表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
51/96

第四十二話:逃げたくない

 王都にいくつかある《獣王の血脈》所有の屋敷、その一つで、関鉄平は相棒である赤井彰吾と共に《獣王》幹部と相対していた。

「つまり、こういうことか?」

 椅子の肘掛をこつこつと指で叩きながら、ベガ・ベルンガが口を開いた。

「お前達はせっかく《楽団》を、あの忌々しい女をあと一歩というところで追いつめておきながら、横槍が入ったからって理由でずらかったわけだな?」

「いやー、スンマセン」

 ベガ・ベルンガの鋭い視線に、鉄平はへらへらとした笑みを浮かべながら頭を掻く。

 ここ一番大勝負で、勝手に撤退した鉄平と彰吾は当然のように《獣王》の幹部達によって審問という名の吊るし上げを受けているのである。

「しかもその横槍というのが、今まで散々俺達を――俺達の家族を墓穴に放り込んできた《赤い外套》の連中だっだと? なあおい、俺が奴らを、拾い集められないくらいに切り刻んで、肉片を大通りにばら撒きたがってるってことくらいは、お前達だって知ってるだろう? なのにお前らは、尻尾を巻いて逃げだしたわけだ」

 なじられれる鉄平は、胸中で嘆息し――ちらりと視線を、隣に立つ彰吾に向ける。相棒は遠い目をして、視線を宙にさまよわせていた。現実逃避トリップしてる。きっと猫耳幼女のことを考えているに違いない。

 上司、それも犯罪ギルド――鉄平たちの感覚からすればマフィアとかヤクザとか――の幹部に囲まれて、厳しい追求を受けているというのに、そこから平然と目を逸らせる、つまり無視できるというのは、一種の才能というか、鋼鉄の心臓とか究極に図太い神経とか持ってないと無理だと思う。そんな相棒を頼もしく思うべきか嘆くべきか。

 おかげで、鉄平は一人で怒る幹部たちに弁解しなければならない。鉄平は己の顔を、へらへらとした――本人としては愛想笑いのつもりの――笑みで固定する。ちなみに、その笑みを横目に見た彰吾が「この状況でへらへらしてられる鉄平って図太いよな。どんな精神構造してるんだ?」とか思ってたりするのだが、そんなこと鉄平には解らない。

 何にせよ、鉄平は弁解を開始する。

「ちょいと事情がありましてー。あのまま戦うとヤバかったっつーか、相手が悪そうだったって言うかー。簡単に言うと、俺らの同類が出てきちゃって? 強くてマズそうだし? むしろ戦らなくて済むなら戦りたくないし? もうこれ戦略的撤退しかないじゃん、みたいな?」

 しかし残念なことに、彼の話し方は、謝罪とか弁解に向いてない。どうにも不真面目に聞こえるというか、真剣味に欠けるのだ。

「何が戦略的撤退だ」

 軽薄な言い訳に、幹部の一人であるヴォル・ヴォルトが鼻を鳴らす。

「土壇場で怖気づきやがって。だからヒューマンに任せるのは反対だったんだ。いざというときに信用できない」

 その物言いに――鉄平はカチンときた。

「あー、悪ぃっすけど、ワンちゃんはすっこんでてくれます?」

 もしあの場で戦闘を続けていたら、とんでもない被害が出てたかもしれないのだ。というか、自分が殺されていたかもしれないのだ。そのことを理解していない、その場に居たわけでもない奴に、偉そうに文句言われる筋合いは無い。

 自分が弁解する立場にあることなど、頭から抜け落ちていた。というか捨てた。だって俺悪くないし。こいつウザイし。

 鉄平は、へらりと――しかし悪意に満ちた視線を相手に向けた。

「何カン違いしてんのかしらないっすけど、俺らを雇ってんのも、俺らをギルドに入れたのも、ベガ・ベルンガの旦那なわけでぇ、アンタ関係ないし? だったらワンちゃんがワンワンしてるのを聞いてやる義理なんか無いっていうか? むしろウザイから黙れ見たいな?」

「……言ったな。ヒューマンが」

 ぞっとするような声音と目つきで、ヴォル・ヴォルフが立ち上がる。狼の獣人であり、そのことに誇りを持つ彼にとって、「犬」扱いされる事は許しがたい侮辱なのである。

「やめんか、阿呆」

 今にも殺し合いを始めそうな二人を止めたのは、眉間をしわに寄せたミト・ミトスである。

「ヴォル・ヴォルト。ギルドにお迎え入れた以上は仲間であり、家族。それが我らの掟だろう。まして、種族による差別こそ、我らを苦しめてきた風習ではないか」

「……」

 ミト・ミトスの言葉に、狼は不満げな顔を改めこそしなかったが、口を閉じた。それに頷き、ミト・ミトスはもう一人にも視線を向ける。

「テッペイもだ。我々はお前とショウゴを家族に迎え入れた。家族である以上、『関係ない』は通らんと心得よ」

「ういっす。スンマセン」

 へらっとした笑みを浮かべ、オレンジ色の髪をした少年は、軽く頭を下げる。丁寧な謝罪とは言いがたく、果たして反省しているのかいないのか。ミト・ミトスは深々とため息をついた。

「奴らは《楽団》と手を組んでいるのだな?」

 ベガ・ベルンガが話を戻す。その問いに、鉄平は肩をすくめた。

「どうでしょ。見た感じ、向こうさんも初対面ぽかったす。でも、今回ので恩を売った感じになってるんで、もう組んでるんじゃないすか?」

 プレイヤーの少年は《楽団》のボスに「ビジネスの話がある」と言っていた。その話が纏ったなら、有効的な関係になっている可能性が高い。いや、この情勢での「ビジネス」だ。手を組んで他のギルドに対抗するように持ちかけたと考えるべきである。

「……痛いな」

「だが、見えない敵が見えるようになったことは朗報と言っていい」

 ベガ・ベルンガの呟きに、ミト・ミトスが答える。

 確かに正体不明、居所不明の相手だった《赤い外套》について、僅かなりとも情報を得られたのだ。そして《楽団》と協力関係になったなら、今後《楽団》の人間を調べれば、《赤い外套》について情報が手に入る可能性も出てくる。

「どの道、今更、牙を収めるつもりなど無い……お前達にも相応の働きをしてもらうぞ」

「もちろんっす」

 ベガ・ベルンガの言葉に、鉄平はいつもの緩くて軽い笑みで答え、

「お任せあれ」

 この部屋に入って初めて、彰吾が口を開いた。


「じゃ、逃げよっか」

 屋敷を出るなり、爽やかな笑顔で鉄平はそう言った。

「……その心は?」

 そんな彼を彰吾は非難する事無く、ただ問うた。

「アイツ、ソラトっつったよな」

「言ってた」

「あのソラトだよな?」

「多分」

「まずくね?」

「まずい」

 ソラト。その名前は鉄平も知っていた。《NES》における賞金額ナンバーワンのNPKにして、最凶最悪の殺人鬼の名だ。

 鉄平のPCネイキッド・アイはプレイヤー全体から見れば中堅といったところだ。彰吾の《レンブラント》はもう少しCPが高いようだが、それにしたって高ランクのプレイヤー、それも対人戦闘に特化したPKを相手に戦いたいとは思わない。

 異世界に放り出されて困り果てていた鉄平の面倒を見てくれたのは、貧民街で暮らしていた獣人たちであり、《獣王の血脈》だ。種族の垣根を越えて、ギルドに迎え入れてくれたベガ・ベルンガには恩も有れば義理もある。

 だが――自分の命とはつり合わない。

「というわけで――ばっくれようぜ!」

「だが、NO」

 無駄に男前な声で、彰吾は鉄平の提案を蹴った。

「……」

「……」

 しばし、二人の間に沈黙が満ちる。ひゅるりと乾いた風が吹いた。

「OK、相棒。話し合おう」

「うむ」

 笑みを引っ込め、真剣な顔をする鉄平に、彰吾は重々しく頷いた。

「で、何で駄目よ? 彰吾ちゃんのエンジェルが心配なら、いっしょに連れて逃げちまえばいいし」

 鉄平が思いついたのは、相棒がご執心である少女のことだった。その性癖はどうであれ、彰吾がリナ・リーナという獣人の少女を深く愛している事は間違いない。愛のために命をかけるのはカッコいいと思うが――出来れば愛と命、どっちも大事にしたい鉄平である。

「それもある。それもあるんだが……鉄平」

「おう」

「僕はもう、逃げたくない」

 相棒の声はどこか――悲壮な響きを孕んでいた。

「僕は向こうで、引きこもりのニートだった」

 それは鉄平も薄々気が付いていたことだった。少なくとも、積極的に人とコミュニケーションをとっていたタイプではないだろう。

 己の過去を語る彰吾にそれを恥じる様子は無く、どこか淡々とした声で、続ける。

「嫌なことから逃げて、辛いことから逃げて……現実から逃げて。上手く行かない事の全てを、社会とか時代とか、自分じゃない何かのせいにしてた。だから僕は、何も持っていなかった。何も手に入れられないし、何も成し遂げることが出来なかった……当たり前だよね」

 小さく、彰吾は自嘲する。しかし鉄平は嗤う気にはなれなかった。自分もそうだからである。

 鉄平は向こうで、フリーターをしていた。夢を追ってるとかではなく、嫌なこととか面倒なことを、なんとなく避け続けていたからだ。

 何事も長続きせず、頻繁にバイトを変えた。ただダラダラ生きる毎日。未来から目を逸らし、安易な楽しみに逃避する自分。それを自覚しながらも、何もしないでいた。

「人に誇れる事も無く、誰かに認められる事も無い。恋人も居なければ友達も居ない。どうしようもない負け犬。それが僕だった。そんな現実から、僕は目を逸らし続けた。ねえ、鉄平。正直僕は、この世界に来たとき、とうとう自分が狂ったんだと思ったよ。現実と空想の区別が付かなくなったんだって。自分は今も、あの暗くて汚い部屋で横たわってるんじゃないかって」

 そう語る彼の拳は、握り締められていた。まるで掌に握ったものを、落とすまいとするかのように。

「でも、ようやく手に入れたんだ。愛する人、認めてくれる人。温もりとか、人間らしさとか、そういう大切なものを。狂ってるなら狂ってるでいい。愚かなら愚かでいい。僕はそれを――手放したくない」

 この世界で、プレイヤーはPCと同じ力を――強大な力を得る。だから彼らは認められた。畏怖の目で見られ、尊敬のまなざしを向けられた。

 しかし結局のところ、それらは全て、何で手に入れたのかも解らない力によるものだ。そこに本人の努力とか、そういうものは無い。天から降ってきた財宝を誇るようなものだ。

 でも、

「だからもう、逃げられない。逃げたら、また僕は失ってしまう。あの何も無い部屋に、僕は帰りたくない。あんな惨めな自分に戻るくらいなら、僕は戦って死ぬ」

 彼の覚悟まで――否定されるべきなのだろうか。

 戦う力は与えられたものでも、死ぬかもしれない戦いの赴く勇気は、彼自身の、誇るべき力ではないだろうか。

「正直、奴らと戦うなら、君の助力は欲しい。でも君は――僕の、たった一人の友達だ。友達だからって、それを盾に死地に付き合わせる事は許されないと思う」

 自分は死ぬかもしれないのに――彰吾は、鉄平を気遣ってすらみせる。

「君が逃げるなら、止めない。それを責めるつもりも、無い」

「……」

 自分だけでも、逃げるべきだろうか?

 ――それは駄目っしょ。

 鉄平は胸中で首を横に振った。それが選択肢にあるのなら、そもそも初めから彰吾「逃げようぜ」なんて声をかけたりしない。彼がベガ・ベルンガや他の幹部に告げ口しないとも限らないからだ。

「彰吾ちゃんさ、マジ馬鹿っしょ」

 鉄平は、小さく笑みを零した。それはいつもの軽薄な笑いじゃなくて、穏やかで温かい笑みだった。

「俺も彰吾ちゃんのこと、友達だって思ってるけどさ――それ以上に、相棒じゃん」

 この世界に来なかったら、きっと二人は出会うことすらなかったに違いない。いや、出会ったとしても、果たしてタイプが全然違う二人が、友達になれたかどうか。

 でも今、二人の間には、確かに友情があった。

「相棒ってのは――死地に付き合わせてナンボでしょ」

 鉄平の言葉に、彰吾は僅かに目を見開いた。しばし言葉を捜すように、視線をさまよわせ、ちいさく呟いた。

「……いいのか」

「義理と恩じゃあ、つり合わねーけど――そこに相棒が加わるんじゃ、しかたないって」

 そりゃあ、鉄平だって自分が可愛い。死ぬのは嫌だ。

 でも――逃げるのも、もう嫌だった。

「鉄平」

「おう」

「ありがとう」

「よせやい」

 照れくさくなって、鉄平は相棒の肩を小突いた。

 なんだか自分の伽羅じゃない気もするけど、悪くなかった。どこか吹っ切れたような笑みを浮かべ、相棒の肩に手を回す。

「じゃあ景気づけに、どっか飲みにでも行きまっしょーい!」

 朝まで飲み明かすぜ、と鉄平が息巻いたその時、

「――ああ、それは丁度いい」

 闇の奥から、声が届いた。

「あの時はゆっくりと話す機会もなかったからな……こっちから誘いに行こうと思ってたんだよ」

 暗がりから滲み出るように、声の主が姿を現す。日本人の、プレイヤーの証である黒い髪に、同色の瞳を不吉に輝かせ、血のように赤い外套を纏った少年。その背後には、グレイブを携えた、黒髪の乙女が付き従っていた。

「酒でも飲みながら、ゆっくりと話し合おうじゃないか」

 《NES》で恐れられた殺人鬼はそう言って、皮肉げに口の端を吊り上げた。

「何しろ――殺し合いの後に、話し合いは出来ないからな?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ