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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第五十四話:獣王墜つ

「貴様……」

「よう」

 憎々しげな視線を向ける獅子に、少年は笑みを返す。にやにや、にやにやと、麝香猫のような嫌らしい笑い方だ。

「……話は聞いているぞ。貴様が《赤い外套》の頭だな」

「《百鬼夜行》のソラトだ。覚えなくていいぜ」

 殺意に煮えたベガ・ベルンガの言葉に、少年はおどける様に肩をすくめた。王都闇黒街の覇王にして、獣人たちの長であるベガ・ベルンガを前にして、脅える様子も怯む様子も無い。

「どうせ、お前はここで死ぬんだしな」

 ばかりか――そんな啖呵を切ってみせる。

「小僧が、舐めおって」

 不快げに吐き捨てると、ベガ・ベルンガは一歩踏み込んだ。

 次の瞬間、ソラトが抜き打った短剣と、ベガ・ベルンガが掲げた大剣が激突した。目にも留まらぬ速さで刃が交わされ、鋼が応酬される。黒髪の暗殺者と黄金の獅子が、相手を否定し、死を押し付けようと剣を振るう。

 互角に見えた攻防を制したのは黒髪の少年、ソラトだった。嵐のごとき斬撃に、獅子も堪らず後退する。

「ベガ・ベルンガ様!」

 その姿に、悲鳴じみた声を上げたのは、路地の向こうから姿を現した獣人達。ベガ・ベルンガの部下だろう。ようやく追いついてきたらしい。

 彼らは主人の危機に驚き、慌てて援護に入ろうとした。

 しかし、

「行かせないよ」

 駆け寄ってこようとする獣人たちの前に――新たな影が降り立った。

 異国風の衣装を身に纏い、グレイブを携えた黒髪の乙女。カイムが獣人たちの前に立ちふさがる。

「ふっ!」

 燐光を纏ったグレイブが一閃する。スキル《蛇断ち》が地面を抉り、横に伸びる一本の傷を刻む。

「その線を越えてはいけない」

 たたら踏む獣人達に、カイムは冷たい目つきと声音で警告した。

「越えれば――切る」

「おのれ……」

 石畳を割るカイムの斬撃に、獣人達はたじろいだが――それでも踏み出さんと身構える。

「構わん、下がれ!」

 それを止めたのは、獅子の一喝だった。

「おいおい、いいのか? 助けてもらわなくてさ」

 部下の助力を拒んだ獅子に、ソラトが嘲り雑じりに問いを発する。ベガベルンガは鼻を鳴らし、少年を見下ろした。

「必要ない。貴様ごときを叩き潰すのは、俺一人で充分よ」

「言ってくれるじゃないか!」

 言って、風のような速さでソラトがベガ・ベルンガに襲い掛かる。

 先の攻防、ベガ・ベルンガがソラトに後れを取ったのは、その速さ。いかに怪力を誇るベガ・ベルンガでも――その重い剣を、悪魔の短剣よりも速く振るう事は出来なかった。

「……群れの長には、幾つかの種類が居る」

 だから、ベガベルンガは――剣を棄てた。

 代わりに――拳を握り締める。

「お前は部下を力で従え、恐怖で支配する類の長だ」

 牙をむき出し、獲物を狙う肉食そのものの目つきで、ベガ・ベルンガはソラトを迎え撃つ。

「つまり、お前が俺に圧倒的な力で敗北すれば――貴様のギルドは跡形も無く瓦解するというわけだ」

 そして、鉄槌のごとき拳が叩き込まれた。

「かはっ……!?」

 重い、そして速い。獅子の拳打を腹部に受け、ソラトの身体がくの字に折れる。

「ここで死ぬのは、貴様のほうだ! 小僧!」

「テッ……メェ!」

 獅子の咆哮が大気を揺らす。痛みと怒りに顔を歪めながら、ソラトは反撃の剣を振るった。しかし腹部への衝撃で、呼吸が乱れたソラトの斬撃は、その速さと鋭さを欠いていた。

 迫る刃を、ベガ・ベルンガは――素手で受け止めた。皮膚を切られ、肉を裂かれ、しかし骨を断つことまでは出来ない。

 苦痛の色を見せる事無く――ベガ・ベルンガは剣身を握りしめ、圧し折ってしまう。

 折れた刃を投げ捨て、ベガ・ベルンガは少年を見下ろす。

 見下ろしている。

「――舐めるなぁ!」

 瞳を殺意にぎらつかせ、ソラトが咆哮を上げた。おのれを見下す事は許さんとばかりに、激昂する。

 少年の体が、飛んだ。鞭のような蹴りがベガ・ベルンガへと叩き込まれる。獅子は腕を掲げる事で、それを防ぐ。

「まだまだぁ!」

 ソラトは止まらない。空中で身を捻り、地に足を着くことなく連続した蹴りを放つ。

 しかし――

「随分と、足癖が悪い小僧だ」

 ソラトの足を、ベガ・ベルンガは無造作に掴み取る。余りの握力に、みしりと嫌な音が響いた。

「がっ――!?」

「ぐるぁぁぁぁぁ!」

 豪腕が唸り、ソラトの身体が宙を浮く。小柄な身体は民家の壁に激突し、煉瓦を粉砕して動かなくなった。

「ソラト!?」

 獣人達を牽制していたカイムが、驚愕の声を上げる。ソラトに駆け寄ろうとするが、獣人達を放置するわけにも行かず、結局その場に踏みとどまるしかなかった。

 獅子がいっそ悠然とした足取りで、壊れた壁へと近づいていく。

 しかし、次の瞬間。

「《ライトニング・ヴァインド》――『実行』」

 突如として出現した雷光に、獅子の身体が包まれた。

「がああああああああああ!?」

 魔力で編まれた雷の縄が、ベガ・ベルンガを拘束する。《黄金の獅子》は身をよじるが、雷光は獅子の身体を捕らえて離さない。そればかりか電撃がその肉が焼き、嫌な匂いを漂わせた。

「無駄だ。そいつからは逃れられん」

 呟きと共に民家の陰から姿を現したのは、大きな帽子で表情を隠した、長身の男。その手には精緻な装飾が施された杖が握られている。

 《ライトニング・ヴァインド》。電撃で相手を拘束する魔法だ。捕らえた相手にダメージを与え続ける、残忍な魔法でもある。

「――よくやった、サブナク」

 サブナクと呼ばれた魔法使いを讃えながら、瓦礫の下からソラトが起き上がる。少年は神経質そうに服の汚れを払い――その動作が傷に触れたのか、顔を顰める。

「あー、痛ぇ。やっぱ、殴りっこなんてするもんじゃないか」

 ベガ・ベルンガとソラトでは、体格や体重が違いすぎる。いくらプレイヤーとして強化されてるとはいえ、殴り合いで分が悪いのも仕方が無い。

 反省したソラトは、ゆっくりと獅子に歩み寄る。その顔には、いつもの余裕と悪意に満ちた笑みが浮かべられていた。

「さて、誇り高き獅子よ。《獣王の血脈》を束ねる偉大なる長よ」

 おどけた、しかし悪意に満ちた声音で――悪魔が嗤う。

「媚びへつらって命乞いしろ。そうすりゃ、楽に殺してやるぜ?」

「ふ……」

 ソラトの物言いに、ベガ・ベルンガの瞳に怒りが満ちた。雷撃に身体を蝕まれながらも、その四肢に力が篭る。

「ふざけるなよ、小僧ぉぉぉぉぉぉぉ!」

「嘘だろ……」

 激昂した獅子が、雷光を振り払い、悪魔へと突進する。魔法を破られたサブナクが驚愕の声を漏らした。

 しかしソラトは焦る様子も無く、軽く手を掲げた。次の瞬間、頭上から飛来した無数の矢が《黄金の獅子》へと突き刺さる。

 見上げれば。屋根の上、血の様に赤い外套を纏った《百鬼夜行》の兵たちが、手にした弩をベガ・ベルンガへと向けていた。

「があああああああ!」

 しかし獅子は止まらない。全身を矢を受け、まるで山嵐のようになりながらも、石畳を踏み砕きながら前進する。ソラトの小柄な身体を引きちぎらんと腕を伸ばし、そして。

 ――その腕を、切り飛ばされた。

「はん……!」

 神速の切り上げ、《飛燕》。

 燐光を纏ったナイフを掲げながら、ソラトが凶暴な笑みを零す。

 そのまま伏せるように姿勢を低くし、《横一閃・草薙》を発動。地面を払うような斬撃によって、ベガ・ベルンガの両足を切断した。

「はは、随分と頑丈な身体をしてるみたいだが、スキルを使えばこんなもんだ」

 僅かな時間で《黄金の獅子》から四肢のうち三つを奪い取った悪魔は、血に倒れたベガ・ベルンガを傲慢に見下ろした。その強さと敗北の屈辱に、ベガ・ベルンガの口から声にならない呻きが漏れる。

「ご無事ですか、ソラト様」

 悪魔に声をかけたのは、屋根の上から降りてきた赤い外套の一人だった。驚くことに、まだ若い女のようである。

「エレンか。ご苦労」

 小型の弩を抱えた部下に労いの言葉をかけると、ソラトは再び《黄金の獅子》を見下ろし――興味を失ったように鼻を鳴らした。

 そして無言で、逆手に握ったナイフを振り上げた。青白い燐光が渦巻き、刃に集う。

「き、さ、ま……」

 《獣王の血脈》を束ねた長に、最後の言葉を許す事無く――一撃必殺を誇るスキル、《終の一刺し》がその頭部へと振り下ろされた。刃は頭蓋を貫き、脳漿を掻き回す。

 ――王都の闇黒街を支配していた《夜会》。

 その一角たる《獣王の血脈》が終焉を迎えた瞬間だった。

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