エイプリルフールネタ:明るく爽やかで優しいソラト
「なんてやるとでも思ったか? 残念! 何時も通りの俺だよ!」
扉を開けるなり、意味不明の台詞を叫ぶソラト。執務室という名のたまり場と化している部屋で好きにくつろいでいた女性陣が、顔を上げた。
「いきなり何を言ってるんだい?」
「っていうか、誰に話してるの……?」
読書に勤しんでいたカイムが呆れ、卓に化粧品を並べていたシュトリが困惑する。
「遊ぶなら他所でやってね」
「……」
書類との格闘に戻るイザベラ。無言で主の言葉を待つエレン。そんな面々を見渡して、ソラトは実に楽しそうに言葉を続けた。
「何でも今日はエイプリルフールらしいぞ」
「え? こっちにもエイプリルフールがあるの?」
シュトリが怪訝そうな顔になるのも無理はあるまい。何しろエイプリルフールは向こうの――こことは違う世界の風習だ。
ただ、ネットゲームで現実に合わせて何らかのイベントを行なうのは珍しくない。実際、NESでもバレンタインやクリスマスには特別なイベントがあった。
しかし、ここは〈NESに良く似た世界〉であっても〈NES〉ではない。特殊イベントを企画する運営はいないのだ。何より向こうの世界でも、四月はまだ先だったはずだ。
「そもそも、エイプリルフールって何さ」
「エイプリルフールは私たちの故郷の風習で、その日は嘘をついていいとされている日さ。といっても、冗談で済ませられるものに限るがね」
イザベラの疑問に、カイムが簡単な説明をする。それを聞いた銀髪の会計係は、納得したように頷いた。
「ああ、ライナ・ライアの日ね。そういえば今日だっけ」
「何さ、それ」
口を挟んだシュトリに、イザベラが肩をすくめる。
「だから、そのエイプリルフールと一緒だよ。嘘をついていい日さ」
昔々とある村に、ライナという少年が居た。ライナはいつも嘘ばかりをついて、大人を困らせていた。しかしある日、村を盗賊が襲ったとき――ライナは嘘八百を並べ立てて盗賊を騙し、最後には盗賊をやっつけて村を救う。そんな話があるのだという。
「んで、その物語にあやかって、ライナ・ライアの日が生まれたってわけ」
そう説明を締めくくりながらも、イザベラの手はペンを握ったまま止まらない。紙に数字を書き付ける彼女の視線は険しく、眉間に皺が寄っていた。
そんな彼女を眺めながら、ソラトはいつもにやにやとした笑みを浮かべる。
「というわけで嘘をつくぞ。いいか、嘘をつくぞ?」
「アンタはいつでも嘘ついてんでしょうが。いいから静かにしてて頂戴。アタシは今忙しいの。アンタが無計画に金を使うから、帳尻合わせに必死なのよ」
急激な成長によってギルドの収入は増加したが、同時に支出も増大した。必然的に会計役の手間も増える事になり、減るのはイザベラの睡眠時間というわけだ。挙句の果てにソラトが何の相談もなく大きな出費をしたりするもんだから、彼女の機嫌がよかろうはずもない。
そんな彼女に、ソラトは嬉々として爆弾を投下した。
「お城買っちゃった」
「……」
「……」
語尾にハートマークがつきそうなぐらい可愛い声でとんでもない発言をしたソラトに、ぎしぎしと壊れたブリキ人形のような動きでイザベラが顔を向ける。
「……嘘でしょ?」
「嘘だよ?」
即答するソラトに、イザベラは深々と嘆息すると、若干安堵したように髪をかき上げた。
「まったく驚かせないでよ。こっちは忙しいんだから――」
「嘘だよ?」
「……」
先ほどと全く変わらない表情と声で繰り返すソラトに、イザベラは沈黙する。
「……ちょっと」
「じゃあ、俺は他所で遊ぶとするさ」
やっとのことで再起動したイザベラに、ソラトはしゅたっ、と手を挙げて、開けっ放しの扉をくぐって廊下へと消えた。その後を、鬼のような形相になったイザベラが追いかける。
「ちょっと待ちなさいって……待てって言ってるでしょ! どっちかはっきりさせなさい……! いくら使ったの! 正直に言いなさい!」
部屋から遠ざかっていく声に、残された三人は顔を見合わせ――尊い犠牲となったイザベラに哀悼の念を捧げるのだった。




