の青藍が現れ、翡翠に何やら耳打ちをする。

「やはり、そうでしたか。仕掛けるのなら、ここでしょうね」

 穏やかに微笑み、頷いた娘は、袍の袂から匂い袋を二つ取り出すと双子の王子へ差し出す。

「紅牙様、青牙様、こちらをお持ちくださいませ」

「……翡翠殿、これは……?」

 不思議そうな表情をしながらも、素直に受け取った紅牙が問いかける。

「お守りでございます。紅牙様も青牙様も、狩りの経験はあまりございませんでしょう?」

 にっこりと見事な笑みを浮かべながら翡翠が応じる。

「あぁ、虫除けの匂い袋か? 青牙は大分慣れたから大丈夫だろうが、紅牙はしっかり持っておいた方がいいぞ。血を吸われた上に、高熱を出す虫とか、腫れて膿む虫とか、嫌なヤツがいるからなぁ」

 一年の大半を草原で暮らす熾闇にとって、それらの虫は最早害虫などではなく、刺されることは滅多にない上に刺されたところで大した被害を受けないため、匂い袋の必要性は感じないらしい。

 実にのんびりとした口調で答え、頷いている。

「獲物を見つけましたら、なるべく喉笛をお狙いください。無駄な矢数を増やさずに済みます。滅多におりませんが、大型の肉食獣を見つけましたら、無理に仕留めようとはせず、松明の方へ馬を走らせてください。松明の傍には兵がおりますゆえ、殿下方を避けて射掛けるでしょう。弱って脚を止めたら、眉間を狙って矢を放つか、槍を突き立ててくださいませ。決して、馬から下りてはなりません。もし、馬が襲われたら、その隙にお逃げください。彼等は獲物の息の根を止めるまではその獲物を手放すような真似は致しませんから」

 万が一の話ですがと、言い添えて説明を続ける娘は、あらゆる種類の動物の弱点を双子の王子へ伝える。

 さすが、実際に狩りをして獲物を捉えるだけある娘の話に、双子の王子は感心したように頷くだけだ。

「中型以上の獣を狩る場合、喉笛を狙うのが難しければ、後ろ脚へ射掛けてください。その後、槍で喉を突けば、必ず仕留められましょう。中型以上は弓勢が必要となりますので、先に逃げ切れないように脚を傷付けた方がよろしいかと存じます」

「さすが翡翠殿ですね。よくわかりました。動く的を射るのは難しそうですが、青牙もいることですし、何とかなりそうな気がして参りました」

「その調子です、紅牙様。お傍に利将軍と犀将軍が控えておりますので、彼等が獲物の場所や、射る好機を教えてくれることでしょう。そろそろご準備なさいませ」

「ありがとうございます、翡翠殿」

「御武運を」

 笑みを浮かべて双子の王子を見送った翡翠は、妙な顔をしている熾闇に視線を流す。

「どうなさいましたか、熾闇様?」

「……あれ、虫除けの匂い袋か? 妙な匂いだったぞ」

「わたくし、虫除けの匂い袋と申し上げましたか?」

 逆に不思議そうな表情で問いかける翡翠に、熾闇は言葉に詰まる。

「いや。そういえば、言ってないな。お守りだとしか……」

「えぇ。獅子除けの匂い袋ですもの。お守りですね」

「獅子!? 狩猟場に何で獅子がいる! おまえ達がいて、何故、追い払えなかった!?」

 平然と、否、優雅な笑みすら浮かべて告げる従姉妹に、第三王子はぎょっとして声を上げる。

「紛れ込んだのではございません。事を荒立てようとして放った者がいるのです。不審な動きをする者がおりましたので、泳がせておりましたら見事に引っかかりました。その者達は捉えておりますので、ご安心くださいませ」

「そうか……じゃない! 問題は獅子だろうが! 俺にも獅子除けの匂い袋を寄越せ!」

「あら? 必要なんですか?」

 意外そうな声音で、翡翠は小首を傾げる。

「たかが三頭ですよ? 成人の証とする獲物にこれほど最適なモノはございませんでしょう? 幸いにも、弟君は匂い袋を持っていらっしゃいますから、万が一にも襲われる心配はございませんし、仮にも二位の驃騎将軍の名を戴いた御方が獅子如きで恐れをなすとは、考えられません」

「………………オニ」

 実ににこやかに笑って告げる娘に、熾闇は悪意を感じた。

「前回の戦を覚えていらっしゃいますでしょう? 殿下」

 見事な笑みを浮かべながらも不穏な声音で告げる翡翠。

 その言葉に熾闇は背筋が凍る思いがした。

「まさか、その仕置きか!?」

「傷具合も完全に治り、どこにも不備はございませんでしょう? 遠慮なくご活躍くださいませ。まぁ、多少なりともお傍に控えて援護射撃ぐらいはいたしますから」

「おまえ、本当にしつこく怒ってたんだな。本当は俺の息の根を止めたかったんだろう? その手で!」

「良くおわかりで」

「………………すみません。ごめんなさい」

 情けないほど下手に出た若者は、あっさりと謝罪の言葉を口にする。

「頼むから、援護射撃だけにしてくれよ。獅子はおまえの何十倍も重いんだからな、爪にでも引っかけられたら、それこそ大事になるんだぞ。ヤツの間合いにさえ入らなければ、おまえが勝つに決まっているがな」

「承知しておりますとも。手柄はあなたものものですから」

 ふわりと柔らかな笑みを浮かべて答えた翡翠に、熾闇も微笑む。

「出るぞ」

「御意」

 第三王子は、その片腕たる娘を伴い、天幕を出た。

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