表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Undivided  作者:
第二章:人魔交錯
46/96

第三十七話:美点と欠点

「品が卸せないとはどういうことだ!」

 ガースキーの怒声に、小太りな男は首をすくめた。

 男は《アルダートン一家》傘下の店に、酒を卸していた酒屋の店主だ。元々は冴えないチンピラだったのだが、今では足を洗って商売に勤しんでいる。トニーやガースキーとは、チンピラ時代からの付き合いで、店を出した当初から取引を続けていた。

 しかし今日になって、店主は「もう品を卸せない」と言い出したのだ。

「それが……アンタらのところに卸すなら、もうウチとは取引しないって……」

 店主の答えを聞いて、ガースキーは盛大に舌打ちした。

「何処の馬鹿だ、そんな舐めた台詞を言いやがったのは」

「ユマーダ子爵家だよ……子爵だけじゃねぇ。ウチと付き合いの有る貴族連中が、揃って同じ事を言いやがった」

 店主は苦い顔で続ける。小さな店だが、彼の酒屋は貴族相手とも付き合いがあった。

 貧乏人は値の張る酒が飲めない。では誰が飲むかといえば、金を持っている人間、つまり貴族だ。そして貴族の多くは農場や農園を所有し、取れた作物を加工して販売することも珍しくない。その品目には、ワインなどの果実酒も含まれる――つまり、酒屋にとって貴族は上客であり、仕入先なのだ。

「アンタらには悪いが……せっかく苦労して手に入れた取引先なんだ。それをフイにはできねぇよ……」

「……それで俺らが『はいそうですか』とでも言うと思ってんのか?」

 ガースキーは眦を吊り上げ、店主の胸倉を掴み上げる。

 しかし、

「止せ、ガースキー」

 トニー・アルダートンの静かな声が、割って入った。

「トニー……」

 ギルドの頭にして親友である男の言葉に、ガースキーはしぶしぶと手を離した。

「すまねぇ、トニー、すまねぇ……俺だって、どうにかしてやりてぇ……でも、俺にだって生活がある。ウチの餓鬼どもを飢えさせる事だけは、したくねぇんだ……」

 目に涙すら浮かべる店主に、トニーは苦笑を浮かべた。

「いいさ。気にするな……無理言って悪かったな」

 言って、トニーは店を出て行く。ガースキーと他の手下たちも、その後に続いた。

「貴族、か」

 ガースキーの口から、呟きが零れた。

 見上げれば空は雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。まるで空が自分の陰鬱な心を映しているようで、ガースキーは顔を顰める。

「貴族だけじゃねぇ。セクト商会やクネヒト貿易も、ウチに関連した店との取引を拒否し出した」

「……連中の仕業だな。嫌な手を使いやがる」

 トニーのいう「連中」が誰を指すのか、言わなくても解っていた。ガースキーの脳裏に、《百鬼夜行》のイザベラと名乗った女の姿が浮かび上がる。

 確かに嫌な手口だった。《アルダートン一家》を責めるのではなく、その周囲に圧力をかけて利益を削る。殴り合いではなく、絡め手――それも真綿で首を絞めるような攻め方。だがそれ故効果的で、このままではギルドは干上がることになる。

「しかし信じがたいぜ……セクトもクネヒトも小さな商会じゃねぇぞ。挙句、貴族にまで指図できんのか。連中は」

 貴族や商会に自分たちとの取引を禁じるということは、それに勝る利益を――あるいは不利益を――提示できるということである。それが財力なのか権力なのかわからないが、少なくとも唯のチンピラに出来ることではない。

「どうも、俺達は相手の大きさってヤツを見誤ってたのかもしれないな」

「……なあ、連中の話を、もう少し聞いてみたらどうだ」

 相手が予想よりも強大だと解ったのだ。ならば無闇に争うのではなく、交渉に道を見出すべきだ。

「馬鹿を言うな、ガースキー」

しかしガースキーの意見を、トニーは一蹴する。

「どうせ食いものにされて終わるに決まってる。俺達の仲間は、俺達が守る。そうだろう?」

「……そうだな」

 声に不満が出ないようにするのに、気をつける必要があった。トニーから顔を逸らすようにして、ガースキーは肩越しに手を振った。

「デイヴィッドが何かネタを掴んでないか確かめてくる……ついでに、一杯引っ掛けてくるさ」

 言って、情報屋に話を聞くべく、ガースキーはなじみの酒場へと足を向ける。その足取りは、鉛でも括りつけたかのように重かった。

 トニーの言う事も、間違いではない。《百鬼夜行》が《アルダートン一家》に情けをかける理由は無い。容赦なく利益を吸い上げ、使い潰す気だろう。

 だが、そうならないように立ち回る事は出来る。交渉しだいで、互いに利益の有る関係を作る事は出来るはずだ。

 現時点での最善は、《百鬼夜行》との交渉を重ねつつ、相手の情報を探ること。そして手を組む余地があるなら、手を組むこと――それも、可能な限り早いほうがいい。《百鬼夜行》による経済的な圧力は、時間が経てば経つほど効果を発揮するのだから。

 だが――《アルダートン一家》が《百鬼夜行》と和解することは無い。頭目であるトニーが頷かないからだ。仲間を殺し、ギルドを危機に陥れようとしている《百鬼夜行》を、トニーは許さないし信じない。どんな強大な相手でも、トニーは諦めないし屈さない。

 《伊達男》トニーは単純な損得ではなく、義理と人情を重んじる。仲間を大切にして、どんな敵にも立ち向かう。

 それは彼の美点であると同時に――どうしようもない欠点なのかもしれない。

「ついでに、一杯引っ掛けていくか……」

 嫌な思考を振り払うように、ガースキーは呟いた。酒でも飲んで、気分を変えたい。

「でしたら――ご一緒して宜しいかしら?」

 自分の呟きに、誰かの声が返ってくるなんて考えもしなかった。驚愕と共に振り向いた彼の瞳に映ったのは、鮮やかな銀髪と、艶やかな微笑だった。

「アンタは……」

「どうせ飲むなら、美人と一緒の方がいいと思いませんか?」

 言って――《百鬼夜行》の女は芝居じみた仕草で一礼した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ