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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第四十九話:少女の危機

 夜の王都を、二つの人影が走っていた。

 片や髪をオレンジ色に染めた、どこか軽薄な男。片や肥満体の、全身を鎧で包んだ男。どちらも額に汗を浮かべ、必死の形相で地面を蹴り続けている。

「ハァ、ハァ、ハァ」

「逃げ切った、か?」

 二人は――《獣王》に所属するプレイヤーである彰吾と鉄平は足を止め、呼吸を整えながら、背後を確認する。

 振り切ったか、それともそもそも追ってこなかったのか。あの恐ろしい悪魔とその配下の姿は無い。鉄平は安堵で深々と息を吐き、思わずその場にへたり込んでしまう。

「やべぇ、やべぇって。あんなイカレ野郎、勝てるかっつーの……!」

 ソラトとの戦いを思い出し、鉄平は悲鳴じみた悪態を零した。

 いくらNPKとはいえ、同じプレイヤーだ。自分と彰吾の二人がかりなら、戦って勝てない相手じゃない――そう思っていた。

 しかし蓋を開ければ、まるで勝負にならなかった。NPKボーナスによる驚異的なステータスに、《ヒート・レイ》を回避してみせる反射神経。挙句の果てには全身を焼かれても笑ってみせる壊れっぷり。

 ――プレイヤーそのものがこの世界ではイレギュラーだが、その中でも奴の異常さは際立っている。

「だが、勝ち目がないわけでは無い」

「マジで!?」

 鉄平の叫びは、期待が半分。残りの半分くらいは未だに戦意を失わない彰吾への驚愕だった。

「ダメージが通らないわけじゃないんだ。回復力を超えるだけの威力があればいい」

 最凶のNPKといえども《ソーラー・ブレス》を受けて無傷ではすまなかった。つまり魔法ならダメージを与えることは出来るのである。後は威力の問題だ。

 そして――ソラトがいくら興奮状態で痛覚が鈍っているといっても、傷つかないわけでも死なないわけでも無い。痛みを感じないのであれば、動かなくなるまで壊せば良いだけだ。

「……でもよ、《黄金宮》のチャンピオンまで居るんだぜ?」

 鉄平は何故かソラトに付き従っている黒髪の乙女を思い出し、顔を顰めた。

 先程はヴォル・ヴォルトの手下を相手にしていたので直接刃を交える事はなかったが――PvPのメッカである《黄金宮》、その覇者であるカイムの戦闘力は、ソラトに勝るとも劣らない。

 既にソラト一人でも手に終えないのだ。更似に強敵が加わるとなると、益々厳しくなる。

「何も同時に相手をする必要など無い。別々のときに狙えば良いだけだ。分断する策を練ろうじゃないか」

 だがどこまでも冷静に、彰吾は「勝ち方」を模索する。それに耳を傾けながらも、鉄平の心からは不安が拭えなかった。

 ――本当に勝てるのか? 

 いっそ諦めて、どっかに逃げるべきじゃないかとも思う。

 そりゃあ、ギルドには義理も有る。恩も有る。彰吾は相棒だし、逃げてばかりの自分を変えたいとも思う。

 でも――死んだらそれでお仕舞いじゃないか。

 だったら、かっこ悪くても、情けなくても、逃げて生きたほうが良くないか?

 「――テッペイさん! ショウゴさん! ようやく見つけた!」

 胸中で渦巻く弱気に飲み込まれそうになった鉄平の意識を引き上げたのは、幼さの残る、やや甲高い――そして切羽詰った声だった。

 見れば路地の向こうから、一人の少年が駆け寄ってくる。栗色の髪の間から同色の耳が垂れ、背後ではふさふさした尾が揺れていた。

 知った顔だった。ロト・ローニットと言う名前で、犬の耳と尾を持つ獣人だ。まだ幼いながらも《獣王》に所属しており、鉄平や彰吾とも顔見知りである。

「散々探し回りましたよ……何処行ってたんですか!? 大変なことになってるんです!」

 泣きそうな声と顔で、ロト・ローニットが喚き散らす。鉄平と彰吾は顔を見合わせ、顔を顰めた。日ごろから、彼は騒がしい少年だった。しかし今、泣き喚きたい気分なのはこっちの方なのである。

「あーもう、落ち着けよ。何があったんだ?」

「情報の伝達は正確に」

 言葉を促す二人に、獣人の少年は叫んだ。

「《楽団》ですよ! 奴ら、うちの店を片っ端から襲ってやがるんです!」

 少年の言葉に、鉄平は目を見開いた。彼の脳裏に浮かんだのは、美しい《楽団》の指揮者ではなく、嫌な笑い方をする黒髪の少年だった。

「あの野郎……」

 間違いない。ソラトの差し金だ。あの男は。「穏便にことが済むなら、それに越したことは無い」などと言いながら、その裏で《楽団》に攻撃を命じていたのだ。

 ――やっぱりあの野郎は信用できない。手を組まなくて正解だった。

 そう胸中で呟く鉄平の隣で――彰吾は顔を真っ青にしていた。いつも仏頂面で表情の読めない相棒が、露骨に狼狽していた。

「……《蒼い花》は?」

 擦れた声で、彰吾が訊ねる。《蒼い花》は《獣王》傘下の宿屋で、二人が間借りしている店でもある。

 そして――彰吾の思い人であるリナ・リーナは、そこで下働きをしているのだ。

 詰め寄る彰吾に、ロト・ローニットが視線をさまよわせる。

「そ、そこまでは……でも、手当たりしだいって感じなんで、ひょっとしたら……」

「リナ・リーナちゃん!」

 少年の言葉が終わらぬうちに、彰吾は駆け出した。甲冑がぶつかる金属音を置き去りに、巨体に似合わぬ速さで疾走する。

「ちょ、待てって! 彰吾ちゃん!」

 鉄平も慌てて相棒の後を追った。背後で獣人の少年が何かを叫んでいたが、耳に入らなかった。

 相棒の背中を追いながら、鉄平の胸には暗くて重い何かが広がり始めていた。

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