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Undivided  作者:
第一章:天魔生誕
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第二十四話:停戦交渉

 主君を失った領主軍は、速やかに撤退を開始した。

 砦に入り込んだバスカヴィル兵も、自軍の撤退を知ると武器を捨てて降伏した。今ここで、彼らが抵抗しても趨勢は変わらない。ならば降伏して命を繋ぎ、恥辱を注ぐ機会を待つ――そんなところまで、彼らの錬度は高かった。

 俺は追撃を禁じた。俺達の目的は領主軍の撃滅ではない。

 バスカヴィル軍も、殿の兵士は味方を逃がすため必死に抵抗するだろう。そうなればこっちの被害も増える。これ以上に被害が増えれば、革命軍は軍としての機能を失いかねない。

 特に、敵陣奥深くに切り込んだ騎兵隊の被害は大きかった。全滅を免れたのはシュトリとカイムという強力な駒が含まれていたこと、そしてバスカヴィル軍は砦と《聖女騎士団》に挟まれる形になっていたため、完全に孤立することを免れたからだ。

 砦に戻った俺を出迎えたのは、兵士達の大歓声だった。敗北を目前にしての盛大な逆転劇。その立役者である俺を、兵士達は英雄視していた――もっとも、その何割かには恐怖が含まれているのだろうが。

 細々とした後始末を部下に丸投げし、俺は自室に引っ込んだ。薬の副作用なのか、酷い頭痛と脱力感が俺を苛んでいた。寝台に寝転ぶと、俺は殆ど気絶するようにして眠りに落ちた。

 そして、数日後――俺はアルクスへと舞い戻った。


 部屋には緊迫した空気が満ちていた。このバスカヴィル領で争いあう二つの勢力、その 中でも高い地位に着いている者が顔を並べているのだから当然ではある。

 革命軍側からは、《聖女騎士団》代表であるシャーリーアレンとヴィズベキスタ。《百鬼夜行》の代表はもちろん俺で、護衛としてシュトリが同行している。

 領主側の交渉役は、戦死したガス・バスカヴィルの妻にして、領主代理の地位に着いたバスカヴィル伯爵夫人――マリアン・バスカヴィル。そして彼女の周囲を、武装した騎士が固めている。

 場所はゴドフリーの屋敷だ。アルクスで最も力を持った商人であるゴドフリーは、当然のことながらバスカヴィル伯爵家とも縁があった。だから彼を通じて領主側に和睦の申し入れをしたのである。

 場所はバスカヴィルの屋敷でも良かったのだが――聖女達が抵抗を示した。かといって砦に呼びつけるのも向こうが承知しないだろう。妥協点としてアルクスにあるゴドフリーの屋敷、ただし事前にこちらが兵を配置した上で、という形になった。

「まず確認しておきたい」

 場の主導権を握るべく、まず俺が口火を切った。

「これ以上の戦闘はお互いにとって好ましくない。そのことを理解しているからこそ、俺達はこうして交渉の席についている。今から行われるのは、お互いにとって最善の道を探るための話し合いであるべきだ――双方、それでいいな?」

「ふざけるなよ逆賊が」

 俺の言葉に噛み付いたのは、伯爵夫人の傍に控えた一人の騎士だった。小麦色の肌に、黒に近い灰色の髪。引き締まった体を鎧に包んだ、気の強そうな――女である。

「交渉だと? 馬鹿を言え、我々は慈悲深くも降伏勧告に来てやったのだ。お前たちが口にして良いのは、己の愚かさを詫び、許しを請う言葉だけだ」

 女騎士の傲慢な台詞に、俺は更に傲慢な態度で返す。

「だまってろよ三下。お前に領地を経営する権利があるのか? それとも交渉役として全権を委任されてるのか? そうでなければお前の意見なんか糞ほどの価値も無い。解ったら口を閉じて、黙って立ってな」

「なんだと貴様ぁ!」

 予想通り沸点が低い女騎士は、あっさりと激昂して腰の剣に手を伸ばした。そして次の瞬間、シュトリ飛び出した。抜き放たれた長剣――愛用の巨剣は室内では大きすぎる――を喉元に突きつけられ、動きを止める。

「いいぜ、抜きなよ。命が惜しくなかったらさ」 

 剣を突きつけたまま、シュトリが笑う。その速さに驚愕していた女騎士は、悔しげに臍をかむ。

 二人を眺めながら、俺は呆れて頭を振った。

「なあ、伯爵夫人。なんでったってこんなのを連れてきたんだ? あんまりお粗末な部下を連れてると、アンタの株が下がるぜ?」

 女騎士の頬が引きつる。自分の振る舞いが、主の恥になることにようやく気がついたようだ。

「部下の非礼はお詫びしますわ。イネス、止めなさい」

 特に気にした風も無く、伯爵夫人が言う。夫人に咎められた、イネスという名らしい騎士は剣から手を離す。それを確認し、シュトリも剣を収める。

「ですが、私たちに歩み寄る余地があるのでしょうか? あなた方は武力を持ってこのバスカヴィル領の治安を乱し、あまつさえ前領主であるガス・バスカヴィルを殺害したのです。この地を預かるものとして、決して屈するわけには行きません――確かに我々は先日の戦で痛手を受けました。ですが、我々には最後の一人まで戦い続ける覚悟があります」

 淡々と、脅す風でもなく、婦人は言う。それが逆に、彼女の言葉に信憑性を与えていた。

「果たしてあなた方にありますか? どちらか一方が滅び、死に絶えるまで戦い続ける覚悟が」

「いや、あんたは絶対にそれをしない」

 しかし俺は伯爵夫人のハッタリを、あっさりと流した。

「戦って死ぬのはバスカヴィルの兵で、バスカヴィルの民だ。これ以上戦が長引き、犠牲者が増えれば、その結果に関わらずバスカヴィル領は大きな損失をすることになる。既に限界を迎えつつあるバスカヴィル領にとって、致命的と言っていい損失だ。領地を預かる者だからこそ、アンタは戦うという選択を何があっても避けなければならない」

 兵が死ねば、新たに雇って訓練を施さなければならない。民が死ねば、農地を耕すものがいなくなり、領地の生産そのものが落ちる。先代バスカヴィル伯爵の愚行によって荒れた領地を回復させるためには、そのどちらも失うわけには行かないのだ。

「それと――何も屈しろとは言って無い。こっちが降伏するって形にすれば、体面は保たれるだろう。ただ、税率は変えてもらう。そもそもの問題点はそこなんだから。ああ、あと今現在食うものがない連中には食糧支援も必要だな。農民は今の税率じゃ飢えて死ぬしかないから戦った。逆に言えば、飢える心配がなくなれば戦う必要なんて無い」

 俺の言葉に、シャーリーアレンが何か言いたげに口を開き、ヴィズベキスタも眉を上げたが、あえて無視する。

「確かにそうですね」

 伯爵夫人は頷いた。

「これ以上の犠牲は望ましくありません。夫が固持していた税率も、私は改善することに抵抗はありません。食糧支援に関しても同様です。現状を考えれば、例えあなた方の要求が無くても行わざるえないでしょう――ですがその前にまず、皆さんの武装解除と解散を要求します。もちろん、レテ砦も明け渡してもらいます。領主として、領内で武装集団が砦を占拠しているなんて事態は認めるわけには行きませんから」

「お断りします」

 答えたのは俺ではなく、ヴィズベキスタだった。

「我々が武器を下ろし、兵を解散させ、それで貴方達が約束を守る保障が何処にありますか」

「無礼だぞ、貴様!」

 女騎士が怒鳴ると、《聖女騎士団》の参報は肩をすくめた。

「失礼しました。ですが我々がこうして交渉の席に座っていられるのは、皆が力を合わせたからこそ。伯爵夫人の言うところの武装集団であるからこそなのです。あなた方の言いなりになって武器を捨て、バラバラになった所を捕らえられ、処刑されては敵いません」

 確かに、そもそも革命軍が力を持っていなければ、交渉など出来なかっただろう。およそ人の話し合いというものは、まず殴り合って、お互いに痛い目を見てから初めて行われるのである。非力な相手なら、話し合うよりも殴って言うこと聞かせたほうが早いのだ。

「例え伯爵夫人が約束を守ってくれたとして、その後を継ぐ方はどうでしょう。更にその次は? そのとき、我々が再び弾圧を受けないという保障は?」

 ヴィズベキスタの言葉に、俺は顔をしかめた。そんなものが有るはずが無い。未来の保障など――それもまだ生まれてすら居ないだろう人間の行いの保障など出来るはずが無い。ヴィズベキスタの言っていることは言いがかりに近いものであり――つまり、彼らは引くつもりが無いということだ。

「なるほど。我々も争いは本位ではありません。ですが、我々の目的は減税ではなく、貴族制度の廃止なのです。言ってしまえば、バスカヴィル領の制圧は過程のひとつでしかありません。我々の要求は一つ。伯爵夫人には領主の地位を捨て、バスカヴィル領を明け渡してく頂きたい。この地を足場に、我々は新たな国を作り上げます」

「戯言を」

 イネスが鼻を鳴らす。今度ばかりは俺も同感だった。この期に及んで夢物語を語るとは。

 現状から考えれば、ここで手を打つのが一番現実的なのである。確かにヴィズベキスタが言うような危険はある。だが、今後の交渉で一定の戦力を残す、あるいは秘密裏に地下組織を残しておくなど、方法はいくらでもあるのだ。それに、もし伯爵夫人が約束をたがえれば、今度は領地全土で農民の反乱が起きる。彼女がそれを選ぶとは思えない。

 この男が、その程度のこともわからないとも思えないのだが。これではまるで――乱を終わらせたくないようではないか。

「なあシャーリーアレン。ここらが手の打ち所だと思うんだがね」

「……我々の理想には、貴方も賛同してくれたと思いますが」

 無言だった聖女に、俺は話を振った。彼女は固い表情と口調で言葉を返してくる。

「現実を見ろよ。こっちもボロボロなんだ。まして占拠したとなれば国王軍が来る。こんどは一万二万って数の兵が来るだろよ。それをどう防ぐ?」

 肩をすくめる。シャーリーアレンは目を伏せ、沈痛そうに――懊悩するように答える。

「……厳しい戦いになるでしょう。ですが、我々は引けないのです。身分制度がある限り、我々は必ず虐げられる。あるいは未来で、我々の子孫が虐げられる。それを受け入れることは出来ません。我々は未来のために戦い、そして多くの犠牲を出しました。死んでいった者のためにも、ここで歩みをとめるわけには行かないのです」

「そういう事です」

 聖女の言葉に、ヴィズベキスタが我が意を得たり、と頷く。

「どうやら、交渉の前にそちらの意思統一が必要のようですね」

 伯爵夫人から皮肉が飛ぶ。俺は顔をしかめ、ヴィズベキスタは笑みを浮かべた。

「我々の意思は統一されていますよ。真に自由で平等な国を作るという目標の元に。聖女様。これ以上、身の有る話は出来そうもありません」

 ヴィズベキスタに促され、聖女は立ち上がった。

「では我々はこれで――ソラト殿には、これからも力を貸していただきたいと思ってますよ」

「考えといてやるよ」

 部屋を出る二人を、ひらひらと手を振って見送る。その背中をイネスを初めとした護衛達は忌々しそうに睨み付けていた。

 そんな彼らは、伯爵夫人が出した指示に驚くことになる。

「あなたたちも下がりなさい」

「え、しかし……」

 騎士達は困惑して伯爵夫人と俺を見比べる。彼らの仕事は護衛だ。武器を持ったままの俺とシュトリの前に夫人を残して行くなど受け容れられない。

「内密の話があるのです。下がりなさい」

「か、かしこまりました」

 重ねて命じられ、騎士達はしぶしぶ下がる。イネスは最後まで、俺を刺すような目つきでにらんでいた。

「それで――どうなさるおつもりですか? ソラト殿」

 護衛が去った後、バスカヴィル伯爵夫人がこちらへと視線を向けた。

「こうも頑固とはね……聖女はともかく、ヴィズベキスタは剣を収める気が初めから無い感じだな。それに聖女が引っ張られてる。聖女が引かないと言えば、兵は着いていくだろうな。どうしたもんか」

「こちらの問題は既に解決したのです。あとは貴方の働き次第ですよ」

「解ってるって。ま、何とかするさ」

シュトリが目を瞬かせる

「ソラト……なんの話?」

 シュトリの問いに、俺はにやりと笑った。

「実はなシュトリ。俺はこちらにおわす伯爵夫人と手を組んでるんだよ」

 《聖女騎士団》がレテ砦を訪れる前、俺は深夜に伯爵夫人の寝室にお邪魔した。そしてしばしの問答の後、俺達は協力関係を結んだのである。

 故郷を救いたい伯爵夫人と、バスカヴィル領を手に知れたい俺。俺達の共通点は、領主と反乱軍、その二つが邪魔なことだった。

 だから俺が伯爵を討ち、反乱軍の手綱を握る。そして伯爵夫人は領主の亡き後、領地の実権を握る。

 しかし屋敷で伯爵を暗殺すれば疑われるのは伯爵夫人だ。彼女は時折、夫の振る舞いを諫めようとしていたらしく、夫婦の仲は円満とは言いがたい。伯爵が死んだ後、彼女が領地を切り盛りし始めれば、良くないうわさが広まるだろう。それを防ぐためにも、伯爵には戦場で、反乱軍の手で死んでもらう必要があった。

 悪党の集まりである俺達《百鬼夜行》と領主となった伯爵夫人が手を組むことは、いわば日本でヤクザと政治家が手を組むようなものである。お互いにとってメリットがあるのだ。

「しかし、仮にも貴族を討ったのです。降伏したからといって、何の咎めも受けないわけにはいきませんよ。手を下した貴方か、首謀者であるシャーリーアレン殿のどちらかは首をもらうことになります」

「俺は死にたくないんで、そこらへんは聖女殿に任せよう」

 どの道、俺が革命軍の実権を握るには聖女は邪魔なのだ。あのカリスマ性は惜しいので、なんとか手元に置いておきたいのだが……。

「アンタは残った兵を率いて砦を囲んでくれ。数はそのへんの若いのを雇うなりして、何とかかき集めろ。ゴドフリーに言えば適当な奴隷を用意してくれるだろうしな。何なら案山子でもかまわん。とにかく、数が多いように見せかけるんだ」

「また戦になるのですか?」

「いいや。そんなつもりはないさ」

 伯爵夫人はこちらの心を見透かそうとするかのように目を細めた後、頷いた。

「……わかりました。それで、ソラト殿は何を?」

「アンタの言うとおり、意思統一をしに行くさ」

 立ち上がりながら、俺は笑った。

「ただしアイツらの意思ではなく、俺の意思に統一させてもらうがね」

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