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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第六十話:尾行

 サリハの目覚めは痛みを伴っていた。身体のあちこちが軋み、痛みが意識を無理やり覚醒させる。

 顔を顰めながら身体を起こせば――見えたのは煉瓦の壁と、丁寧に手入れをされた芝生だった。芝生の向こうには、頑丈そうな鉄門が見える。

 ここは――バスカヴィル家の屋敷、その庭だ。入念に下調べをしていたので、すぐにわかった。

 そしてようやく、サリハは状況を理解した。つまり、己が仕事に失敗したことを。

 サリハは暗殺者だった。そして彼女の次の仕事は、犯罪ギルド《百鬼夜行》の首魁――ソラトの暗殺だった。

 仕事は上手く行くはずだった。上手く行っていたはずだった。半ば偶然とはいえ、それまで尻尾をつかませなかった《百鬼夜行》のアジトを突き止め、誰にも気付かれぬうちに忍び込んだ。そこまでは順調だった。

 だが――標的は自分の侵入を察知していた。逃げるどころか部屋で待ち伏せ、天井に潜むという常識離れした方法で奇襲を行なった。

 手も足も――出なかった。

 サリハは幼い頃から、暗殺者として過酷な訓練を受けていた。もちろん、不意打ちだまし討ちが本業で、正面からの戦いはむしろ不得手なのだが、それでも並みの兵士とは比べ物にならない戦闘力を持っている。

 だが、ソラトは武器すら抜かなかった。素手で、それも嬲るような戦い方で彼女を痛めつけ、挙句の果てには止めを刺すことなく庭先に放り出した。

 ――何故殺さなかったのだろう。

 暗殺という仕事において多くの場合、失敗は死を意味する。まして今回のように、己の姿を見られ、交戦した上での失敗は、ほぼ間違いなく生還できない。

 だが、彼女は生きている。

 いや――生かされている。見逃されたのだ、自分は。

「とにかく、戻らないと」

 標的の意図は解らないが、生きているなら仕事は続行だ。ここは撤退し、体勢を立て直さねばならない。日が上れば、彼女の黒装束は逆に目立つ。夜が明けぬうちに動かなければ。

 痛む身体を押して、サリハは夜の街を走った。素早く、しかし人目を避けながら。

 そしてサリハは小さな鍛冶屋にたどり着いた。

 鍛冶屋という店は、荒くれ者から包丁を買いに来た主婦まで、幅広い種類の人間が出入りする。何より店内に武器が並んでいても不自然ではない――つまり、彼女のような人間が潜むにはうってつけの場所なのだ。

 サリハが入ったのは、造ったものを販売する店の方ではなく、鍛冶場の方に繋がる扉だった。

 中に居たのは、巌のような男だった。年は四十かそこら、赤銅色の肌は筋肉で盛り上がり、無骨な顔つきにしかめっ面を貼り付けている。

 男の名はガーント。彼とサリハの表向きの関係は、鍛冶屋の店主と、彼に雇われている若い店員だった。しかし、その実態は暗殺ギルドの上司と部下である。

「……失敗した」

 扉を閉じるなり、サリハはそう言った。

「侵入に失敗したか。それとも殺すのに失敗したか。標的に姿は、顔は見られたか」

 ガーントは表情を動かすことなく、淡々とサリハに確認する。

「……見られた。奴は私の侵入に気付いていて、部屋で待ち受けていた。交戦したが、返り討ちに遭った」

 無精髭の生えた顎を撫でながら、ガーントは僅かに驚いたように呟いた。

「良く生きていたな」

「自分でもそう思う」

 その場で殺されてもおかしくは無かった。いや、殺されるのが自然だ。なのに自分は捕らえられる事すらなく、こうして帰還する事が出来た。

「あの男は、何故私を見逃した?」

「それはお前の後をつけるためさ」

「な!?」

 サリハの呟きに、帰ってくるはずの無い答えが返ってきた。

 驚愕と共に振り返れば、何時の間にか開かれていた扉と――そこに立つ、にやにや笑いを浮かべた少年の姿が見えた。

「どうせ、拷問しても簡単には口を割らないんだろ? なら尾行して、上役の場所まで案内してもらったほうがいい」

 《百鬼夜行》の主はそう言って、皮肉げに唇を歪めた。

 ――尾行されていた。

 その事実に、サリハの心臓が跳ねる。同時、己の迂闊さを呪いたくなった。

「くっ!」

 サリハの手が、ナイフへ伸びる。

 しかし。

「――動くな」

 少年の声音は、強くも激しくも無かった。だが、その一言で、サリハの身体は凍りついたように動かなくなった。

 彼女の身体を縛るのは、恐怖。なす術もなく痛めつけられた記憶が、ソラトの一言で呼び覚まされ、サリハを捕らえる。

「良い子だ……しばらく、そこで大人しくしておけ」

 愉快そうに笑いながら、ソラトはゆっくりと歩を進める。

「俺が用があるのは、そっちの男だ」

 その視線は、サリハではなくガーントに向けられていた。

「……ちっ」

 小さな舌打ちと共に、ガーントの手が、壁にかけられた剣に伸びた。

 しかし、次の瞬間。

「ぐっ……!?」

 男の唇から、押し殺した苦痛が零れる――音も無く投げつけられたスローイング・スパイクが、その掌に突き刺さっていた。

「さて、お前に、いくつか話してもらうことがある」

 新たなスパイクを取り出しながら――ソラトがゆっくりとガーントに歩み寄る。

「抵抗していいぞ。その方が楽しいからな」

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