間章:竜の棲む山(1)
ルイゼンラート王国、北東部。
王都から国境まで繋がる街道を、三十を越える馬車が走っていた。更に周囲には、倍する数の騎馬が併走している。
一見、隊商にも見えるが――その正体を知れば、盗賊団すら近づくのを躊躇うに違いない。
掲げられた旗の色は、血のような赤。そこに描かれているのは、禍々しい漆黒の太陽。
犯罪ギルド《百鬼夜行》。街道を進むのは、百を越えるならず者の群れなのである。
「で――」
馬車の中でも、最も大きく豪勢な一台。その座席に収まった銀髪の美女――イザベラが口を開いた。
「私達はいったい何処に向かってるのかしら?」
「あん……?」
彼女の向かい、両脇にシュトリとエレンを侍らせて、うつらうつらとしていた俺は、その何処か刺々しい声音に薄く目を開いた。
まあ、無理も無いかもしれない。何しろ俺の唐突な『社員旅行に行くぞー』の一言で、これだけの馬車や物資を用意させられたのだから。ギルドの会計係であるイザベラは、準備でてんてこ舞いだったのである。
「私も知りたいな」
続けて口を開いたのは、イザベラの隣に座る黒髪の乙女――カイムだった。
「完全武装で行く『社員旅行』が何なのか……そろそろ教えてくれても良いんじゃないかい?」
「あ、私も知りたーい」
シュトリの甘えた声も付け加えられる。
三人の視線を受け、俺は大欠伸を一つかますと――再び目を閉じた。
「あんたねぇ……」
「ソラト」
「教えてよぉ」
うるさい。俺は眠いのだ。
イザベラに用意させた馬車は異郷の知識――車輪にサスペンション、座席にスプリング――で乗り心地を改善させたものだ。もちろん内装も最高級であり、そのへんの安宿よりよほど安眠できるだろう。
だが、あいにくと俺は《索敵》スキルの弊害によって、人が近くに居ると安眠できない。かといって、野外で護衛を遠ざける気にもなれず――結局俺はこの旅の間、浅い眠りを繰り返すだけで、熟睡できないで居るのだ。
「失礼します」
脇からそっと、細い指が伸ばされる。エレンの指先が、俺の目尻に浮かんだ涙を拭った。
「目的地はディラベイト領のカタート山です」
「……アンタ、知ってたの?」
俺の代わりに答えたエレンに、シュトリが剣呑な声を上げる。俺がエレンに話し、シュトリに話していなかったのが気に入らないらしい。
「はい」
淡々と頷くエレン。
同時――シュトリから殺気が膨れ上がる。
「……シュトリ」
「ご、ごめん」
俺の咎めに、シュトリは途端に萎縮する。俺は許しの意を込めて彼女の顎を撫でると、もう一度大きな欠伸をした。彼女の殺気で、俺の目は完全に冴えてしまっていた。
「それにしても……ディラベイト領?」
イザベラが首を捻るのも無理は無い。何しろ、ディラベイト領は田舎も田舎、カタート山だって、特に何も無い山なのだから。
「何で、そんなところに?」
カイムの問いに、俺はにたりと笑った。
「実はそのカタート山な……金が出るんだ」
「「「金!?」」」
三人が目を見開いて驚く姿は、中々の見ものだった。
「ってことは、金を掘りに行くの!?」
シュトリが目を輝かせる。が、俺は鼻を鳴らした。
「俺がそんな泥臭い真似をすると思うか?」
「……それもそうだね」
納得したように頷くシュトリ。次に声をあげたのは、イザベラだった。
「……ちょっと待って。思い出したわ。確かにカタート山は金鉱山だったと思うけど、とっくに廃鉱になってたはずよ」
「まあな」
カタート山が金鉱山だったのは、実は十年以上も前の話である。今は廃鉱となり、打ち棄てられるがままになっている。
「鉱山からの収益に頼りきってたディラベイト家は、あっさり資金繰りに困った。それでも何とかやってきたんだが――残念ながら、ついに没落を迎えた」
まあ、俺が没落させたのだが。
この国の中心である王都と、北の要であるアルクス。その両方を押さえている俺は、この国の北部を手中に収めてると言っても過言ではない。物資の流通を止め、盗賊団を装った――というか、もともとは盗賊なのだが――部下に略奪を行なわせる。これだけで、死に掛け領地はあっさりと絶命した。
そして、《百鬼夜行》の生業には高利貸しも含まれる。借金の形に、領地を手に入れるのは難しくなかった。
「しかしソラト。金が出なく鉱山を、どうしてそこまでして手に入れようと思ったんだい?」
「カイム。俺は『金が出る』といったはずだぜ」
彼女の思い違いに、俺は皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「カタート山が廃鉱になったのは、金が出なくなったからじゃない――ドラゴンが住み着いちまったからだ」
ドラゴンの巣で、悠長に金を掘ってなんか居られない。どれだけ金が残っていても、廃鉱になるのは避けられない。
「……ちょっと待って」
搾り出すような呟きに視線を転じれば、イザベラが顔を真っ青にさせていた。
「つまり私たち、ドラゴンの居る鉱山に向かってるわけ?」
「そうなるなぁ」
「何でわざわざ!? 文字通り『ドラゴンの巣を突く』つもり!?」
「決まってる。そこにドラゴンが居るからだ」
何しろドラゴンである。ドラゴン、それは男の浪漫。ドラゴン、ファンタジーのお約束。
せっかく剣と魔法の世界に来たのに、ドラゴンも見ないでどーするのだ。
「楽しみだなぁ! ドラゴンだぜドラゴン!」
うきうきしている俺に、エレンを除いた三人から、深々とした嘆息が零れる。
「それで完全武装だったのか……」
「どうして私まで……」
「たまに、ソラトが年上に見えなくなる……」
カイム、イザベラ、シュトリがそれぞれ呟き、そして。
「――話は分かった」
口を挟んだのは、これまで無言を貫いていた、この馬車に乗る最後の一人。
「俺には付き合う理由が無い。帰らせてもらおう」
外套に身を包み、大きな帽子を目深に被った男――サブナクである。故郷に焦がれる魔法使いは、男の浪漫にも心を惹かれないようだ。
しかし、
「ドラゴンって長寿だからナー。異界の情報についても、何か知ってるかもナー」
「ちっ……」
おどけたような俺の物言いに、サブナクは舌打ちする。しかしそれ以上、口を開く事はなかった。元の世界に帰る方法を捜し求めている彼は、それが僅かな希望であっても、決して無視できないのである。
「ああ、楽しみだなぁ」
サブナクが黙った事に満足した俺は、遠慮なくドラゴンへの期待に心を躍らせる。
もちろん、俺はNESでドラゴンを――本当に生きているかのように動くドラゴンの姿を目にしている。だが、「本当に生きて動いている」ドラゴンを拝めるとなれば、ワクワクせずには居られない
もっとも――見るだけで済ませる気なんて、さらさら無いのだが。
「本当に――楽しみだなぁ」