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白虎の宝玉  作者: 西都涼
風光の章
109/201

109

 新しい副官の着任に戸惑ったのは主将たる笙成明ひとりだけであった。


 元々、護衛役と文官を兼任している成明は、王宮内においては翡翠と行動を共にすることが多い。

 それゆえ、新しく着任した祝青藍が、翡翠と共にいることに違和感はない。

 だがしかし、不本意なことに、各方面からやっかみを受けるのだ。

 美姫ふたりを独り占めにしているとか、職権乱用甚だしいとか、確かに表面だけを見れば言えるかもしれないのだが、絶対にそれは間違っていると、大臣家の娘達を眺め、彼は途方に暮れていた。


 その日、国中がお祭り気分で浮き立っていた。

 五年ぶりに三人の王子が加冠の儀を執り行うからである。

 三人同時に行うというのは非常に珍しい。

 双子の王子が同じ日に儀式を行うということは、過去何度もあったことだが、別腹の、しかも嫡子の王子が庶子の王子と共に儀式を行うということ自体が、滅多にないことである。

 だが、特に血筋には拘らず、王の子は皆等しく王位継承権を持つ颱では、王子達の仲が良いことは嬉しいことでもある。

 王都では、王子達の名で広場に果実や菓子、酒が用意され、訪れた者達に振る舞われている。

 それを目当てに遠方から人々が集まり賑やかな雰囲気が漂っている。

 今日ばかりは王都を守護する黒獅子軍や紫影軍は大忙しである。

 本来なら王太子府軍も警備にあたる予定だが、別の用件で平原へと出払っている。


「笙主将、御支度は整いましたでしょうか?」

 王太子府の成明の執務室の扉に向かって、柔らかな声が掛けられる。

 女性にしては低めだが、翡翠のものよりもやや線が細い。

「青藍殿ですか? 入られてかまいませんよ」

 襟を正しながら答えた成明は、扉へと視線を向ける。

 木製の重厚な扉は、鈍い音を立て、ゆっくりと開けられる。

「失礼いたします、主将」

「名を呼んで頂いてもかまいませんよ、青藍殿。あまり、堅苦しいのは好きではないので」

 苦笑を浮かべ、二つほど年下の娘に声を掛ける。

「ですが、犀将軍に……」

「からかわれますねぇ、絶対に。あの方のことは、天災だと思って諦めることにしております」

 ここ数年ですっかり苦労性になってしまった成明は、ふうっと溜息を吐きながら応じる。

 白金の髪の麗人は、似たような苦笑を浮かべて小首を傾げる。

「冠は如何なさいましたか? あぁ、こちらにありましたか」

 最後の仕上げである位冠を手にした青藍は、ふわりと微笑んだ。

 まだ瑞々しく青い楓の葉が冠に添えられている。

「軍師殿ですね」

「えっ!?」

 ぎくっと肩を揺らした成明は、青藍に慌てたように視線を送る。

「翡翠様がこの楓を添えられたのでございましょう? わたくしも似たようなことを考えましたので」

 クスリと笑った娘は、己の袍の袖から白い桔梗の蕾を取り出す。

「あーっと……え?」

 言葉に困った成明は、己の冠を複雑そうな表情で眺めやる。

「王太子府軍の将軍方は、おひとりを除いてご自分を飾らなさ過ぎます。殿下の晴れの日に、部下が飾らなくては殿下の誉れに傷が付いてしまいましょう。わたくしがこの花をお持ちすることを読んでおいでだったのですね」

 器用に桔梗の花枝を冠に差し込んだ青藍は、笑みを浮かべたまま成明の頭へ冠を乗せる。

「あの、青藍殿?」

「良くお似合いでございますよ、主将。いえ、成明様」

「ありがとうございます。お手を煩わせてしまいましたね」

 穏やかに微笑んだ成明は、冠に手をやり、位置を確認すると、太刀を腰に吊す。

 見事な武官姿の若武者に、青藍も満足そうに微笑んだ。


 式場警備にあたる王太子府軍は、二手に分かれ、大忙しである。

 その最高責任者である綜翡翠副将に警護がつくのは当たり前だと主張した笙成明は、副官を伴い、彼女の許へと訪れた。

「軍師殿。笙成明、祝青藍、参りました」

 張りのある声で名乗りを上げた成明は、参謀室の扉を開ける。

 煌びやかな軍師の式典用の衣装を身に纏った翡翠が、羽扇を手に立っていた。

「ご苦労様です、おふたりとも」

 面白くなさそうな表情で、羽扇を弄りながら、軍師は護衛役のふたりを労う。

「翡翠様? どうなさいましたか、浮かぬお顔で……その御衣装ですか?」

 ふと、翡翠の表情に気付いた青藍が、不思議そうに問いかける。

「式典用とは言え、派手すぎるのですよ。女官達が用意したものですから……」

「あぁ、なるほど」

 確かに翡翠が映えるようにと揃えているようだが、本人の好みから外れているだろうと思っていた青藍は、その言葉に納得する。

 そうして、藍衛が言っていた言葉を思いだし、軽く眉をひそめる。

「申し訳ございませんでした。わたくしがもう少し早く気が付いておれば、この様なことには……」

「いいえ。あなたを成明殿の副官に推挙したのはわたくしですから、わたくしの考えが甘かったとしか言えません。あなたのせいではないですよ」

 ふうっと溜息を吐いた翡翠が、青藍を庇い、肩をすくめる。

「今、別の袍を用意させているところです。あぁ、来ましたね」

「お待たせした、翡翠殿。あなたの袍、確かにお持ちいたしましたよ」

 包みを大切そうに手にした藍衛が、にっこりと微笑って中へ入ってくる。

「ありがとうございます、藍衛殿」

「あぁ、某は外でお待ちしております」

 成明は藍衛に軽く会釈をすると、翡翠に向かって拱手をし、部屋を出ていこうと踵を返す。

「実に礼儀正しい男だな、笙将軍。誰かとは大違いだ。気にしなくとも大丈夫、袍だけだから、中にいたまえ」

 青年の様子に好感度を上げたらしい藍衛が、成明に声を掛け、荷を卓の上に広げる。

「いや、しかし……」

「かまいませんよ、成明殿。他の方が入ってこないように、扉を押さえていただけると助かります」

 狼狽えたように視線を彷徨わせる彼に、翡翠までもが声を掛ける。

「ならば、やはり外でお待ちしていた方が……」

「お願い申しあげます、主将。今、この場にいる者以外が入らぬように、扉をお守りください!」

 青藍の真摯な響きを持つ声音に、成明は躊躇いを捨てた。

「承知した。鍵をかけてもよろしいですか、軍師殿?」

「お願いします」

 扉の外の様子を窺った成明が扉を閉め、鍵をかける。

 それを確かめた翡翠は、今まで来ていた袍を脱ぎ捨て、小刀で襟を切り裂く。

「……やはり、そうでしたか」

 短く呟いた翡翠は、藍衛が運んできた袍に腕を通し、青藍に手伝って貰いながら帯を締めると、成明に声を掛けた。


 振り返った青年が目にしたのは、白鷹が刺繍された新緑の見事な袍であった。

 肩の付近は白に近い淡い薄緑で、裾に向かって徐々に濃くなっていく染め付けである。

 しかも、縦糸に金糸を用いているらしく、裾の色が濃い部分は光が当たると黄金色に反射しているのだ。

 白と銀の絹糸で緻密にそして見事に白鷹が縫い取られている。

 先程の袍よりも、一見、地味に見えるが、こちらの方が遙かに上質な絹地で、しかも翡翠によく似合っていた。

 思わず無言で賞讃の眼差しを向ける成明に満足したらしい藍衛が、笑みを浮かべて頷くと、手招きして彼を呼び寄せる。

 翡翠と青藍は、先程まで彼女が来ていた袍に鋭い視線を向けていた。


「ご覧、笙将軍」

 藍衛が、切り裂かれた袍の襟を指差す。

 そこには無数の針が隠されていた。

「……これは……っ!?」

 眉根を寄せた青年は、眉間に深い皺を刻み、険しい表情で袍を睨み付ける。

 袍は、幾重にも重ねた単の上に身に付けるものである。

 従って、そのまま着たところですぐに身に刺さるということはない。

 だがしかし、急な動きをしたとき、針は襟足に刺さるだろう。

 今日の翡翠は、王太子府軍の総指揮を受け持っている。

 何かあればすぐに対応するために動くだろう。

「軍師殿、この御衣装、女官達が用意したと仰いましたね?」

 低く、唸るような声音で成明が問いかける。

 先程まで狼狽えていた純情な好青年の表情とはかけ離れ、有能な武将のものとなっていた。

「衣装を用意する者達が、この事に気付かないはずがない。この間から、彼女達は奇妙な行動を取っていると思っていたが、こういうことだったのですか……」

「この間からというと?」

「先の戦からです。いくら蒼瑛殿が戦の前に風舞の話をしていたからといって、衣装の準備をしていたなど前々から腑に落ちなかったのです。彼女達は、軍師殿が幼少の頃から仕えていた者達だ。主の性格や好みを良く知っているはずなのに、意に染まぬことをやっていた。まさか、あの者達が軍師殿を裏切るなどありえないと、某の考えすぎだと思っておりました」

 口惜しげに袍を掴み、握り締め、青年は告げる。

「上将の儀式に不祥事を公にすることはできますまい。ですが、相手は何らかの騒ぎを起こすつもりでしょう。内密に黒獅子軍と紫影軍に連絡を取り、警戒していただきましょう。軍師殿の警護に嵐泰殿をお呼びしてもよろしいでしょうか? お恥ずかしい話ですが、某ひとりでは、万が一の時に軍師殿と青藍殿を確実にお守りできる確信が持てません。もちろん、お二方の武勇が尊敬に値する技量であることは先刻承知の上ですが、万全を期したいと存じます。殿下方には残る三将軍にお任せします」

 ぎりぎりと眦を吊り上げ、告げる成明に、翡翠はゆったりと頷く。

「あなたにお任せしましょう、成明殿。ですが、くれぐれも注意を。まだ、彼女達の裏で糸引く者がわかりません。暫く泳がせた方がよいでしょうね。何も気付かぬ振りをお願いします」

「承知」

 顎を引くように頷いた成明は、青藍に視線を向ける。

「青藍殿、しばしの間、軍師殿の警護、お任せいたします。皆様、こちらを動かれぬように。では、失礼」

 すでに戦場に立っている青年は、女性達に注意を与え、足早に去っていく。

「……この袍を用意したのは、本当にあなたの女官なのですか、翡翠様?」

 その背を見送りながら、青藍は翡翠に問いかける。

「えぇ、そうです。今、わたくしの傍に仕える者達でしょう」

 表情ひとつ変えずに頷く娘に、青藍は、己の置かれた状況よりも常に最悪の環境にいる上司に向けて深々と溜息を吐いたのであった。

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