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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第五十九話:深夜の来訪者

 真夜中――俺は誰かの気配を感じて目を覚ました。

 覚醒しきらない意識の中、俺は寝台から身を起こす。窓から差し込む月明かりに照らされた部屋には、誰も居ない。俺は女を抱く事はあっても、共に眠ることは無いし、眠るときに護衛や見張りを置くこともなかった。

 俺は夜間――というか俺が寝ている間――寝室とその周囲から人を遠ざける。眠れないからだ。

《索敵》スキルは周囲の人間――あるいは人間以外の――気配を察知する。逆に言えば、効果範囲内の人間の気配を常に感じ続けるということだ。

 屋内では壁やドアの影響で《索敵》の効果範囲は狭まる。それでも、廊下や隣の部屋に人が居れば、俺はその気配を感じてしまう。どうも俺は変なところで神経質なのか、人の気配があると安眠できないのだ。

 だから俺は眠るとき、周囲から人を遠ざけるしかない。いっそ《索敵》スキルの効果をオフにすれば熟睡出来るのかもしれないが、いつ誰が命を狙ってくるかもわからないこの世界で、《索敵》スキルを解除する事は出来なかった。

 気配は廊下から感じられた。ゆっくりとした速度で、部屋に近づいてくる。何らかの緊急事態が発生して、部下が俺を起こしにきたか――あるいは侵入者か。

 意識が急速に覚醒する。俺は寝台から降りると、脱ぎ捨てていた長靴を履き、シャツを着込むと、寝床でも握っていた短剣を腰に収めた。

 音も無く、床を蹴る。プレイヤーとして強化された俺の身体は、軽い跳躍でも易々と天井に届いた。

 俺は《軽身功》を発動さて、己の重量を軽減させると、僅かな出っ張りに指を引っ掛ける。指の力だけで身体を持ち上げると、天井に張り付くようにしてぶら下がった。

 廊下を進んでいた気配は、部屋の前で止まると――次の瞬間、ドアを音も無く開いて踏み込んでくる。

 侵入者は全身を黒い衣装で包み、顔も同色の覆面で覆っていた。当然のように、手には黒塗りされたナイフが握られている。

 まさか天井に潜んでいるとは思わなかったのか、頭上への警戒は無い。俺は指から力を抜いた。《軽身功》を解除した俺の肉体は、本来の重量を取り戻し、重力に惹かれて落下する。

 俺は空中で身を捻り――無防備な背中へと蹴りを叩き込んだ。革の長靴を通して伝わる衝撃と共に、侵入者の思いのほか小柄な身体が吹き飛んだ。

 倒れた侵入者に駆け寄り、鳩尾を目掛けて踏みつける。鉄槌のごとき靴底を、侵入者は床を転がるようにして回避した。

「おや、まだ動けるのか」

 嘲り交じりの俺の言葉に、素早く身を起こした侵入は答えない。蹴られたダメージはあるのか、覆面の下から荒い息が漏れている。

「さて――お前が誰かとか、何をしに来たとか、そんな事を聞くつもり無いんだ」

 前者はどうせ答えないだろうし、後者はわかりきっている。訊くだけ無駄だ。

 それよりも大事なのは――この阿呆のせいで目が冷めてしまった事にある。

「俺の安眠を妨害したんだ。覚悟は出来ているんだろうな?」

 ごきりと指を鳴らしながら、俺は凶暴な笑みを浮かべた。


 気を失った襲撃者を床に転がしたまま、俺はエレンを呼んだ。《索敵》に引っかからないギリギリの位置で控えていたエレンは、俺が呼べば直ぐに飛んできた。

「いかがなさいましたか」

「曲者だ。どうせ《バグウェルの短剣と外套》だろ」

 俺の命を狙う暗殺者といえば、真っ先に思い浮かぶのは《バグウェルの短剣と外套》である。王都を支配する五大ギルドひとつであり、冒険者ギルドの隠れ蓑にする暗殺ギルドだ。闇黒街を荒らす俺の命を、前々から狙っている。

 もちろん、俺も対抗すべく手を打っており――現在、カイムとサブナクがギルド内部にもぐりこんでいた。

「それより問題は、居場所が割れてる事だな」

 俺達が寝床にしているのは、貴族街にあるバスカヴィル家の屋敷である。《百鬼夜行》とのつながりは明らかにしておらず、出入りも慎重にしていたはずだが――まあ、この手の秘密は、いずれバレるものだ。

「とりあえずは、ねぐらを変えるべきだろうな」

 俺が視線を向けると、エレンは心得たように頷いた。

「かしこまりました――しかし、どちらに?」

「商業区に、商館として使われていた物件を確保して有るから、そっちに移る」

 《百鬼夜行》のシノギには高利貸しも含まれている。金貸しのいい点は、金だけでなく土地や建物、そして人間までも「借金の形」として手に入れることが出来る事だった。

 移動先の商館も、そんな風にして手に入れた一つで――アジトの候補として確保したものの、商業区を本拠地とする《楽団》との距離が近すぎて使用を見送っていた場所だった。《楽団》と同盟を組んだ今、移転先として問題は無いだろう。

「移動の仕切りはイザベラにやらせろ。俺は寝なおす」

「侵入者の処分はいかがいたしますか?」

 倒れたままの侵入者に無機質な視線を向けながら、エレンが問う。

 セオリーとしては、情報を引き出すべきだろう。しかし、仮にも暗殺ギルドに人間がそうそう口を割ってくれるとは思えない――まあ、実益が無くとも、趣味として拷問は行なってもいいのだが。

 もし拷問しないのであれば、さっさと殺してしまえばいい。生かしておく理由など無いのだから。

 しかし、俺の選択はどちらでもなかった。

「――そのへんに棄てておけ」

 寝台に寝転びながら、俺はにやりと笑った。

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