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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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間章:ならず者のブルース(3)

更新が滞ってて申し訳ないです。


四月に入ったらペースが上がる、ハズ。

 俺は、自分が何処で生まれたのか知らない。

 親父は――今の俺と同じ様な――チンピラで、あちこちで悪さをしては逃げるように次の街へ行く、そんな生活をしていた。そんな親父に連れられて、俺も子供時代の大半を旅の空の下で過ごした。

 お袋については、俺は知らなかった――親父に何度か訊ねたことはあるが、酔っ払った親父の語るお袋は、名前も出会った場所もころころと変わるので、やがて俺は訊くのをやめた。

 親父は俺に人の殴り方や騙し方、盗みや恐喝の手管を仕込んだ。それも実地研修込みで、だ。今にして思えば、親父は助手がほしかったんだろうな。実際、親父は俺に悪事の片棒を稼がせるようになった。

 そんな日々も、親父が殺されたことで終わりを告げた。酒場で他の客と喧嘩になり、激昂した相手が刃物を抜いて親父を刺し殺したのだ。

 下手人は逃げて、結局捕まってない。俺もそいつを探そうとか、仇討ちをしようとか、そんなことは考えなかった。

 俺はなんとなく、親父はこれまでのツケを払わされたのだ、と考えていた。因果応報なんて信じてないが、親父みたいな生き方をしていれば、いずれ似たような結末が訪れるだろうと察しが付いていた――ろくでなしが、ろくでもない死に方をするのは当然だ。

 それより問題は、金を盗られたことだった。下手人が奪ったのか、あるいは野次馬がこれ幸いと盗っていったのか。なんにせよ稼ぎの大半は親父が持っていたから、俺は殆ど無一文になった。

 金も無い余所者の餓鬼が寝床や仕事を手に入れることは難しい。必然的に俺は浮浪児となり、それまでと同じ様に――今度は一人で――恐喝や盗みで生活をするようになった。

 やがて俺は、似たような連中とつるむようになった。浮浪児ってのは社会の最底辺だから、お互いに助け合わないと生きていけない。いわば、浮浪児ギルドってとこだな。もっとも同じ浮浪児でも、違うグループとは敵対関係になるのだが。

 決して恵まれた生活ではなかったが、悪い事ばっかりでもなかった。少なくとも、気を許せる相手が居た。

 でも――浮浪児ギルドでの日々も、そう長くは続かなかった。

 浮浪児ギルドには絶対のルールがある。それは「大人になったら出て行くこと」だ。

 暗黒街には縄張りってもんがある。そして、人様の縄張りで許可無く「悪さ」をすれば、きっつい制裁を食らう羽目になる。シマを収めてる犯罪ギルドに、スリだの置き引きだのを見逃してもらうには、「餓鬼の集まり」である必要があった。だから、大人になったら、ギルドを出て行かなきゃならないのだ。

 大人になった浮浪児が行き着く先は、大体決まってる。

 本物の犯罪ギルドに入るか――軍に入るか、だ。


「やっぱり、ジェイク隊長じゃない! まさか、こんなところで会うなんて!」

 アニーは変わっていなかった。もちろん、その風貌は年月によって相応の変化をしていたが、気の強そうな瞳と、やや擦れたような声と、歯切れのいい話し方は昔のままだった。

「でもごめん。今、ゆっくり話してる時間は――」

「――無いよなぁ?」

 声は、薄汚れた路地の向こうから聞こえた。柄の悪い――つまり、俺と似たような――男たちが数人、こちらに近づいてくる。

 俺は反射的に、アニーを庇うようにして男達の前に立ちふさがった。そんな俺を見て、男の一人が嘲るように口を開く。

「おい、テメェが誰だか知らねぇが。怪我したくなかったらとっとと失せるんだな」

「おいおい頼むから、俺が言おうとした言葉を取らねぇでくれ。何を言ったらいいか解からなくなるからな。生憎、語彙ってヤツが不足気味でよ。おかげで、女を口説くにも苦労してるのさ」

 俺が軽口を返してやると、沸点が低いらしい男はこめかみに青筋を立てた。

「テメェ、ふざけてると――」

 怒鳴り散らそうとした男を、別の男が手を挙げて遮った。褐色肌で、首と手首に細かな刺青を入れている。どうも、こいつが頭のようである。

「なら、向こうの通りを出て左にいきな。いくつも娼館が並んでらぁ。お前さんはそこで一晩の愛を楽しむ。俺らは邪魔者抜きで仕事が出来る――お互い幸せになれるぜ?」

「そりゃ名案だな。どうせならお前さん達が行けばいい。後で感想を聞かせてくれ」

 生憎、俺にこのまま帰るという選択は存在しないのだ。アニーは明らかに面倒ごとに巻き込まれているし、どうもその面倒ごとは命にかかわりそうだからだ。

「退いてはくれそうには無い、か。残念だ。本当に残念だぜ……」

 そう言って、男は肩をすくめ――次の瞬間、弾けるように距離を詰めてきた。

 突きだされる拳を、俺は仰け反るようにしてやりすごした。崩れた体勢を無理に直そうとせず、そのまま地面に手を付いて身体をひねり、半ば転がるようにして後退する。

「避けたか。良い反応だ」

 褐色肌の男が、にやりと笑う。内心、俺は冷や汗を垂らしていた。

 男の拳は、速い。速度が速いだけでなく、最短距離を一直線に飛んでくる。ただの喧嘩自慢とは違う。明らかに訓練を受けた者の殴り方だった。

「拳闘か……」

 拳闘。己の拳のみを武器として戦う格闘技。剣闘と並んで、長い歴史と高い人気を誇る競技でもある。

「そうだ」

 俺の零した呟きに、褐色肌の男は口の端を吊り上げた。懐から厚手の皮手袋を取り出し、手に填める。

「俺は元拳闘奴隷でね……この拳で戦い、生き残り、そして自由を勝ち取ったのだ」

 拳闘奴隷は拳闘士としての訓練と試合を強いられる。時にその勝負は、どちらかが死ぬまで続けられるとも言う。しかし数多の試合を勝ち抜いたごく一部の拳闘奴隷は、その報酬として奴隷から解放されるという。

 首と手の刺青は、おそらく首輪と手錠の痕を隠すためなのだろう。せっかく自由になったのに、なんでチンピラみたいな真似をしているのかとも思うが――仕方が無いのかもしれない。人生の大きな部分を檻の中と闘技場ですごしてきたのだ。今更世間でまっとうにやっていけと言われても難しかろう。

「シッ! シッ!」

 短く鋭い呼気と共に、小刻みな左が繰り出される。咄嗟に腕を掲げて防ぐが、骨に響くような衝撃が走り、痛みで目尻から涙が零れそうになる。

 そして――僅かに開いた腕の隙間に、本命の右がねじ込まれた。

「がっ……!?」

 がつり、と嫌な音がした。視界に火花が散り、膝が折れそうになる。

「糞がっ!!」

 痛みを堪え、むりやり距離を詰める。しかし足元が定まらず、振るった拳はまるで威力が乗っていない。

「は、そんな一撃が利くか」

 相手は避けようともしなかった。拳は力なく、その分厚い胸板を叩くのみ。

 だが。

「捕まえたぜ……」

 握り締めた拳を開き、俺は相手の胸倉を掴んだ。相手は本職だ。真っ当な「殴り合い」で勝てる相手じゃない。だから距離を詰め、掴み、泥臭い「喧嘩」に引きずり込む。

「っらぁ!」

 掴んだ胸倉を強引に引き寄せ、頭突きを叩きこむ。右手は胸倉を掴んだまま、左手で相手の右肩を押さえて反撃を妨げる。拳闘じゃあ、相手を掴むのも頭突きを入れるのもご法度だ。相手が拳闘士だからこそ、この手の攻撃には戸惑うだろう。

「おのれ!」

 しかし相手も然る者。僅かな隙を付いて、こっちの脇腹に左の拳を叩き込んでくる。内臓まで届く衝撃に、呼吸が止まる。だが密着してるが故に、その威力は大きく下がっていた。

 歯を食いしばり、再度頭突きを叩き込む。ぐしゃりと湿った音がして、視界に赤が飛び散った。

「き、ざ、ま」

 濁った声で、男が呻く。鼻を折ったのか、拳闘士は溢れる血で顔の下半分を赤く染めていた。これで相手は呼吸もままならんはずだ。

 襟首を掴んでいた手を離し、突き飛ばす。拳闘士はたたら踏んだが、転びはしなかった。

「退け、よ」

 こちらもぜいぜいと息を荒げながら、俺は言葉を紡いだ。

「このまま、俺と、喧嘩すんのは、望むトコじゃ、ねぇだろ?」

 俺の台詞に、残りの男達が吠えた。

「テメェ……ブッチャーさんにこんな真似しといて、唯で済むと思うなよ!?」

「おい、囲め! こいつぶっ殺すぞ!」

 連中の頭を適度に痛めつけてやれば、ビビッて退いてくれるかと思ったのだが……どうも逆に火をつけてしまったらしい。奴らは拳を握り締め、なかには刃物を抜いている奴も居る。

 にしても〈潰し屋〉(ブッチャー)か。多分、拳闘士時代に付いたあだ名かなんだろう。

「や、め、ろ……」

 男たちをいさめたのは、そのブッチャーだった。その鼻腔からは、未だに血が滴り落ちている。

「で、でも、ブッチャーさん……」

「いいがら、ひぐ、ぞ」

 ブッチャーが重ねて撤退を命じると、男達は不承不承引き下がった。去り際、拳闘士は振り向き、俺を睨みつけた。

「おばえの顔は、おぼえだぞ。必ず、つぶじてやる」

「……格好つけてないで鼻血ふけよ」

 俺が軽口を返すと、ブッチャーとその手下達は、視線に憎悪を込めてから去っていった。

「で――何がどうなってるんだ?」

 流石にきつくて、俺は壁に背を預けると、ずるずるとへたり込む。いい加減歳だろうか。最近どうも、殴り合いが辛く感じられる。

「ジェイク隊長」

 俺の問いに――アニーは泣き笑いのような表情を浮かべた。

「お願い、助けて」


 当時のルイゼンラートは、隣国であるトルペシュトと小競り合いを繰り返していた。だから五体満足の野郎なら、軍隊に入るのは難しくなかった。

 もちろん軍隊の、それも下っ端の待遇ってのは決していいもんじゃあない。だが、路上生活をしていた俺にとっては、楽園にも等しかった。何しろ、メシと寝床の心配をしなくていいからだ。

 俺が配属されたのは、アドニア騎士団って部隊だった。もちろん騎士なんかじゃなく、兵卒としてな。アドニア騎士団は、トルペシュトとの国境を任されていた――つまり、最前線に送り込まれたわけだ。

 それでも――思えば、この頃が俺の人生で一番マシな時間だった。真っ当な仕事についていて、メシと寝床の心配が無く、何より仲間が居た。

 見習い魔法使いだったルエン。双子で、見た目がそっくりだったブルックス兄弟。

 そして、部隊では唯一の女性兵士だったアニー。

 気のいい連中だった。皆で、色々と馬鹿をやった。ちょいと度を越して、揃って懲罰房に放りこまれたこともあったっけか。

 そして何の因果か――俺がまとめ役に祭り上げられた。兵卒たちの代表ってトコだな。といっても、別に何か権限があるわけでもねえ。貧乏くじを引かされたと嘆いたもんだ。

 でも――そんな時間も長くは続かなかった。

 アドニア騎士団の団長は、当然のように貴族だった。それも、かなり位が高い。そして、それに反比例するかのように、頭のほうは空っぽだった。

 なんでそんな奴を団長にするんだって話だが、実はこれにはちゃんとした理由がある。騎士、つまり貴族を中心に構成される騎士団は、軍としての階級の他にもう一つの序列が――つまり爵位の上下ってやつがある。

 これがかなり厄介でよ。何しろ、貴族ってのは無駄にプライドが高いからな。「あいつは上官だけど、爵位が俺より下だから命令に従わない」なんて馬鹿を平気で言いやがる。だからとりあえず、爵位が一番上の奴を団長にして、そいつの命令って形にすれば、貴族どもも大人しく従うって訳だ。実際に作戦を考えるのは、経験豊富な奴がやればいい。実際、副団長は貴族の生まれだが爵位は持ってない――代わりに戦場でバリバリやってたって言う、たたき上げの騎士だった。

 それでうまく行ってた。だが、いくら経験豊富な騎士様でも、無い袖は触れない。つまり、数の劣勢は覆せなかった。

 少しずつ旗色が悪くなり――それに業を煮やした団長殿が、あれこれと口を出すようになった。どうしてこう、人間ってのは人が失敗してるのを見ると、「自分ならもっとうまくやれる」と思うんだろうな? そいつが自分よりずっと有能で、それでも出来ないってことに考えが到らないんだろうか。問題は、団長がいくら能無しでも、名目上は指揮官で、作戦の決定権を持ってたった事だ。

 結局、馬鹿団長が余計なことをしたせいで、戦況はもっと悪くなり――副団長は撤退を進言した。どう考えても、それが正解だった。もう勝ちはねぇ。あとはどれだけ被害を少なくして撤退するかって段階だったんだ。

 だが我らが団長殿は徹底抗戦を叫んだ。誇りとか気迫とかで何とかしようと――いや、させようとした。もし徹底抗戦となれば、とんでもない数の犠牲者が出る。そして、その中には俺と、俺の部下も含まれるだろう。

 まったくあのときほど、絶望的って言葉が似合う状況は無かったね。敵は大軍、味方はボロボロ、しかも指揮官はアホときたもんだ。

 しかし効か不幸か、俺の冴えたおつむは状況を打開する名案を思いついちまった。敵が多いのは仕方ない。味方がボロボロなのもどうしようもない。でも、指揮官は何とかなるだろ?

 そんなわけで、俺はその場で――偵察に出たのが俺の部隊だったんで、報告の為に会議に俺も参加してたのさ――アホ団長どのをぶっ殺した。それがろくすっぽ剣も振ったことが無いようなボンクラ中年だったからよ。敵兵を切るより、よっぽど簡単だったぜ。

 当然のように、俺はその場で拘束された――問答無用で切り捨てられなかったのは、みんな俺の行動の真意を分かってたからだろうな。副団長なんて「すまない。本来なら、私がやるべき仕事だった」なんて詫びてたっけ。

 しかし――いくら他の連中が内心で俺に喝采を送っていても、上官を殺した事実は変わらない。まして貴族殺しは重罪だ。俺は裁判にかけられるまでもなく、死刑が確定してた。

 じゃあ何で、今も俺がこうしてクダを巻いてられるかと言えば、だ――副団長殿が手を回してくれたからだ。つまり、俺は処刑されたことにして、そのまま軍をおさらばしたってわけ。罪人の死体を抱えて撤退するわけもねぇから、替え玉の準備すら必要なかった。心残りといえば、隊の連中に別れが言えなかったことかな。

 軍を抜けてからは、もとの気楽な、腐ったみたいなチンピラ暮らしだ。犯罪ギルドに誘われた事もあったが、何処にも深入りせず、気ままで、自堕落な日々を送っていた。

 ――あの日、悪魔に出会うまでは。


「驚いたよ。処刑されたって聞いてたから」

 汚い路地裏から離れて俺達が向かったのは、安っぽい宿屋の二階、俺がこの王都でヤサとして借りている部屋だった。

 もっとも、貴族街の屋敷に居る事のほうが多いのだが――あそこはどっちかっつーと職場だからな。それとは別に、ゆっくり休める場所がほしくなるってもんだ。

「悪かったな。何も言わないでいてよ」

 表向き処刑されたことになっている俺は、部隊の連中とろくに分かれも交わせなかった。仕方の無いことだとは思うのだが、不義理は不義理だ。

「正直、水臭いって気持ちもあるけどね。事情が事情だもん、仕方ないよ」

 そう言って、アニーは笑う。彼女が快活な笑顔を浮かべてくれるのは、もう何年も前の話だからだろう。これが数ヶ月とか半年とかの話だったら、蹴りの一つでも入れられているところだ。

「隊長は、私たちの命の恩人だしね」

 ――そうなのだろうか。

 確かに、あの時俺は自分と仲間の為にアホ団長をぶっ殺した。しかしどうにも、俺は連中を助けたとか、救ったとかって気にはならなかった。

 それは多分、俺があのまま戦場から離れちまったせいだろう。あの後も、仲間達は戦いを続け、なかには死んだ奴も居るだろう。だから俺は、責任を途中で投げ出したような、仲間を見捨てて一人で逃げたかのような負い目があった。

「……『隊長』はよしてくれ。俺はもう、軍の人間じゃあないしな」

 だがそんな俺の心情を、アニーに語って聞かせる気にもなれなかった。そもそも、俺だって正直良くわかってない。だからただ、呼び名の変更だけを求めた。

「アタシらにとっては、アンタはずっと『隊長』さ」

 しかし、そんな俺のささやかな望みもアニーは聞き入れてくれないらしい。俺は力なく手を振り、本題を促した。

「それで? 事情は説明してくれるんだろう?」

「軍に追われてる」

 さらりと口にされたその言葉に、不覚にも俺の思考は凍りついた。

 軍とは国軍、つまり国王に仕える近衛騎士団のことであり――アニーを追い掛け回しているのはこの国そのもの、ということになる。

「隊長が居なくなった後も、アタシは軍に残ってたんだ。でもほら、私もそろそろ歳だろ? 軍の縮小で辞めさせられそうになっちゃって」

 五年前のルイゼンラートとの戦以降、この国は戦争をしていない。当然、国は金食い虫の無駄飯ぐらいである兵士達を減らそうとする。そして、真っ先に減らされるのは下っ端――それも、そろそろ兵士としての「旬」を過ぎた連中になる。

「それで困ってたんだけど、ルエンが――覚えてる? 同じ部隊に居たルエンだよ――

結構、出世しててさ。アイツが人事にねじ込んでくれたんだ。そんで結局、兵站課に回されたんだ」

 つまり兵糧、被服、武器など物資を管理する部署に回されたわけだ。当然ながら、読み書き計算は必須となる。商家の出身であるア二ーはうってつけの人材だったろう。

「問題はね――そこで私に任され仕事は、書類の改竄だったんだ」

「横流しか」

 兵站の管理と書類の改竄。その二つだけで俺は大体の事情を察した。癒着横領横流しは、お上の得意技だ。

「そう。騎士団では物資の横流しが常習化していたんだ。許せなかったよ。戦場では、あたしらみたいな下っ端が苦しんでたってのに」

 軍では飯の心配が無いといっても、やはり戦場ではそうもいかない。特に篭城戦の類になると悲惨もいいところだ。俺やアニーも、戦場で飢えた事は一度や二度では無い。

横流しされた物資が、食料が、ちゃんと届いていれば――そう思うのも仕方が無いだろう。

「もちろん、アタシは上司に食って掛かったよ。でも、相手にされなかった。だから、もっと上に――兵站課を統括するジマー侯爵に相談したんだ。証拠の書類を抱えてね」

「良く話が通せたな」

「まあ、ちょっとあってね……でもそれが失敗だったの。侯爵は、横流しのことなんてとっくに知っていた。それどころか、横流しは侯爵の主導で行なわれてたの」

「なるほどね……」

「それで、危く口封じされそうになってさ。書類だけ引っつかんで逃げてきたわけ」

 言って、彼女は懐からクシャクシャになった紙束を取り出して見せた。随分な扱いだが、紙面にはしっかりと軍の紋章が押印されていた。

「で、あいつらは侯爵が送ってきた口封じってわけか?」

「そうよ」

 続く彼女の言葉に、俺は顔を引きつらせた。

「侯爵が手を組んでる犯罪ギルド――〈百鬼夜行〉の下っ端よ」

 それは下手をすれば、軍よりも厄介な相手であり――俺の所属するギルドの名前だった。

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