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白虎の宝玉  作者: 西都涼
芽吹の章
105/201

105

「で、結局、殿下と翡翠殿はどちらにおられるのかな? 利将軍」

 王太子府の総大将の執務室で、執務机に座り、書類とにらめっこをしていた利南黄の前に、立ちはだかった美丈夫の魅力的な笑顔。

 女官達なら大喜びで黄色い声を上げるところだろうが、同性の笑顔などにまったく魅力を感じない武骨一辺倒の武将は、むすりとしたまま筆を握る。

「知らぬ」

「知らぬ存ぜぬは通用しませんが?」

「何と言われようとも、知らぬものは知らぬ。答えようがない」

 厳めしい表情を作ってはいるものの、その眉尻は下がって少しばかり情けない。

「燁の美姫にお尋ねしてもよろしいか?」

「妻は関係ない。聞いたところで面白がって質問責めにするだろう。それでよければ構わぬぞ」

「……本当に知らないのですか」

「さっきから、そう答えている」

 面白くなさそうな表情でぼやいた犀蒼瑛に、南黄は眉尻を跳ね上げた。

「だぁって、誰も知らないんですよ!? せめて、貴殿には仰っているものと思うじゃありませんか?」

 がらりと口調を変え、拗ねたように告げる蒼瑛は、それでも南黄の表情をつぶさに見つめている。

「そういうことなら、白虎様にお尋ねすれば良かろう!? あの御方なら、大陸中のことは簡単に把握できるはずだ。ましてや軍師殿は白虎様のお気に入りでもある。どこにいるか、何をしているか、常にご存知のはずだ」

「その白虎様がいらっしゃらないのでね」

「王子方か嵐泰殿に尋ねればよいだろう? 隠形をされていても、王族の方々なら姿を見出せるはずだ」

「それが、尽く姿を消されてね、お会いできないのだよ」

 それは貴公が煙たがられているのだとは、到底言えない南黄である。

 何とも言い難い表情で、視線を逸らす。

「ならば、多少なりとも執務をしては如何か?」

 書面を睨み付け、花押を書き入れるかどうかを悩みながら総大将代理はそう告げる。

「適材適所というではないか? 利将軍にお任せする」

「おぬしが逃げ出すから、私の仕事が増えているのではないか!?」

 見事な一喝も、相手が恐れ入らなければ何の効果もない。

「人のことを言えた義理ではないが、軍師殿には早く戻って貰わねば……」

 床のあちこちに書類の山ができている。

 それをたった数日ですべて採決してしまっている翡翠の有能さに、改めて頭が下がる思いである。

「軍師殿がいなければ、たちゆかぬという噂は真だな」

 情けない話だが、自分の能力に限界を感じ、また、非常時だというのに手伝おうともしない武将達に、利南黄は本気でグレてやろうかと何もない空間を藪睨みした。




 かすかな物音で目覚めた熾闇は、周囲の様子を確認する。

 これはもう習性のようなものであった。

 常に周りの安全を確認しなければ、安心などできない。

 嫡子に生まれながらも、常に命を狙われ続けたという事実が彼を警戒心の強い生き物へと変えた。

 今は、命を狙われるような状況にないことを知っている。

 だがしかし、一度植え付けられた警戒心は、簡単には失せることはない。

 それが今の彼を助けていることを承知していれば、尚更である。

 干し藁で作られた簡素な寝台は、王宮の牀榻よりも遙に寝心地がいい。

 それを言ってしまうと、毎日のように部屋を整えてくれる女官や小姓達に悪いので口にできないが、この場所ほど安心できる寝床はない。

「……翡翠?」

 半身の気配はあるが、物音がしないことに気付いて、ゆっくりと上半身を起こす。

 傷口が痛むが、気力で抑えられる範囲だ。

 眉を顰めながら寝台に起き上がった若者は、自分の手の傍で静かに眠っている娘の姿に笑みを浮かべた。

 地味で粗末な衣服に改めても、その際立った美しさは隠すことはできない。

 まるで遊牧民の少年のように見えるが、熾闇の目には王宮に花を添える女官や貴族の姫君達よりも綺麗に見える。

 胸の痛みさえ、気付かない振りをすれば、彼女を見つめることに幸せを感じるほどだ。

「心配をかけて済まなかった」

 眠っているからこそ、素直に言える。

「おまえを護りたいと思ったんだ。おまえが無事なら、それでいいと思った。怒られるとは判ってたけど、それが本心だったんだ」

 どうしても譲れない想いがそこにある。

 半身を護ることが、絶対的な真理であった。

「おまえを幸せにしてやりたいのに、怒らせてばかりだ。どうすればいいんだろうな」

 大切な従姉妹を幸せにしてやりたいと願うのに、その方法がまったくわからない。

 何が彼女にとっての幸せなのか、さっぱり理解できないのだ。

 誰が彼女の幸せを運べるのか、自分の手で幸せにしてやりたいのか、それすらもわからない。

 それでも、今、この時の眠りだけはこの手で護ってやりたいと、小さく笑みを浮かべ、もう一度寝台に横になり、彼女の手をそっと握った。

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