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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第六十二話:《十と四の腕》

 会員制の高級社交館――《紫睡蓮の館》。王都でも随一の格式と値段を誇る社交館では、着飾った貴族やその子弟、大商人や著名な芸術家などで賑わっていた。

 しかし、館で最も広く、美しい一室――《夜会》の会場ともなる部屋には静寂が満ちていた。

 蝋燭の僅かな明かりに浮かび上がるのは、並べられた五つの椅子だ。まるで座るものの姿勢を示すように、形も大きさも、向きすら揃えられていない椅子。

 だが――椅子の数が五つであるのに対して、座っている人間は独りだけだった。

 香油で後ろに撫でつけられた髪と、鼻の下で丁寧に整えられた髭。胸元が開いた派手なシャツ。そして、これでもかと振りかけられたコロン。

 犯罪ギルド《十と四の腕》を取りまとめる食わせ者――《享楽貴族》レスリー卿。護衛を連れる事も無く、ただ独り、手酌で酒を呷っている。

 杯を空にして幾度目か、新たな酒を注いだ時――風が吹いた。

 開かれた窓と、揺れるカーテン。

 そして――月を背中に窓枠に立つ、一つの影。

 それは少年の姿をしていた。夜を切り取ったような黒い髪と、煌く闇という矛盾を内包した瞳。小柄な身体に纏うのは、銀糸で彩られた黒の上下と、血のように赤い外套だ。

「よ」

 レスリーの視線に、少年は気安い仕草で手を上げた。

「――やあ」

 王都を荒らす《百鬼夜行》の首魁を――レスリーは笑顔で出迎えた。


「飲むかい?」

「ああ」

 レスリーから差し出された杯を受け取ると、俺は椅子ではなく、開かれた窓の枠に腰掛けると、手渡された杯に口をつける。

「……美味いな」

「だろう? 気に入りの銘柄でね」

 俺が零した感想に、レスリーは自慢げに胸を張った。

「いい趣味をしてるよ。なあ、ヴィクテンシュテイン公爵?」

 レスリーの目を円くなるのを見て、俺はくっくと喉を鳴らした。どうもこの男はリアクションが大きく、芝居がかっている。それを愉快に思うか不快に思うかは人と状況しだいだが――今の俺は前者だった。

「驚いたなぁ。まさか私の家名まで突き止めているとはね。良ければ、どうやって調べたか教えてもらえないか?」

「前々からおかしいとは思ってた。騎士団の動きが鈍すぎる」

 ベガ・ベルンガあたりは騎士団の介入を避けるため、色々と小細工をしていたようだが――それにしたって不自然すぎる。

「ならば、誰かが手をまわしていると考えるほうが自然だろう? だが、王都騎士団は王家直属の近衛騎士で構成されている。それに横槍を入れるのは容易じゃない」

 近衛騎士とは、要するに王から叙勲を受けた騎士のことであり、その特性上、指揮権は王家のものだ――それでも大半が貴族で構成されている以上、「お家の事情」とは無縁ではいられないのだが。

「いったいどういう事なのかと首を捻っていたんだが――実に間抜けな事に、答えは屋敷の書棚にあった。ああ、実は俺、バスカヴィル伯爵家の屋敷をねぐらにしてるんだがね」

「そうなのかい? 道理で見つからないはずだ。貴族街は犯罪ギルドの影響が及びにくいからねぇ。いやぁ、良い所に目をつけた」

「お前も、同じ貴族街にアジトを構えてるだろうに」

「やだなぁ、私のは単なる自宅だよ?」

 愉快そうに笑うレスリーに、俺は肩をすくめた。

「話を戻そう。バスカヴィル伯爵ってのは戦狂いでね。常にラーヴァニアとの戦に備えていた。それも兵を鍛えるだけじゃない。情報に関しても手を抜かなかった……敵はもちろん、味方についてもよく調べてたのさ」

 味方――つまり、国内の戦力についてだ。

 ルイゼンラートの戦力は大きく分けて二種類、王の兵である近衛騎士団と、各地の貴族が抱える私兵だ。そして近衛騎士と違い、貴族の私兵は必ずしも国防のために立ち上がるとは限らない。彼らの主はあくまで仕えている領主であり、領主が己の領地を守る事を優先して、出兵を拒否することは珍しくないからだ。

「バスカヴィル伯爵は有力な貴族の力関係や保有戦力まで把握してた。そこに記されてたんだよ……ヴィクテンシュテイン公爵家についてもな」

 ヴィクテンシュテイン公爵家。ラーザネクス公爵家にすら並ぶ、ルイゼンラート名門中の名門だ。当代の当主の名はアーノルド・ヴィクテンシュテイン……今、俺の目の前に座ってる《レスリー卿》の正体だ。

「統治者にとって、法を破る人間というのはいつでも付きまとう問題だ。だが、徹底的に取り締まるのは馬鹿のやる事だし、そもそも不可能だ。一番いいのは法を犯す側から利益を回収すること。賄賂を受け取るか、あるいは――」

 そこで言葉を切り、少年はにたりと笑った。

「自ら法を犯して利益を得るか、だ」

 今のバスカヴィル領は、俺が犯罪ギルドを取りまとめているおかげで治安は安定し、不法行為による利益を回収する事が出来ている。本来ならば失われ、新たな不法行為に消費されるだろう利益が、だ。

 そして、ルイゼンラート王家も同じ事をしているのだ。王に仕える犯罪ギルド。それが《十と四の腕》の正体である。

「その通り」

 レスリーは……いや、ヴィクテンシュテイン公は頷き、椅子から立ち上がった。ゆっくりと部屋を横切り、俺の座る窓枠へと近づいてくる。

「ヴィクテンシュテイン家の始まりは、たった七人の盗賊からだ。彼らはまだ一介の戦士に過ぎず、誰一人として味方の居なかった初代国王陛下に助力した。そしてこのルイゼンラーという国が出来た後も、王の影となって汚れ仕事を引き受けてきた……だからこそヴィクテンシュテイン家は、常に高い地位と身分を与えられてきたのだよ」

 どこか陶酔したような表情で、男は言葉を紡いだ。そして次の瞬間、眼光も鋭く俺へと向き直る。

「で、それを知った君はどうする?」

「決まってる――俺と手を組め、レスリー」

 窓枠から立ち上がり、俺はレスリーに手を差し伸べた。

「ヴィクテンシュテイン家は長らく、五大ギルドの一角に名を連ねていた。逆に言えば、闇黒街を完全に支配できたわけじゃない。だが、今の闇黒街は俺とアンタが二分している。俺とアンタが手を組めば、王都の闇は統一される」

 俺の言葉に、レスリーは静かに頷いた。

「確かに、闇黒街の統一は、ヴィクテンシュテイン家に課せられ、そして果たせなかった悲願だ。君の提案は、とても魅力的だよ」

 ヴィクテンシュテイン家の役割は王国の闇黒街を支配し、その利益を王家に還元すること。だが実際には《十と四の腕》は王都の、それも五大ギルドの一角に過ぎなかった。仕方の無い事とはいえ、レスリーからすれば歯がゆい事態だったろう。

「それで――君は何を手に入れるつもりだい?」

「俺が欲しいのは、この国そのものさ」

 レスリーの問いに、俺はにたりと笑った。

「そのためには王城に――この国の中枢に近づく必要があるんだよ」

 いくら犯罪ギルドとして力をつけても、王城に入り込むのは難しい。王城に立ち入る事ができるのは、一部の例外を除けばその殆どが貴族だからだ。忍び込むだけならさして難しくないが――内部で実権を握ろうとすれば、それなりの社会的な地位という奴が必要になる。

 だが――大貴族であるヴィクテンシュテイン公の助力があれば、難易度は大幅に下がるだろう。何しろ、この国でも三つしかない公爵家だ。

「この国を手に入れる……つまり君が王になるということか」

 レスリーは嘆息すると、やれやれと頭を振った。

「必然的に陛下を害することになる。私が主君を売り渡すと思うかい?」

「思うね」

 俺の即答に、レスリーはピクリと眉を上げた。

「何故ならばお前が仕えているのは『ルイゼンラート王家』であって『当代のルイゼンラート王』ではないからだ」

 その二つは似ているようで、本質に大きな違いが有る。「王」個人に仕えるのならば、時に選択肢として「王家」を、国を捨てる選択肢も生まれるだろう。

 逆に――「王家」に仕えるのであれば、「王家」のために「王」を害する事も厭わなくなる。

「血筋を残すだけなら、俺が王家の女を娶ればいいだけだ。その代わり、王家はこの国の表だけでなく、裏も支配する事になる……レスリー、あんたならどっちが得か、ルイゼンラート王家にとってどっちが利益になるか、解らないアンタじゃないだろう」

 俺が王になっても、次の王が王家の血を引いていれば問題は無い。

 そして――その「次の王」は闇黒街の支配者の座も受け継ぐのだ。

「そのためなら――『王』の一人や二人、死んだって構うまい?」

 俺の言葉に、レスリーは顔に手を当て、覆った。

「ふ、ふ、ふふふ」

 表情は隠されて見えないが――僅かに覗く口元から零れるのは、笑い声。 

「ふふふふふふふふ、ふははははははははは」

 零れた笑い声はやがて大笑となり、暗い部屋に響いた。

「ふ、ふ、ふ。いいだろう。君を王座に座らせようじゃないか。それだけじゃない。君が王座についた暁には、君を主と仰ぎ、従う事を約束しよう」

 笑みを収めたレスリーは――その瞳に危険な光を宿していた。《十と四の腕》の支配者にして、この国の闇を背負うために生まれた男が、その本性を覗かせていた。

「だが覚悟しておくがいい。王家は――いや、貴族社会というものは、魑魅魍魎の巣だよ?」

「望むところだ。俺を誰だと思ってる?」

 そしておそらく――俺も同じ顔をしているだろう。

「俺こそ《百鬼夜行》の主。悪鬼も羅刹も、全て傅かせてくれる」

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