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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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間章:呪われた刃(前編)

「駄目だな」

 そう呟き、俺は手にした短剣を放り捨てた。抜き身のままの刃は床に突き刺さり、鈍く剣身を輝かせる。

 俺の目の前に並べられているのは、形状も様々な短剣だった――その全てに共通しているのは、俺の求める強度を備えていないことである。

 この世界に来た俺が頭を悩ませたのは、使う武器が直ぐに壊れる事だった。何の因果かPCソラトとしての剛力を身につけてしまった俺にとって、鉄だの鋼だので作られた剣では脆すぎるのだ。

 《NES》にも「装備の破損」というシステムはあった。武器屋防具には、全て耐久値が設定されており、使用するごとに値が減っていく。ゼロになると破損だ。

 だが、例え低レベルの武器であっても、ゲームではそう簡単には壊れなかった――それも当然だろう。いくらリアリティの追求とはいえ、数回使っただけで武器が壊れるようなゲームはクソゲー認定されかねない。

 しかし『ゲームのような現実』であるこの世界で、剣はあっさりと折れたり、曲がったりする。武器が消耗品なのは知っているが、だからといって殺し合いの最中に使い物にならなくなるのは勘弁してもらいたい。

「ゴドフリー、もっと良い品は無いのか」

「これ以上のものとなりますと、なかなか……」

 俺の視線を受け、太った商人――ゴドフリーが、目を伏せる。見事な刺繍が施されたハンカチで汗をしきりに拭っているあたり、自分が俺の要望の応えられてない――そしてそれが己の生命健康の危機に直結している自覚はあるようだった。

「《紫電の斧槍》が剣だったらなぁ……」

 以前手に入れたハルバードを思いながら、俺は嘆息した。アレは強度も切れ味も一級品、しかもマジックアイテムとしても使用できる優れものだが、生憎と長柄武器である。合戦場ならともかく、室内では使うには不向きなのだ。

「あのねぇ……あれは由緒正しき武芸の名門、バスカヴィル家の家宝よ? あんなものがホイホイ見つかるわけ無いでしょ」

 床に突き刺さった短剣を引き抜きながら、イザベラが顔を顰めた。彼女にもゴドフリーと共に武器を集めさせていた。

「つまり、武芸の名門の家宝なら同レベルの武器があるわけだ。よし、調べろ。盗んでくるから」

「あのねぇ……」

 イザベラは呆れ顔だが、俺は本気だった。得物の質は戦闘力に――生き死にに直結する。妥協は出来ない。

「せめてミスリルか、アダマンタイト製の武器が欲しいからな……」

 俺の言葉に――意を決したように、ゴドフリーが口を開いた。

「実は、一振りだけですが、ミスリルの短剣がございます」

「……はぁ? なら何でそいつを持ってこないんだ」

 ミスリル製の剣なら、その頑丈さは此処に並んだ剣よりはるかに勝る。俺が振るったとしても、そう簡単に壊れる事は無いだろう。仕えない武器の検分などして、時間を無駄にする事も無かった。

「それが……」

 俺の苛立ちの篭った視線を受け、ゴドフリーは身を震わせながら――思いがけない台詞を口にした。

「その剣は、呪われているのです」


「で、それがその『呪われた剣』かい?」

「ああ」

 カイムの問いに頷きながら、俺は手にした短剣をためつすがめつした。剣身は緩やかに湾曲し、柄には祈りを捧げる乙女の装飾が施されている。

 その美しい造りは実用的な武器というよりも、飾っておくための美術品のように見える。しかしミスリル製だけあって、頑丈さは折り紙つき。切れ味もかなりのものだった。

 ミスリルとはJ・R・R・トールキンの作品に登場し、今ではファンタジーではお馴染みになった金属だ。銀の輝きと鋼をしのぐ強さを持つとされる。もっとも、夜襲が大好きな俺としては、暗闇でも煌くだろう美しい剣身は、不満の種でしかなかったが。

「で、呪われてるっていうのは?」

「何でも、持ち主が怪死しまくってるらしい。ある朝突然死んでいた、あるいは発狂して自殺した……てな具合だ」

 俺の言葉を聞いて、カイムは嫌そうな顔をした。

「彼もよくこんなモノを仕入れたね」

「知らなかったらしいぞ。まあ、見た目は普通の短剣だしな」

 それでも捨てずに取っておくあたり、ゴドフリーも相当な業突く張りではある。ちなみに奴が死ななかったのは、倉庫にしまい込んで近づこうともしなかったからだろう。

「奴には曰くを調べさせてるよ。まあ、望みは薄いが」

「……で、そんな物騒なものを持っているのに、何で君はそんなに楽しそうなんだい?」

「呪いの武器とか好きだから」

 呆れるカイムを尻目に、俺は短剣に指を這わせた。銀色の剣身には、笑みを浮かべた俺の顔が映っていた。


 その日の夜――俺は寝室で最近手に入れたばかりの女奴隷を楽しんでいた。

 均整の取れた長身と、それに反するようなおどおどとした態度の女で――寝台で嬲る分には楽しい相手だった。

 一通りの行為を終えてから、俺は休憩がてら彼女の酌で酒を楽しんでいた。

 ――ィィィ。

「……あん?」

 遠く、何かが聞こえた気がして、俺は顔を上げた。

「い、いかがなさいました……?」

 何か機嫌を損ねたのかと怯える奴隷に答える事なく、俺は視線を飾り棚へと向けた。そこには今日手に入れたばかりの短剣――呪われているという一振りが収められている。

 台座に置かれた短剣は、カタカタを音を立てて振るえ――独りでに宙へと浮き上がった。

 ――キィィィィァァァァァァァァァァ!!

 部屋に響いた叫びに、脳髄で直感が警鐘を鳴らす。俺は咄嗟に杯を投げ捨てると、女奴隷を引き寄せ――盾にした。

 次の瞬間、不可視の「何か」が女を直撃した。

 女はびくりと身体を震わせ、そして脱力し、動かなくなった。その顔は何か恐ろしいものでも見たかのような、歪んだデスマスクが浮かんでいる。

 宙に浮いた短剣の切っ先から、虚空から赤い液体が――血が滲み出す。滴る血は落ちる事無く広がり、何者かの輪郭を浮かび上がらせた。ぼんやりとしか見えなかった影はやがてその色彩を明らかにし、その全貌を露わにする。

 波うち広がる、白銀の髪。幻影の如く透き通りながらも、確かに褐色と解る肌。

 そして――人にはありえぬ、尖った耳。

「こいつは驚いたな。呪われているとは聞いていたが」

 現れ出でた存在に、俺は思わず喉を鳴らした。

「まさか、ダークエルフの亡霊が取り付いているとはな……」

 ――キィィィィァァァァァァァァァァ!!

 俺の声に答えるように――森の闇を司るというダークエルフ、その亡霊が、怨嗟の叫びを上げた。

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