番外編:俺とお前にロックンロール
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「バンドを、やろう」
そう宣言した幸平は、何故かギターを抱えていた。
学校帰り、俺はいつものように流斗の家にお邪魔したが、幸平は「取ってくるものがある」と言って一度自分の家に戻った。そして再度姿を表した彼の手には、一本のギターが携えられていたのである。
「……」
「……」
俺はしばし流斗と顔を見合わせた後、幸平に向き直り、尋ねた。
「で、なんの影響だ? 『けい○ん!』?」
幸平は俺の質問に、心外だといわんばかりに頭を振った。
「おいおい勇太。どうして僕がバンドを始める理由が、漫画かアニメの影響だって決め付けるんだい?」
「違うのか?」
「そうだけど」
あっさりと認めた幸平に、俺は深々とため息を付いた。
「あのさ。バンドなんか始めてどうするんだよ」
「そりゃあもちろん、ライヴでしょ。目指せ全国ツアー!」
「出来るわけないだろ」
典型的な「夢見がちな台詞」を吐く幸平に、俺は呆れた。
俺は音楽のことなどさっぱり解らないが、成功できるのが一握りの人間だと言うことくらいは知っている。ちゃんと音楽を学んだわけでもない、高校生がノリで始めたバンドなんて、半年も持たないに決まってる。
しかし幸平は、不満げに唇を尖らせた。
「そんなのやってみないとわからないだろ。僕の隠れた才能が目覚めるかもしれないじゃないか」
「楽譜も読めないのに?」
「こ、これから覚えるし!」
冷や汗を垂らしながら、先行きが不安すぎることを言った幸平は、こう付け加えた。
「勇太、なんかサッカー止めてから、すっかり保守的というか、消極的になったよな」
その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
「……ま、大人になったってことだろ」
動揺を見せずに、そう言えた自分を褒めてやりたいくらいだった。そして動揺してしまった自分が、それを隠してしまった自分が情けなくて仕方が無かった。
中学を卒業した俺は、ずっと続けていたサッカーを止めた。高校では何の部活にも入らず、ゲーム三昧の日々をすごしている。
中学時代と比べて、ずいぶんと楽だった。日が暮れるまで、泥だらけになって練習しなくていいし、休日が試合で潰れることもない。
何より努力をしていないから、報われないことを嘆く必要が無い。
それは、とても楽だった。
でも――なんだか自分がジワジワと腐っているような気がした。人に誇れるような事が何も無く、好きだと胸を張って言える事も持ってない自分が、どうしようもなくつまらない、駄目な存在に思えた。
かといって、サッカーに変わる何かを見つけようと言う気にもなれなかった。どうせまた苦しんで、結局は挫折するだけなのではないか、と思ってしまう。
何かを始めると言うことに、俺は臆病になっていた。
「何を言う! 僕らはまだ十六歳で、青春真っ盛りの高校一年生じゃないか! 大人になるのはまだ早い!」
俺の内心を知ってか知らずか、幸平は拳を握って力説する。
「その通りだ」
そして意外なことに、それまで黙っていた流斗が賛同の意を示した。自分の部屋であるため、彼は既に私服に着替えていた。今日のTシャツは黒字に白で「暴飲暴食」。相変わらず服のセンスがズレた男である。
「俺は別に、バンドをやるのは悪くないと思う」
「流斗……お前まで」
まあ待て、と流斗は俺の言葉を遮った。
「高校生がバンドにかぶれるなんて、よくある話さ。でも逆に言えば、俺らの年齢でバンドに憧れるのは、おかしくは無いってことだろ。そりゃ、成功する可能性なんて砂粒ほどもないだろうよ。でも、チャレンジすること自体は悪じゃない。だって、本人がやりたい事で、誰に迷惑をかけるわけでもないんだからな。それに、三十だの四十だのになってからバンドを始めるのは――まあ、悪いとは言わねぇけど、ハードル高いだろ。だったら今の内に済ませておこうじゃないか。なに、社会的に成功することだけが、価値のあることってわけじゃない。やってみて、駄目だったとしても、俺達のなかに何かが残るかもしれないだろ」
そう言って、流斗はにやっと笑った。
「それに――俺達が年を取って、一緒に酒でも飲んだとき、思い出話が一つ増えるってのも悪か無いだろ?」
「思い出話、か」
流斗の言う事も、一理あった。社会的な成功に繋がらないからといって、無価値だとは限らない。人に認められ、賞賛されることだけが、人生の意味ではない。
それに――「駄目だったとしても、何かが残るかもしれない」という言葉が、俺の心に響いていた。
止めてしまったサッカーは、俺の中に何かを残して行っただろうか?
――当たり前だ。小さな頃から、ずっと続けていたんだ。例えもう止めてしまったとしても、「やっていた」という過去は変わらない。木戸勇太を構成する要素の一つであることは、間違いないのだ。
だったら、新しく始める何かも――俺の中に、何か残していくに違いない。
「……そうだな。悪くないかもな」
そう俺が呟いたと同時、部屋のドアがノックされた。
「失礼します、兄さん」
入ってきたのは、流斗の妹である、園原流花だった。
「流花ちゃん、久しぶりー! お邪魔してますよん」
「はい、お久しぶりです。春田さん」
中学二年生になった流花は、文句なしの美少女に成長している。微笑を向けられた幸平は、幸せそうに鼻の下を伸ばしていた。
「木戸さんも、お久しぶりです。」
「ああ、久しぶり。それと、お邪魔してます」
俺と幸平は園原家に頻繁に出入りしているが、彼女と顔を合わせる機会は多くない。彼女にとって俺達はあくまでも「兄の友達」であり、積極的に話に混ざろうとはしないのだ。もうすこし小さい頃なら、一緒に遊んだりしたかもしれなかったが。
「兄さん。玄関に宅急便が届いてます。ずいぶん大きいみたいですけど」
「おお、来たか」
妹に言われ、流斗はいそいそと部屋を出て行く。
そして、戻ってきた彼の腕に抱えられていたのは――エレキベース。
「ってお前もかよ!?」
「馬鹿野郎! いっしょにするんじゃねぇ!」
思わず叫んだ俺に、流斗は怒りを露わにした。
「俺が影響を受けたのは『け○おん!』じゃねぇ! 『さよならピ○ノソナタ』だ!」
「論点そこじゃないだろ……」
宅急便で今日届いたという事は、前々から注文していたという事になる。つまり流斗は幸平より先に「かぶれて」いたのだ。
いつも斜に構えている流斗が、どうも前向きだと思ったら……いろいろと台無しだった。
ちょっと感動した俺に謝れ……!
項垂れる俺の肩に、幸平がポンと手を乗せた。
「じゃ、勇太ドラムな」
「やらないよ!?」
「あのう、一体何が?」
困惑を顔に浮かべた流花に、俺は説明する。幸平がバンドを始めると言い出したこと。そして流斗も何故か乗り気であること。
話を聞いた流花は小さく頷くと、幸平に向き直った。
「春田さん」
「なんだい流花ちゃん」
「私はピアノが弾けます」
「よし、キーボード確保!」
「まさかの参戦!?」
何故かノリノリの流花は腰に手を当て、その薄い胸を張った。
「兄さんがやる事を、妹である私が手伝うのは当たり前です」
「よく言った流花。今日は風呂を一緒に入ってやろう」
「「おいこらシスコン」」
「冗談だ」
俺と幸平が半眼で睨むと、流斗は肩をすくめた。
しかし、
「……冗談なんですか?」
残念そうな顔の妹に、流斗は珍しく困惑した表情を浮かべた。
「どうしよう、勇太。俺は妹への接し方を間違えていたのかもしれない」
「……知るか」
投げやりに返して、俺は今日何回目とも解らぬ、深々とした嘆息を零した。
ちなみに幸平は、二週間で練習を投げ出した。