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Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
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第四十六話:狂戦士

「やった……!」

 大技が決まり、鉄平が喝采を上げる。

 これが《NES》であれば、例え《ソーラー・ブレス》の直撃でも、ソラトが戦闘不能になることはないだろう。仮にも相手はPK数ナンバーワンを誇る対人戦のプロだ。いくら高ランクの魔法でも、一撃でHPをゼロには出来ない。

 だが、この世界はゲームではない。攻撃を受ければ傷を負い、痛みを感じる。

 たとえ生きて――HPが残って――いても、全身を火炎で焼かれ、火傷を負えば、戦闘の続行は不可能になる。負傷による行動の制限と継続ダメージは《NES》には無かった《この世界》の仕様だ。

「ソラト!?」

 魔炎に消えた少年に、黒髪の乙女が悲鳴を上げる。少年の元へと駆け寄ろうとするが、渦巻く火炎に阻まれ近づけない。

 しかし。

 直後――火炎が切り裂かれた。

 火の粉を散らし、炎を振り払いながら、黒髪の悪魔が姿を表す。

 その手に握られた短剣には、青白い燐光――スキルのエフェクトが散っている。

 《魔断》。『魔法を切る』という無茶苦茶な現象を可能とするスキルだ。

「嘘だろおい……」

 必殺と思った攻撃が通用しなかったことに、鉄平は絶句する。

 《NES》において、魔法攻撃最大のアドバンテージは、遠距離かつ広範囲にダメージを与えられることだ。戦い方からして、ソラトが防御より回避を重視する軽戦士型PCであることは間違いない。機動性の代わりに防御力を犠牲にしている軽戦士にとって、回避が難しい範囲攻撃は天敵なはずだ。

 にもかかわらず、ソラトは《ソーラー・ブレス》に耐えた。《魔断》によって防御したにしても、あまりにダメージが少ない。

「――NPKボーナス」

 ぼそりと、彰吾が呟いた言葉が、鉄平の耳にも届いた。

 NPK――《ノートリアス・プレイヤーキラー》は賞金首として多くのプレイヤーから狙われる代償に、いくらかの特典を得ることが出来る。

 その一つが、PK数によるステータスの上昇だ。殺せば殺すほど強くなるという、NPK達をさらなる凶行へ駆り立てるシステム。

 この特典によって、NPKは合計CP――キャラクターポイント数が同じPCと比べて、ステータスが遥かに高い。まして《NES》におけるPK数トップに君臨していたソラトとなれば、どれほどのボーナスを得ているかは想像もつかなかった。

 だがそれよりも、何よりも恐ろしいのは――ソラトが笑っているという事実。

「く、くくくく」

 流石に完全に防ぐ事は出来なかったのか、その髪は焦げ、肌にも火傷を負っていた。全身を炎に焼かれ、筆舌に尽くしがたい痛みがあるはずなのだ。

「今のは――熱かったぞ」

 それでもソラトは笑っている。黒く、暗く、悪辣に、悪魔が笑っている。

「まったく、『痛み』ってのは厄介だよなぁ。何しろ、ゲームにゃ無かったからなぁ」

 悪魔の傷が、癒えていく。おそらく回復スキル《自己再生》だ。せっかく与えたダメージが無駄になるのを、鉄平と彰吾は呆然と眺めていた。 

「実は俺、前に『痛み』で失敗してんだよ。痛くて辛くて、耐えられなくってさぁ。おかげでとんだ屈辱を味わう羽目になったんだが――」

 そこで言葉を切り、少年は小さく首を横に傾けた。まるで糸で吊られた人形のような、不自然で不気味な仕草だった。

「――もう慣れた」

 そんなわけがない。全身を焼かれて、『慣れた』で済むはずがないのだ。心頭滅却なんて嘘だ。痛いものは痛いし、熱いものは熱い。炎に焼かれて平気という事は、そもそも熱さ痛みを感じていないとしか思えない。

 人は興奮状態に陥ると、アドレナリンなど脳内物質の働きによって、痛みを感じなくなるという――アドレナリンが過剰分泌されていれば、例え傷を受けても痛みを感じないかもしれない。

 戦の興奮で痛みを忘れる。それはまるで、神話に謳われた狂戦士そのものだった。

「楽しいねぇ。楽しいねぇ。自分が強くなってるって実感できるのは、最高に楽しいねぇ」

 歪んだ狂相を浮かべたソラトが、短剣を握りなおす。爛々と輝く瞳が、鉄平と彰吾を絡め取る。

 その視線に、鉄平は確信した。

 コイツは――既に狂っている。

「まして――その力で誰かを踏みにじるのはなぁ!」

「ああああああああああああああああ!」

 半ば恐慌状態に陥った鉄平は、滅茶苦茶に《ヒート・レイ》を連発する。乱れ飛ぶ熱線が壁や床、《獣王》の獣人に風穴を開けていく。

 まともに狙いを定めなかったのが逆に功を奏したのか、一筋の熱線がソラトの足をかすめた。

 痛みを感じないとはいえ、身体は傷つきダメージを受ける。体勢を崩したソラトの動きが、一瞬止まる。

「一回退くぜ! 彰吾ちゃん!」

 相棒にそう叫んで、鉄平は身を翻した。扉に肩からぶつかるようにして、店の外へと転がり出る。

 後ろに相棒が続くのを感じながら、鉄平は必死で地面を蹴った。一刻も早く、あの悪魔から離れたかった。

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