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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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番外編:悪魔の生まれた日(前編)

『――それでは冒険をお楽しみください。ようこそ、《ネバー・エンディング・ストーリー》へ』

 チュートリアルの終了と共に、暗闇で閉ざされていた視界に光が戻る。

 照らし出された世界は、中世ヨーロッパ風――つまり典型的なファンタジーの街並みをしていた。地面は石畳に覆われ、煉瓦の建物で切り取られた空は、青く青く澄んでいる。

 俺は視線を落とし、己の手を見つめた。

 VRGにおいて、プレイヤーキャラクターはプレイヤーの身体データを元に作成される。現実の肉体からかけ離れた体格に設定すると感覚が狂い、「操作」に支障をきたすからだ。だから俺は、ささやかなコンプレックスである、平均よりも小柄な体から逃れる事は出来なかった。

 だが、再現されるのは身長や手足の長さなど、身体操作に大きく関わる部分だけだ。産毛や皺など、細かな部分は簡略化されるし――手の大きさはシステムが自動で設定する。極端に大きかったり小さかったりすると、武器や道具の扱いに支障が出てしまうからだ。

 身長から割り出された「妥当な手の大きさ」は、現実の俺の手より、少しばかり大きかった。その事に小さく笑みを浮かべると、自分の身なりを確認する。

 初期装備である簡素な布の服に、革の鎧――そして、鞘に収められた短剣。

 チュートリアルでは、幾つかの武器を選択することができた。長剣、槍、斧、弓……ハルバードや刀など、ゲームを進めることで使えるようになる武器もあるらしい。選択できた装備の中で、俺が扱えそうな武器は短剣だけだった。

 装備の確認を終えて、俺は視線をめぐらせる。周囲には俺と似たような格好の人々が沢山いて、自分の身体をぺたぺたと触ったり、感触を確かめるように地面を踏みつけたり、あるいは意味も無く飛び跳ねたり、走り回ったりしている。

 奇行といって差し支えない振る舞いだが、それも無理からぬことだ――何しろ彼らはこの世界に始めて来たのだから。

 《ネバー・エンディング・ストーリー》――通称《NES》。

 バーチャル・リアリティーの名を冠した新生代のゲームのなかでも、MMORPG――多人数同時参加RPGとして開発されたタイトルだ。今日はその記念すべきサービス初日なのである。ログインしたプレイヤーは、ああして新しい自分と、新しい世界を確かめずにはいられないだろ。

 俺は状況の確認を終えると、石畳を蹴って走り出した。目指すのは街の外、フィールドエリアである。街中――タウンと違って、フィールドではモンスターが出現する。

 まずは街中を歩き回り、情報を集めるのがRPGの常道なのだろうが――マニュアルを含め、事前に公開されている情報は全て目を通していたし、チュートリアルはキャラクター設定のときに既に済ませてある。

 フィールドを目指して走る間、笑顔を浮かべたプレイヤー達とすれ違う。彼らはこれから待ち受けているだろう冒険の日々に、胸を脹らませているのだろう。

 この中に、俺の友達がいる。勇太、幸平。二人の友人が、この世界にいる。

 俺は以前から、二人の友人から誘いを受けていた。共に《NES》をプレイしようと、いっしょに遊ぼうと。

 だが、俺は彼らの誘いを断った。彼らは俺がログインしている事すら知らないだろう。

 にもかかわらず、俺はこの世界にいる。

 それは俺が――この世界に人を殺すために来たからだった。

 《NES》ではプレイヤー同士の戦闘、それも合意の上で行なわれるPvP(決闘)ではなく、PK(殺人)がシステム的に認められている。

 その事に、俺は大きな魅力を感じていた。だって、現実では出来ないから。

 他者を踏みにじりたいという欲望を抱えながら、それを満たす事ができない俺にとって、例え仮初であっても誰かを殺す事ができるNESは、まさしく楽園ユートピアだ。俺はプレイヤーをキルするためだけに――PKになるためだけに、このゲームを始めたのである。

 だからこそ俺は、友人と共にプレイすることは出来なかった。彼らは俺のPK行為に良い顔をしないだろうし、俺も自らの振る舞いで彼らに迷惑をかけてしまうのは、本意ではないから。

「待ちたまえ」

 フィールドへと繋がる門を潜り抜けようとした俺に、鎧を身につけ、手に槍を持った兵士風の男が――衛兵NPCが声をかけてきた。

「最近、北の山道で盗賊が出たそうだ。駆け出しの冒険者には荷が重かろう。山道には近づかないように」

 衛兵NPCは、まるで本当に生きているかのように動き、喋る。だが彼に命は無く、感情も存在しない。ただの人形だ。

 ――おそらくイベントフラグだろう。山道に行けば、盗賊が襲ってくるに違いない。

 そう判断して、俺はNPCに興味を失った。返事をする事も無く、再び地面を蹴る。

 まずはモンスターと戦い、戦闘に慣れておかなければならない。ステータスを強化し、装備を整え――人を狩るために。


「ギギギギギギギギ!」

 耳障りな鳴き声を上げながら、緑色の肌をした、子供くらいの大きさの、醜い怪物――ゴブリンが手にした棍棒を振り上げる。

「ははっ!」

 俺は笑みを零しながら、バックステップで回避する。鈍器が鼻先を掠め、地面へと叩きつけられた。

 足で地面を擦るようにして、急停止。そのまま地面を蹴りつけ、足を跳ね上げると、ゴブリンの顔面に靴底を叩き込む。赤いダメージエフェクトと共に、モンスターの頭上に表示されたHPバーが減少した。

 俺は《NES》が発売されるまで、格闘系のVRGを熱心にプレイしていた。おかげで「初めての戦闘」でも、そう苦労はしなかった。NESでは素手での攻撃でもダメージを与えられるし、そうでなくとも間合いの取り方や足運び、何より「誰かと戦う」という状況への慣れだけでも、大きなアドバンテージになっていた。

 顔を蹴られたゴブリンは、仰向けに転倒する。俺はすかさず駆け寄り、棍棒を持った腕を踏み付け封じると、短剣をその喉目掛けて振り下した。急所への攻撃に、一際派手なダメージエフェクトが飛び散った。短剣を通して手に伝わってくる感触と、蟲のようにもがくゴブリンの姿に、俺の中の蛮性が唸りを上げる。やがてゴブリンのHPバーがゼロになり、ポリゴンの欠片となって消滅するまで、俺は短剣を振るい続けた。

 ――ここは《初心者の森》と呼ばれるエリアだ。名前の通り、初心者が冒険になれるためのエリアで、モンスターも大して強くない。より奥に進むと、門で衛兵が口にした山道へと繋がっており、そこではもう少し手ごわいモンスターが出現するようだ。

 結構な回数の戦闘をこなしたが、俺のHPはまったく減ってない。これは単に、俺がVRGでの戦闘に慣れているからだけだろう。格闘ゲームの敵に比べれば、ゴブリンはリーチが短く、攻撃も単調すぎる。

 俺はメニューを開き、CP――キャラクターポイントを確認する。《NES》にはレベルや職業という概念が存在せず、代わりに様々な条件を満たす事で獲得できるCPを使ってキャラクターを強化するのだ。

 ログを確認すれば、「初回戦闘勝利」「ノーダメージ勝利」「戦闘回数十回突破」「十回連続ノーダメージ勝利」などといった文字と共に、結構なCPが貯まっている。

 しばらく考えて、俺は一定距離の敵を察知する《索敵》スキルを獲得した。そして、残り全てのCPを敏捷性に割り振る。

 とにかく今は何か一つ、突出した能力が必要だ。そして敏捷性の上昇は、回避と攻撃回数――つまり攻防の両方にメリットがある。

 作業を終えると、視界の隅にレーダーのようなミニマップが出現する。これが索敵スキルの効果だ。今後、スキルのランクを上げる事によって、効果範囲は拡大するだろう。

 ミニマップには、いくつかの光点が表示されていた。この光点が敵の――獲物の位置である。

 最も近い目掛けて、俺は駆け出した。それなりの量のCPを敏捷性に割り振っただけあって、その速さは格段に上昇している。

 草花を踏み付け、俺は光点へと接近する。やがて遠く木々の間に、ゴブリンの姿が視認できた。

 俺は短剣を握りなおし、ゴブリンへと襲い掛かった。

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