番外編:ミルバネシア城の惨劇(後編)
イベント:《死霊師の花嫁》。
――テイダイには、アーマデュークという死霊術師が居た。死を知り、死を克服し、死を従え、そしていつしか己も亡者と成り果てた魔道の徒。
――テイダイには、一人の姫が居た。暖かな春の日差しのような、金色の髪。冬に振る雪のような、白い肌。何よりその無邪気な笑顔に、誰も彼もが恋をした。
そう、彼女に焦がれた者の中には、アーマデュークも含まれていた。
しかし片や一国の姫君。片や外道と罵られる死霊術師。決して実る恋ではない。
姫を諦めきれぬ死霊術師は、彼女を我が物にしようと、死霊を率いてミルバネシア城へと攻め入った。
プレイヤー達は姫の父親――つまり国王に雇われた傭兵として、防衛線に参加する。 勝利条件は死霊術師――《死者の王》アーマデュークの撃破。
敗北条件は、姫を攫われるか、プレイヤーの全滅。
赤い空を覆い隠す、亡霊の群れ。眼下には、地平線の向こうまで続こうかという、剣や弓で武装した人骨の大軍が広がっている。
まるで砂糖にたかるアリのように――アンデットたちはミルバネシア城への攻撃を開始した。
それを迎え撃つのは、数多のプレイヤー達。弓で、魔法で、あるいは遠距離攻撃できるスキルでアンデットたちを攻撃する。モンスター達は次々と撃破されていくが――生を持たない故に、死を恐れない軍団は歩みを止める事は無い。
「《フレア・レイン》!」
プレイヤーの一人が、城壁の上から火炎魔法を発動させる。炎の雨が降り注ぎ、城壁に取り付こうとしていたスケルトンたちを焼き払った。
その胸に――スケルトン・アーチャーの放った矢が突き刺さった。スキル《スナイピング・ショット》によって強化された矢は、決して少なくない量のライフを削り取っていく。
「くっそ! すまん、回復を頼む!」
魔法使いは矢を引き抜いて投げ捨てると、背後に控えているはずのヒーラーに回復を要請した。
しかし、答えは返ってこない。言葉も、回復魔法もだ。
「おい、はやく――」
声に苛立ちを込めながら、魔法使いは振り向いた。
そして彼は驚愕する。無理も無い。控えていたはずの回復役の姿が無いからだ。それどころか、周囲にたくさん居たはずのプレイヤーが誰一人として居ないのだから。
その代わりに――赤い幽鬼が立っていたのだから。
「な、何だお前は――」
「――敵に決まってるだろ」
囁くような声で呟き、俺は短剣を振り上げた。魔法使いの肩口に刃を叩きつけ、同時に左手に握ったナイフを脇腹に突き立てる。
二つの刃を引き抜きながら、腹を押すようにして蹴りを入れる。魔法使いは驚愕を顔に張りつけたまま城壁の下に落ちて――スケルトンを巻き込みながらライフをゼロにして、ポリゴンの欠片となった。
イベント中に死んだプレイヤーは戻ってこない。イベントが終了するまで、エリアには入れなくなるのだ。そうでないと『プレイヤーの全滅』という条件が満たせなくなるからだ。
魔法使いを片付けた俺は、次の獲物を求めて移動する。少し離れた場所に、スケルトン目掛けて矢を降らせる弓兵を見つけた。眼下のモンスターに夢中で、背後にはまるで注意を払っていない。
静かに、後ろから弓兵に忍び寄る。まさか背後に――城内に敵が居ると思わないのか、俺の存在に気がつく様子は無い。
手を伸ばして、口を塞いだ。同時に、心臓へと短剣を突き立てる。急所への攻撃がクリティカルヒットと判定され、プレイヤーの頭上に表示されたライフバーが大きく減った。
驚愕でプレイヤーは暴れもがくが、口をふさがれては声を発することはできない。そして急所に突き立ったままの短剣が、猛烈な勢いでライフバーを白く染めていく。
弓兵のライフがゼロになり――同時、階段から新たなプレイヤーが姿を現した。
「居たぞ!」
「こっちだ!」
既に俺の存在はプレイヤーの間に広まっているようだ。彼らの背後、階段では他にもプレイヤー達が閊えていることだろう。
俺は臆することなく、プレイヤー達へと突っ込んだ。短剣とナイフで、先頭の二人を切って捨てる。そのまま階段へと飛び込み――床を、壁を、天井を蹴り、三次元的な動きで駆け降りた。通り抜けるときに、プレイヤー達に刃を突き立てることを忘れない。
的確に急所を貫き、クリティカルヒットによる大ダメージをたたき出す。プレイヤー達はポリゴンの欠片となって散り、あるいは倒れたまま動かなくなった。
俺が握り締めた刃には、それぞれ《調合スキル》で生み出された、最上級の猛毒と麻痺毒が塗られている。倒れたまままのプレイヤーも、やがて毒に蝕まれて死んでいくだろう。そうでなくば、やってきたモンスターに成す術もなく殺されるか。
「ちくしょう……」
「てめぇ……」
心地よいプレイヤー達の怨嗟に身を浸しながら、俺は歩みを再開した。
城中を荒らしまわった俺は、やがて謁見の間へとたどり着いた。
無駄に大きく重い扉を、足で押して開ける、中には、何名かのプレイヤーの姿があった。ここには防衛目標である姫も居る。彼はモンスターから防衛目標を守ろうと戻ってきたらしい。
「お前……NPKのソラトだな」
俺の顔――《闇纏い》で見えはしないが――を見て、プレイヤーのひとり、槍を握った男が口を開く。
「そうか、お前が他のプレイヤーを殺して回ってたんだな……せっかくのイベントを無茶苦茶にしやがって! どうしてこんな真似をする!」」
「どうして?」
男の言葉に、俺は鼻を鳴らした。
「つまらないことを聞くなよ……楽しいからだ。決まってるだろ?」
くるくると短剣回し、弄びながら、俺はプレイヤー達を嘲笑う。
「お前達はモンスターを倒してゲームを楽しむ。俺はお前らを殺してゲームを楽しむ。そこに違いなんてない。そうだろう?」
「この、イカレ野郎!」
罵声と共にプレイヤー達が武器を振り上げて突っ込んでくる。
俺は瞬時にウィンドウを開き、武装を変更する。手に握られていた短剣が消えうせ――代わりにハルバードが現れた。
普段持ち歩いている白銀のハルバードとは違う、毒々しい赤と黒のハルバード。大きく湾曲した刃は、斧槍というよりもまるで死神の大鎌のようだった。
「死ねよ」
スキル《脛斬り》が発動し、死神の刃が地面スレスレの高さを切り払う。続けて《胴薙ぎ》を発動。身体を一回転させ、今度は胴の高さを薙ぎ払い――更にスキルを発動。《首狩り》がプレイヤー達の首を撥ねる。
瞬く間に複数の敵を始末した俺を、残った槍使いが驚愕と苦々しさで歪んだ顔で見つめていた。
「強いな……さすがはNPKというわけか」
「いいや」
槍使いの言葉に、俺は嘲りを浮かべた。
「お前らが、弱すぎるんだよ」
「ふざけやがって!」
男が、槍を構えて突っ込んでくる。スキル《十二連突》が発動し、鋭い切っ先が幾度と無く突き出された。
その事如くを――俺は回避する。スキルのアシストによって強化された高速の突きを、笑みすら浮かべながら。
十二回目の突きに、俺は《軽身功》を発動させ――跳躍すると、槍の穂先の上に『立った』。
「お前……本当に人間か!?」
「あばよ」
愕然とする槍使いの首を目掛けて、俺はハルバードを振るった。スキルディレイで硬直した槍使いは攻撃を避けることが出来ず、急所にスキル《首狩り》の直撃を受けた。
爆散する槍使いを尻目に、俺は床へと降り立った。ハルバードを担ぎ直し、部屋の奥、玉座へと向かって歩き出す。
玉座には王が、その隣に備えられた椅子には姫が座っている。その周囲には二人を守るべく、フルプレートの鎧に身を包んだ近衛騎士が並んでいた。
プログラムで動くNPCに過ぎない彼らは、目の前で繰り広げられた凶行にも微動だにしなかった。感情の無い瞳で、ただ虚空を見つめるのみである。
と――。
『貰い受ける。貰い受ける』
唐突に、軋むような、耳障りな声が響いた。
『美しき姫を、花嫁として貰い受ける――この《死者の王》アーマデューク様が……』
天井から滲み出るように、巨大なモンスターが姿を現した。《死者の王》アーマデューク。外見は巨人の骸骨、といったところである。
モンスターの出現に、NPCの騎士達が動き出す。彼らは姫を守るために配置されたユニットだ。本来であれば、彼らはプレイヤーにとって味方である。
――その首を、俺はハルバードの一閃で薙ぎ払った。
深い意味は無い。なんとなく、人の形をしたモノが動いたから、切ってみたと言うだけ。子供が面白半分に、アリを踏み潰すのと代わらない。
NPCを壊すのは、悲鳴も恐怖もないので味気ない。半ば惰性のように近衛騎士を片付けた俺は――イベントボスへと視線を転じた。
まあ、折角だし。
「お前も死ね」
呟き、ハルバードを握り直すと、俺は《死者の王》へと襲い掛かった。
――イベント《死霊術師の花嫁》は、《死者の王》アーマデュークの撃破によって、プレイヤー側の勝利で幕を閉じた。
だが、それを喜び祝ったプレイヤーは、誰一人としていなかった。参加プレイヤーの大半が、一人のPKによってキルされたこのイベントは、後々『ミルバネシア城の惨劇』として語られる事になる。