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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第四十八話:黄金の獅子

 《獣王》は王都に無数の拠点を持っている。酒場、娼館、果てまた単なる民家まで。

 そして――そのうち実に半数近くが、今宵、《楽団》による襲撃を受けていた。

 《楽団》の手並みは見事だった。彼らは小さな娼館を皮切りに、次々と《獣王》関連施設を襲った。無言で踏み込み、無言で剣を振るった。目的を果たしたら即座に移動し、施設を占拠したり、略奪を行なったりはしなかった。

 速やかな移動によって、《獣王》の兵士達は《楽団》を捕らえられない。何しろ、襲撃の報を受けて駆けつけても、仲間は既に全滅し、敵の姿は何処にも無いのだから。

 人数ならば《獣王》が上だが、個々の戦力ならば《楽団》が勝る。奇襲と撤退の繰り返しは《獣王》の戦力を確実に削っていた。

 揃いの騎士鎧に身を包み、粛々と殺戮を繰り返す《楽団》の先頭に立つのは、《無慈悲な指揮者》クラリッサ。《凍える風の指揮棒》を握り締め、獣人の屍を積み上げていく。

「王都騎士団の動きは」

「未だ、ありません」

 兵の指揮を執りながら発したクラリッサの問いに、部下の答えが返る。良い知らせであるはずなのに、《楽団》の指揮者は不快げに眉を寄せる。

 これまで《楽団》が――というか王都の犯罪ギルドが――大規模な抗争を控えてきたのは、王都騎士団の存在を恐れてだった。王都の治安を担う彼らは戦力そのもの以上に近衛騎士――つまり「王の騎士」である事が恐ろしい。つまり王都騎士団と戦う事は、王に剣を向けることと同義なのだから。いくら王都の闇に君臨する犯罪ギルドでも、国家そのものを相手に戦って勝てるとは思わない。

 だが同時に、王都騎士団も犯罪ギルドとの本格的な激突を避け続けてきた。民衆にまぎれる犯罪者達全てを摘発するのは相当な困難を伴うし、王都を戦場にすることは彼らの本意ではなかったからだ。

 だから「小競り合い」の範囲である限り、犯罪ギルドの抗争で王都騎士団は動かない。それが暗黙の了解となっていた。逆に言えば、「小競り合い」の範囲を超えたとき、王都騎士団はその剣をもって闇に踏み込んでくるだろう。

 だが――《百鬼夜行》の主は『今回の抗争で、王都騎士団が動く事は無い』と断言した。

 クラリッサが理由を問うても、黒髪の少年はにやにやと笑うだけで答えはしなかった。それでも最終的にクラリッサが彼の言葉を信じたのは、王都騎士団が動けば《百鬼夜行》も大きな被害を受けるからだ。彼らは信用できないが、彼らが彼らの利益に忠実な事だけは疑っていなかった。

 そして事実、王都騎士団は動いていない。

「いったいどんな手を使ったのだか……」

 黒髪の少年が浮かべる嫌な笑みを思い出し、クラリッサは顔を顰めた。

 嫌な笑い方をする男だった。全てを嘲笑うかのような、悪意に満ちた笑み。

 あんな笑い方をする人間と、自分は手を組んでいる。その事実は、えもいわれぬ不安を彼女の心に生み出すのだった。

 ――考えるな。今は《獣王》を崩すことだけを考えろ。

 敵か味方かわからぬ《百鬼夜行》と明確な敵である《獣王》。どちらを優先するかは明白だ。

 雑念を振り払うように、クラリッサは《凍える風の指揮棒》を振るう。氷の結晶を含んだ風が荒れ狂い、獣人たちをなます切りにしていく。

 マジックアイテムでも、二属性を操るものは非常に珍しい。まして《凍える風の指揮棒》はレイピアとして接近戦にも対応している、隙の無い一品だ。

 父から受け継いだ愛剣を握り締め、風と氷を従えるクラリッサは災厄そのものだった。

「《指揮者》殿」

 敵の掃討を終えたクラリッサに、副官が声をかけた。

「《百鬼夜行》から連絡が入りました。幹部の一人、ヴォル・ヴォルトを排除したとのことです。また、例の二人に関しても、取り逃がしはしたものの退けることには成功したと」

「……そうか」

 これまで彼女と部下たちが散々手を焼かされてきた幹部に、先日手痛い敗北を味合わされた二人組。それをあっさりと下す《百鬼夜行》に舌を巻くと同時、彼らへの警戒心がさらい膨れ上がった。何しろ、その矛先が《楽団》へと向かない保証は無いのだ。

「それで、《百鬼夜行》はどうしてる?」

「連絡員が一方的に報告を寄越しただけで……今、何をしているかは」

 部下の言葉に、クラリッサは思わず盛大な舌打ちを零してしまう。手を組むといっておきながら、奴らには協調性というものが無い。勝手に動き、場をかき乱す。

 まあ、いい。ともかく今は、必要な作業を済ませるだけだ。

「撤収するぞ」

 次の標的へと向かうべく、クラリッサは踵を返す。

「なんだ、もう帰るのか?」

 その背中に――低く、重く、腹の底に響くような声が、届いた。

「せっかくだ。もう少し寛いでいくが良い」

「……来たか」

 声の主を悟り、クラリッサは振り返った。見えたのは、風に靡く、金色の鬣。堂々たる体躯と、その大きな身体にも勝りそうな、冗談のように大きな剣。

「たっぷりと、もてなしてやろう」

 荒々しい覇気を振りまきながら、百獣の王が――《黄金の獅子》ベガ・ベルンガが、姿を現した。

「やってみろ、ケダモノ」

 怒りと侮蔑、そして憎悪を込めて、クラリッサは吐き捨てる。同時に、素早く視線をめぐらせた。

 他に獣人の姿は――屍を除けば――無い。奴は一人だ。怒りに任せて飛び出してきたのか、あるいは一刻も早く仲間を助けようとしたのか、供も連れない単独行動である。

 討ち取る絶好の機会だ。

「思えば貴様とも長い付き合いだ。いい加減、決着を付けよう」

「望むところよ」

 《凍える風の指揮棒》を構えるクラリッサに、ベガ・ベルンガが獰猛な――獣そのものの笑みで答える。

 《獣王》と《楽団》――二つのギルドの長が、戦場で激突した。

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