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Undivided  作者:
第一章:天魔生誕
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第二十話:レテ砦防衛戦

 領主軍は《聖女騎士団》が出発してから三日目の朝に姿を現した。

 おそらく昨日のうちに充分な休息とってから接近したのだろう。砦へと到達した領主軍は粛々と陣形を整え、休むことなく城攻めの準備を始めている。

「おーおー、攻城兵器まで用意しちゃってまぁ……」

 その様子を眺めながら、俺は半ば呆れるように呟いた。

 領主軍は壁を越えるための長い梯子である『雲梯』、門を破るための『破城槌』、そして城壁に板を渡し、兵士を城内に乗り込ませるための移動式櫓『攻城櫓』など、城攻めのための装備をきっちりと揃えて来ていた。

 国王軍ならともかく、一介の領主が揃えておく品ではない。国境の砦を落とされたときに供えて用意してあったか、あるいは今回の件で急遽手に入れたのか。

「それに……ありゃ魔法使いか?」

 兵士達の後方には、ローブを身に纏い、手に杖を持った集団が並んでいる。その姿はいかにも御伽噺に出てくる魔法使いのようだった。

 この世界に来てから、俺はまだ魔法を使う人間に遭遇したことは無い。しかしスキルが使える以上、魔法も存在すると考えるべきだ。

「いいなぁ魔法使い。あいつら生け捕りにできねぇかなぁ」

 俺、シュトリ、カイムの三人は、スタイルこそ違えど物理攻撃力を伸ばし、物理攻撃スキルを中心に習得した《戦士系ビルド》のプレイヤーだ。魔法攻撃力を伸ばし魔法系スキルを習得する、いわゆる《魔法使い系ビルド》をした人間が居ないのである。今後のことを考えると、魔法を使える人間を確保するのは必須とも言えるだろう。

 ちなみに、この世界で魔法は特殊技能であり、学問でもある。読み書きすら出来ないような平民に魔法の習得は難しく、また高額な魔法書を手に入れられるほど生活に余裕も無いため、魔法使いの多くは裕福な商人や貴族、あるいは身を立てた魔法使いの子弟が中心となる。

 ――今度、ゴドフリーに言って魔法を使える奴隷を集めさせよう。せっかくだからエルフやダークエルフの女がいいな。戦力になるし、そうでなくとも寝台で役に立ってもらえばいいわけだし。

「ソラト様、敵陣に動きがあります」

 邪な予定を組み立てていると、エレンが声をかけてきた。

 見やると整列を終えた領主軍から、馬に跨り、白旗を掲げた一人の兵士が進み出てきている。おそらくは使者だろう。それも、俺達に降伏を要求するための。

 最も――きっちり隊列を整えてから降伏勧告をするあたり、向こうも俺達が降伏するなんて思っていないのだろう。

「いかがなさいますか」

「決まってる」

 俺は軽く跳躍して城壁の縁に降り立つと、短剣を引き抜き、一閃させる。

 城門の前で何事か口上を述べようとしていた兵士は、遠距離攻撃スキル《風切り》によって発生した不可視の刃に喉を切り裂かれ、馬上から転げ落ちた。

 領主軍、砦側の両陣営は一瞬沈黙し――次の瞬間、領主軍からは驚愕と憤怒の声が上がり、砦側からは歓声と嘲笑、兵士達が足を踏み鳴らす音が響いた。

 そして戦闘が開始された。


 領主軍の弓兵が、砦に向けて矢を雨あられのごとく降り注がせる。砦の兵士は飛んでくる矢を城壁や盾、あるいは木の板で防ぐと、その影から反撃の矢を放つ。

 砦の兵士達が使用しているのは、横向きの弓を台座に固定した武器――弩だ。通常の弓は威力と射程が腕力に依存し、まともに扱うにも相応の訓練が必要となる。しかし弩の場合は極論、射るだけなら引き金が引ければ誰でも撃てる。民兵ばかりの反乱軍には最適の武器ともいえた。

 欠点は連射速度だが、それを解決するために、砦の兵は三人一組になっている。一人は射手で、矢を放ったら事前に矢を装填してある別な弩を取ってまた放つ。そして残り二人はひたすら弩の弦を引き、矢を装填するのである。これならば連射速度は向上するし、射手以外は非戦闘員でも出来るので人手が無駄にならない。

 当然、射手一人当たりに複数の弩が必要になり、その総数は凄まじいことになるのだが――ゴドフリーに無理を言って掻き集めさせた。もともと俺は《百鬼夜行》の主戦力を弩にするつもりだったので、かなり早い段階から用意させていたのが功を奏した。

 実のところ、ゴドフリーからすれば弩を買い揃えることよりも、輸送のほうが大変だったらしい。何しろ大量の武器を反乱軍に供給するのだ。領主側に見つかったらゴドフリーの人生は終わりである。

 砦がそれなりに高さがあるために、領主軍の矢は射程と威力を落とし、砦側は逆に増大した。そのおかげもあって、矢の応酬では砦は領主軍に負けていなかった。

 しかし、これは前哨戦に過ぎない。

 矢の援護を受けた兵士が城壁に梯子をかけ、よじ登ろうとする。砦の兵士は矢を射かけ、あるいは石を落とし、煮えたぎった油をぶちまけることでそれを防ぐ。そうやって物陰から出てきた兵士をしたから弓兵が狙い、矢を射ち込む。

 悲鳴と怒号が渦巻き、砦とその周囲は地獄と化した。


「くそ! 取り付かれるぞ!」

 砦の西側、城壁の上で、《百鬼夜行》の一員たる兵士が叫んだ。攻城櫓が接近しているのである。

 攻城櫓は全体を木の板で覆われ、弩を射掛けても効果が薄い。通常の弓を扱える者が火矢を放つが、技量が劣るのと絶対数が少ないことが原因で、上手く火がつかない。

 このままでは取り付かれる、と兵士達が歯噛みしたとき。

「下がりたまえ」

 からん、と乾いた音がした。

 下駄を鳴らして現れたのは、黒髪の乙女。遠い東の国から取り寄せたという奇妙な衣装に身を包み、手には一目で業物とわかる、美しいグレイブを握っている。

 砦の兵士に、彼女を知らぬものなど居ない。《百鬼夜行》の首魁、その片腕たる女夜叉である。

 夜叉の名を、カイムという。

 カイムはグレイブを構えると、小さく呟いた。

「《火龍招来》」

 直後、吹き上がる炎がカイムの全身を包み込む。火炎は龍の姿を模り、まるで生きているかのように唸り声を上げ、宙をうねった。

 《火龍招来》。攻撃力上昇、攻撃範囲拡大、そして火属性付加の効果を持つ補助スキルである。

 火炎の龍を従えたカイムはグレイブを構え、眼下の兵士目掛けて次のスキルを発動する。

「《火龍爪刃》」

 彼女が武器を振るうに合わせ、火龍が宙を滑り、領主軍へと襲いかかかる。本来グレイブが届くはずの無い距離の敵を、炎の爪が蹂躙していく。

「《火龍牙斬》」

 カイムは更にスキルを発動。火龍が攻城櫓にその牙を立て、瞬く間に炎上させた。攻城櫓に乗っていた兵士達が、悲鳴を上げることすら出来ずに焼け死んでいく。

 そして、

「《火龍咆哮波》」

 火龍がその口蓋を開き、業炎の咆哮を放った。荒れ狂う焔が広範囲の敵兵を焼き尽くし、飲み込んでいく。

 《火龍招来》の真の恐ろしさは、効果中に限り専用スキルが解禁される点である。強力な三種類の攻撃を、それぞれ一回ずつだけ使用できる。

「人の命を奪うことには、まだ慣れない」

 少女は目を伏せ、独白する。

 三つのスキルの代償として、火龍は力を失い消えていく。その残骸である火の粉を纏いたたずむ少女の姿は、ここが戦場であることを忘れそうになるほど幻想的だった。

「でも、私はもともと闘争を求めて《NES》をプレイしていたんだ」

 そうでなくば、彼女が《黄金宮》の――力を比べ、技を競い合う場である、闘技場の覇者になるはずもない。

「罪深いことに――私は今、とても興奮している」

 カイムは壮絶な笑みを浮かべ、再度《火龍招来》を発動させた。


 砦の西側でカイムが煉獄を作り上げている時。逆側、つまり砦の東では、領主側の兵士が城壁に梯子を立てかけることに成功していた。兵士達は梯子を駆け上がり、城壁を上っていく。砦の兵士も石や油を落として彼らを撃退しようとするが、射掛けられる矢に阻まれてそれも叶わない。

 やがて先頭の兵が頂上に達し、城壁上の敵を排除しようと剣を構え――

「はい、残念でしたー」

 吹き飛ばされ、宙を舞った。

 城壁の上で待ち受けていたのは、天使と見紛うほどの美少女、シュトリだった。乗馬服を着崩し、肩には彼女の身長よりも大きい剣を担いでいる。

 彼女の剣は長く、太く、そして分厚かった。いっそ鉄塊とでも呼ぶべきその重量は、とても人が持ち上げられるものではないだろう。だが少女はまるで木の枝でも振るうかのように軽々と、無造作に鉄塊を操っている。

「はい、お疲れ様でしたー」

 取り付けられた梯子の前に陣取り、兵士が上がってきた順に粉砕する。梯子を上る兵士は、後から後から上ってくる味方のせいで降りることも出来ない。自殺も同然に城壁に上り、そして殺される。砦のその一角だけに、べったりと赤い血が広がった。

 城壁の上に、無防備に立ち尽くす少女に、無数の矢が射掛けられるが、少女は身体を傾けるだけで回避し、あるいはその鉄塊で弾いた。

「はい、つぎー。……なんか飽きてきちゃった」

 何人目か解らぬ兵を屠った後、少女は気だるげに呟くと、城壁にかかった梯子の縁に足を乗せる。

 梯子とはいえ、城壁に届く長さである。それに幾人もの兵士がしがみついているのだ。その重量はかなりのものだろう。

「どっこらしょ、っと」

 にもかかわらず、少女は足一本で梯子を蹴倒した。梯子を上っていた兵士達が悲鳴を上げながら落下し、地面に赤い花を咲かせる。

 それを見たシュトリは嘲るように鼻を鳴らし――唐突に顔を顰めた。

「マズイ。さっきの掛け声、絶対オバサン臭かった……ソラトに聞かれて無いよね?」


 砦の正面にあたる南側。正門前に、車輪と屋根を取り付けられた巨大な槌――破城槌が接近していた。門を破られれば即座に兵士が中に流れ込み、砦は落とされるだろう。

 破城槌を破壊すべく、兵士達が火矢を射掛けるが、屋根の部分には動物の皮が貼り付けられており、火が移る様子はなかった。

「このままでは危険です。いかがなさいますか?」

 弩を放っていたエレンがこちらを見上げ、尋ねてくる

 俺のPCソラトはPKに――つまり対人戦闘に特化したPCだ。しかも敏捷性と隠密性を伸ばし、奇襲と状態異常攻撃を主軸にした《暗殺者ビルド》をしており――同じ対人戦闘向きPCでも、真っ向勝負を前提にしたカイムや、乱戦を得意とするシュトリと違って、合戦で活躍するような遠距離、大威力、広範囲が揃った攻撃スキルを習得していないのである。

 今も俺が習得している数少ない遠距離攻撃スキルである《風切り》を使って、チマチマと敵兵を始末する程度のことしかしていなかった。破城槌のような頑丈な標的を、遠くから粉砕するようなスキルは持ってない。

 だから、

「こうする」

 俺はニヤリと笑みを浮かべ――城壁から飛び降りた。

 砦はかなり高さがあり、落ちれば高性能PCと言えども無事ではすまない。

 しかし俺はまるで羽毛のように、破城槌の屋根に音を立てることすらなく着地した。そのまま地面に飛び降り、周囲の兵士に襲い掛かる。

 《軽身功》

 身体を軽くすることでアクロバティックな動きを可能にするスキルである。重さが減れば、必然的に俺の攻撃も軽くなるのだが。俺はもともと体重や武器の重さで「断ち切る」斬り方よりも「切り裂く」斬り方を好むため、デメリットは少ない。

 「HO,HO,HO!」

 嘲笑を振りまきながら、切って切って切りまくる。周囲の兵を片付けると、破城槌の車輪を、一瞬で無数の斬撃を繰り出すスキル《乱桜連斬》で破壊する。

 車輪を失った破城槌はもう進めない。中からバラバラと飛び出してくる兵士達に《風切り》を打ち込みつつ、《軽身功》で強化された跳躍力と、垂直な壁でも駆け上がることが出来るスキル《壁走り》を使って城壁の上に戻る。

「ただいま」

「……お帰りなさいませ」

 エレンの返事には驚愕と、そして若干の呆れが混じっていた。

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