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白虎の宝玉  作者: 西都涼
風光の章
108/201

108

「わたくしに逢わせたい者、ですか?」


 女子軍を預けていた劉藍衛が、王太子府軍へと足を運び、非常に珍しく困り切った表情で告げたのは、加冠の儀を数日後に控えたある日のことであった。

 いつものように執務をこなしていた翡翠は、藍衛の訪問にさしたる疑問を抱かず、椅子を勧めようとした矢先に切り出され、不思議そうに小首を傾げる。

「はい、上将。女子軍へ入隊希望の者なのですが」

 藍色の髪に黄金色の瞳と、変わった色の組み合わせの将軍は、自らの思いを隠さずに上司に告げる。

「珍しいですね、あなたがそこまで困り切っているなどとは……入隊希望者が男性だった、というのではありませんね」

 くすっと笑った翡翠は、小首を傾げる。

 たまに藍衛を男性だと勘違いして、女子軍に入隊しようとする男もいるのだが、その度に彼女が一喝して追い払ってしまう。

 徹底した男嫌いの女将軍は、ふざけた相手には容赦ないのだ。

 その反面、真面目で健気な女性には非常に弱い。

 おそらく、熱意あるがこちらが戸惑わざる背景を持つ者なのだと了解した娘は、ゆっくりと頷いた。


 控えの間に待機していたのは、翡翠と同じ年頃の娘であった。

 淡く輝く白金の髪を背中に流し、平身低頭で控えている。

 似ていると、見た瞬間、翡翠は思った。

 誰に似ているのか、ふと考えてみると、他でもない自分自身に、であった。

 色彩は異なるが、体型や身のこなし、そして身に纏う雰囲気が似ているのだと、感覚が告げている。

 それゆえ、藍衛が困っているのだと察した。

 おそらくは名のある家の出身なのだろう。

 それも、入隊を認めてよいかと惑うほどの大貴族に違いない。

 認められないと言いたいが、そうしたくないほどの実力の持ち主なのだろう。


「お待たせしましたね、申し訳ありません。わたくしが綜翡翠。女子軍の総大将です。あなたのお名前を聞かせていただけますか?」

 柔らかな声を掛け、慎ましやかに控える女性の前に立つと、その娘は更に深く頭を垂れる。

「初めておめもじ仕ります。わたくしは、祝青藍と申します。女子軍の端に加わることをお許し願います」

「祝!? 外大臣家縁の者ですか?」

 次姉芙蓉が嫁いだ外大臣家縁の者だと気付き、翡翠は表情を引き締める。

 藍衛が戸惑う理由もわかった。

 代々文官である外大臣家の者が、武官になりたいと申し出ること自体が非常に珍しいのだから。

「名ばかりの末子にございます」

 俯いたまま、肯定した青藍は、庶子であることを告げる。

「では、稜貴義兄上様とは腹違いということになりますか」

「左様でございます」

 言葉短く答える娘に、翡翠は好印象を持ち、顔を上げるように促す。

「顔を上げてください、青藍殿。軍に在籍したことはあるのですか?」

「はい。入隊時は紫影軍におりましがが、その後緑波軍へと移り、先日とある事情により脱退いたしました」

 ゆっくりとした動作で青藍が顔を上げる。

 白金の髪に縁取られた小さな顔が露わになる。

 整った上品で華のある顔立ちの中で、最も強く惹かれたのはその瞳の色であった。


 何処までも澄み渡った青。

 花で例えるのなら矢車菊だろう。

 それは青玉の中でも最上級の色彩だ。

 そしてその色は、破邪の色。

 碧玉翡翠に次いで尊ばれる宝玉である。


 極上の翡翠と青玉の瞳が互いの色を讃え合うように瞠られる。

「何と見事な……」

 感嘆の声が翡翠から上がった。

「だから、お名前が『青藍』なのですね」

 その瞳の色から名付けられたのは明白である。

「はい」

 辛うじて頷いた青藍もまた、翡翠の瞳に見入っている。

「青藍殿、話しにくいこともあろうかとは思いますが、敢えてお尋ねいたします。緑波軍での地位と脱退理由、そして女子軍への入隊理由をお話下さい」

「は。緑波軍での最終所属は、桓将軍配下第二中隊、中隊長を務めておりました。脱退理由は、婚約のため。叔父がわたくしを無視して勝手に婚約を進め、結納直前になり親族後見の権限で脱退手続きを取りました。女子軍への入隊理由は、我が異能がお役に立てると思い、また、兄稜貴の薦めもありましたゆえ」

 務めて穏やかな表情で答えた青藍は、懐から手紙を取り出し、翡翠に差し出す。

「桓将軍の推薦状と我が兄稜貴からの手紙にございます」

「……確かに」

 青藍の手から手紙を受け取った藍衛が、差出人を確かめ、翡翠に手渡す。

「青藍殿。婚約と仰せになられましたが、祝家の方のご婚約が決まったというお話はついぞ耳にしたことがありませんが、その点はどうなりましたか?」

「我が意に添わぬ上、婚約者がひとりではございませんでしたので、実力行使の上、逃げ出して参りました」

「……と、言うと?」

「父の弟、三名ほどがそれぞれにわたくしの婚約を整えておりまして、お互いにその事実を知り、争い始めましたので、兄がそのことを知り、すべて破談にしてくださいました。勝手に軍を脱退させられ、わたくしも少々腹を立てておりましたので、少しばかり乱暴な手段を用いてしばらくの間、叔父達が何もできないようにして家を出て参りました」

「まぁ……」

 たおやかな顔立ちから想像できないが、かなり過激な性格らしいと察した翡翠は、青藍から顔を背け、くつくつと笑い出す。

 勘当覚悟で叔父達に制裁を加えてきたと平然と言うその度胸は大したものだ。

 自分でも同じことをしただろうと頷いた翡翠は、笑いを抑えて青藍に視線を戻す。

「よろしいでしょう。では今ひとつ。異能について見せてくださいませ」

「では、失礼いたしまして」

 一礼した青藍がすっと立ち上がる。

「上将!?」

 藍衛が驚きの声を上げる。

 彼女の目の前に綜翡翠がふたり立っていた。

 寸分違わずに、髪の毛一筋、気配までも瓜二つの娘が、同じ表情でお互いを見つめている。


 静かに、穏やかに見つめ合っていたふたりの綜翡翠の内、上座に立っていた方がにこやかな笑みを浮かべた。

「幻術ではなく、仙術ですね? お見事です」

「見破られてしまいましたか。残念です」

 女性にしてはやや低めのしっとりとした声が柔らかな響きを放ち、そうして下座に立つ翡翠の黒髪が白金へと変わる。

「何故、おわかりに?」

「幻術には香を使うことが多いと聞いておりましたから。あなたは香をつけていらっしゃいませんし、それに、仕掛ける時間も準備もありませんでしたし」

 にっこりと微笑む翡翠に、青藍が肩をすくめる。

「噂を耳にしておりましたが、恐ろしい御方ですね。それだけのことを瞬時に判断なさるとは。感服いたしました」

「お褒めに与り、光栄です。では、失礼して、手紙を拝見させていただきます」

 笑みを浮かべたまま、女子軍総大将は、手紙に目を通した。


 手紙の内容は、先程、青藍が告げたことと同じものであった。

 そこで、翡翠は彼女が熾闇の正妃候補のひとりであったことを知る。

 青藍の母親は、元近衛兵であり、王宮を警備していた折り外大臣と知り合い、娘を生んだ。

 外大臣の正妻、つまり稜貴の母は、母子を屋敷に引き取ることを承知したが、彼の弟たちは反対し、結局、外大臣は小さな屋敷を母子に与え、そこへ通っていたらしい。

 一度は一族ではないと拒否したが、娘は政略に仕えると駒のように扱う叔父達に憤りを感じた稜貴は、これを機に彼等を排除するつもりだと、翡翠に告げていた。

 その間、女子軍で預かって欲しいことと、叔父達が何を言っても青藍を渡さないで欲しいと、妹を想う優しい兄の言葉が綴られていた。

 そうして最後に、妹の友達になって欲しいと添えられていた。


 手紙を読み終わった翡翠を、藍衛と青藍が見つめている。

「上将?」

「女子軍に加わることを許可しましょう。祝青藍殿、あなたに一個大隊をお預けしましょう」

「はっ! ありがたき幸せ」

 すっと膝をついた青藍は、頭を垂れて、翡翠に礼を尽くす。

「この命持ちまして、お仕えさせていただきます」

「それから……」

 くすっと笑った大将に、祝将軍は顔を上げる。

 藍色の髪の劉将軍は、視線だけで主の言葉を促す。

「王太子府軍にも所属していただきましょう。笙将軍の副将として、王太子府に詰めることを命じます」

「……は、はい」

 腑に落ちないと言う表情を浮かべた青藍は、翡翠を真っ直ぐに見上げる。

「しばらくは、わたくしの傍を離れない方がよろしいでしょうね。稜貴義兄上様は、叔父君方の動向が機になるようです。ここなら、無用の手出しはできますまい。それと、あなたはわたくしのお友達になってくださいますか?」

 くすくすと笑いながら、翡翠は稜貴からの手紙を青藍に見せる。

「どうやら、稜貴様はわたくしとあなたが似た者同士だとお考えのようです。ですから、友達になれるだろうと……いかがです?」

「上将閣下がお望みくださるのでしたら、いかようにも」

 少しばかり呆れたような表情で手紙を眺めた青藍は、そう応じる。

「芙蓉殿のご夫君でしたな、稜貴殿は。なかなかの慧眼と思われますが」

 笑みを浮かべた藍衛が、とろりとした視線を翡翠に向ける。

「美しい方々が仲睦まじいご様子は、見る者を幸福にしますから。それに、あなたのお傍には腕が立つとはいえ女官しかおりません。ひとり、対等な立場の女性を置かれるとよろしいでしょう。その方に、私との中継ぎをお願いできれば、言うこと無しです」

「劉将軍、それは……」

 翡翠と青藍が同じ表情で藍衛を見つめる。

「ほら、気が付いた。稜貴殿に感謝をしなくては。彼女は賢い。莫迦な真似をした叔父君にも感謝をしたい気分だ、私は。あなたは、この方を主以上に友と思えるね?」

 すべてを見透かすような黄金色の瞳に見つめられ、堅い表情の青藍は小さく頷く。

「では、私からのお願いだ。この方の傍らに立ち、この方と女官との距離を作って欲しい。そして、私ともこまめに連絡を取ってくれないか?」

「わかりました。女官を切り離せばよいのですね」

「そう。主からの寵愛を競い奪い合うような女官は、部下としては必要ないからね。近づく者だけでいい。お願いするよ」

「承知」

 あっさりと頷いた青藍は、立ち上がって藍衛に拱手する。

「仕方ないですね。しばらくの間、劉将軍をあなたの世話役に任じましょう。青藍殿、何かあれば、藍衛殿を訪ねなさい。今から、三の君様と、笙成明将軍にあなたを紹介します」

「はい、上将」

「わたくしのことは、翡翠、もしくは軍師で結構です。王太子府軍で上将と呼ばれるのは大将である三の君様だけですし、主将は成明殿になりますから」

「了解いたしました」

「では、藍衛殿、また後ほど」

 藍衛に下がるように告げた翡翠は、青藍を伴い、総大将の執務室へと向かった。

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