表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
60/96

第五十一話:死を運ぶ少女

「リナ・リーナちゃん……?」

 《蒼い花》に飛び込んだ彰吾と鉄平が見たのは、無残に荒らされた店内と、亡骸の山。そして、不吉な赤い外套を纏った、襲撃者たちの姿だった。

 彼らの中心に君臨するのは、金髪碧眼の美しい、しかし酷薄な雰囲気を纏った少女だった。彼女だけは外套ではなく、禍々しい赤のライディングジャケットを身につけている。

 少女には見覚えが会った。《楽団》との戦いで、ソラトと共に横槍を加えてきた少女だ。金髪碧眼という、到底プレイヤーには――日本人には見えない容姿にもかかわらず、プレイヤーと同等以上の動きをしていた危険人物である。

「ありゃ、ナイスタイミング。むしろバッドタイミング?」

 少女は彰吾に視線を向けると、嘲るように笑みを浮かべた。

 彼女の前には――男の一人に捕らえられ、ぐったりとして動かない、幼い子供の姿があった。その首は人としての限界を超えた角度で垂れ下がっており、明らかに絶命している。

「――あ、」

 壊れた人形のようになった幼子を見て――彰吾の口から、擦れた声が漏れた。

「あ、ああ、」

 美しかった瞳からは生気が失われ、可憐な唇からは涎が滴っていた。愛らしい耳と、可愛らしい尾はピクリともしない。

 表情を嗜虐で満たし、ながら――天使の姿をした悪魔が、言う。

「残念でした。もう死んじゃったよ」

「ああああああああああああああああああああ!!」

 目の前にあるのが、自分が愛し、自分を愛してくれた少女の末路なのだと知って、彰吾の心には寒々しい悲しみが満ちて――次の瞬間、烈火のごとき怒りで塗りつぶされた。

「殺してやる……殺してやるぞぉ!」

 煮えたぎるような憎悪を浮かべ、彰吾は愛しい少女を殺した仇を睨みつける。

「ハ、やってみなよ」

 物質化しそうなほどの殺意を、しかし金髪の少女は余裕の表情で受け止めた。手にした大振りの鉈を、まるで挑発するように揺らめかせる。

「彰吾ちゃん! いったん落ち着けって!」

「があああああ!」

 諫める鉄平に耳を貸す事無く、彰吾は大剣を引き抜いて地面を蹴った。鎧を着込んだ巨体が、轟音を立てて、少女へと迫る。

 彰吾の一撃を、少女は正面から迎え撃った。大剣と大鉈が激突し、衝撃が空気を振るわせる。

「がぁぁぁぁ!」

 咆哮を上げて、彰吾は大剣を振るう。普段の防御重視の戦法を投げ捨て、嵐のように攻め立てる。

「くそ! やるしかねぇか……」

 毒づきながら、鉄平は『指鉄砲』を作り、少女目掛けて《ヒート・レイ》放とうとする。

「アイツは魔法使いだ! 魔法を使わせんな!」

 怒声と共に、ならず者達が鉄平へと殺到する。咄嗟に《ヒート・レイ》の照準を変更し、近づいてきた一人を撃ち抜くものの――相手が多すぎる。《ヒート・レイ》は殺傷力こそ低くは無いが、効果範囲は狭く、一体多数の戦闘向きでは無い。普段なら彰吾がカバーしてくれるのだが、今の彰吾は自分の仕事を忘れて、ただ憎き敵を切り刻まんと攻撃に出てしまっている。

「死にさらせぇ!」

 罵声を上げながら、ならず者の一人が手にした斧で切りつけてくる。

 迫り来る刃を、身をよじって回避すると、鉄平は拳を握り締め、そいつの顔を思い切り殴り飛ばした。

 鉄平のPCネイキッド・アイは魔法使いビルドで、物理攻撃力は殆ど成長させていない。それでもプレイヤーの驚異的なステータスは、人を殴り倒すには充分なだけの力を備えていた。

 倒れた男に指を突きつけ、鉄平は至近距離から《ヒート・レイ》を放った。熱線は男の胸を貫き、心臓を焼き焦がす。次々と群がり襲ってくる敵を、片っ端から殴り、蹴り、そして魔法で撃ち抜いていく。鉄平の体術は素人丸出しのケンカ・ファイトだが、相手も所詮は街のチンピラ。武器を握った多数相手に、鉄平は善戦することが出来ていた。

 だが、それでも危険な状況には変わりない。幾度と無く刃が鉄平の肌を掠めていく。

「おい、彰吾ちゃん! 頭冷やせって!」

 鉄平の叫びは、しかし彰吾には届かなかった。本来は強固な壁となって敵を防ぐ重戦士は、今はただ猛牛のように荒れ狂うだけだった。

「あああああああ!」

 本来、防御を得意とするとはいえ、彰吾の振るう大剣は、充分な速さと威力を備えている。並みの戦士では、瞬く間に切り倒され、粉砕されるだろう。

 だが――少女は「並みの戦士」ではなかった。

「はは、無駄だよ! 無駄無駄無駄無駄!」

 彰吾の大剣と、少女の大鉈が激突する。その衝撃に、彰吾は大剣を弾き飛ばされそうになった。

 少女は防御するというより、まるで相手の剣を狙って攻撃しているかのようだった。

彰吾の剣に勢いが乗らぬうち、力任せの一撃を叩きつける。

「ボディが甘ぇんだ、よ!」

 大きく剣が弾かれた隙を突き、少女は彰吾の腹部に蹴りを打ち込んだ。小さな足が、鉄杭のごとく突き刺さる。

「がっ……」

 蹴りそのものは、鎧によって阻まれた。だが、衝撃までは防げない。彰吾は息を詰まらせ、苦痛の声を漏らす。

「なんだ、全然大したこと無いじゃん」

 大鉈の背で肩をトントンと叩きながら、少女が鼻を鳴らす。

「ソラトも何でこんな奴ら、仲間に欲しがるんだか。私のほうがずっと強くて、ソラトの役に立てるのに」

 そう言って、少女は自分の言葉に合点したように頷いた。

「そうだね、お前弱いし、どうせソラトの役に立たないんだから、殺しちゃってもいいよね」

「死ぬのはお前だ……」

 蹴られた腹部を押さえ、声に苦痛を滲ませながら――彰吾は大盾を掲げた。

「ひしゃげて潰れろ! 《シールド・チャージ》!」

 言葉と共に、盾が燐光を煌かせる。直後、彰吾の巨体が、弾丸と化して少女へと突進した。

 《シールド・チャージ》。盾での攻撃、という点は《シールド・バッシュ》と同じだが、突進技であるこのスキルは、一瞬で敵との距離を詰めることが出来る。

 虚を突いた一撃に、少女は反応できなかった。小柄な身体は弾き飛ばされ、テーブルや椅子を巻き込んで壁へと激突した。木製の壁は衝撃に耐えることを放棄し、大穴を空けて少女を外へと吐き出してしまう。

「姉御!」

「この野郎が!」

 吹き飛ばされた少女に、彼女の部下が罵声を上げる。そして武器を握り締め、彰吾へと殺到した。

「邪魔だぁぁぁぁ!」

 剣で、大盾で、彰吾は近づくものを片っ端から跳ね飛ばした。そのオーガのごとき戦いぶりに、ならず者達はたたら踏む。

「迂闊に近づくんじゃねぇ! 足止めすんぞ! その間に姉御の治療だ!」

「必要ねーよ」

 ならず者達のまとめ役らしき男の叫びに――答えは壁の向こうから返ってきた。

 椅子とテーブルの残骸を吹き飛ばし、少女がいっそ悠然とした足取りで店内へと戻ってくる。

「やりやがったなぁ……ぶっ殺してやるよ」

 血の混じった唾を吐き捨て、少女が殺意の篭った眼差しを彰吾に向ける。

 鉄平は胸中で舌打ちした。《シールド・チャージ》の直撃にも、少女はさしたるダメージを受けた様子は無い。彼女の正体は解らないが……プレイヤー、それも重戦士並みの防御力だ。

 ならば、

「死ぬまで叩き込むのみ……!」

 怨嗟を滲ませる声で、彰吾が呻く。盾を掲げ、床を踏みぬかんばかりの踏み込みで、再び巨体が少女へと突撃する。

 彰吾の突進に、金髪の少女はにやりと笑うと――未だに部下が抱えていた獣人の亡骸を引っつかみ、彰吾目掛けて投げつけた。

「――!」

 愛しい少女の亡骸を――彰吾は咄嗟に抱きとめてしまう。剣や盾を手放すことは無かったが、腕に人ひとりを抱えた状態では、剣を振るう事も、盾を掲げる事も叶わない。

「バーカ」

 天使が、宙を舞った。煌く金糸のごとき髪と、碧の瞳。少女はその美貌を残虐さで歪めながら、凶悪な形状をした大鉈を振り上げる。

「死ねよ」

 燐光と共に、《轟剣・岩断ち》が振り下ろされた。スキルで強化された暴悪な打ち下しは、抱えた獣人の少女の身体ごと、身に纏った鎧ごと――袈裟懸けに彰吾の身体を切り裂いた。傷口から噴水のように赤い血が噴出し、巨体が床へと倒れ伏す。

「これで一匹」

 血に染まった凄惨な姿で――天使のような悪魔が、笑う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ