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Undivided  作者:
第一章:天魔生誕
19/96

番外編:ある夏の日

お気に入り登録が100件を超えたので、記念の特別編です。

「デートが……したいです……!」

 中学バスケでMVP選手だったけど、高校では怪我が原因で挫折。グレてバスケ部を潰そうとするけど、恩師が現れたことで自分の本当の気持ちを吐露する炎の男みたいな口調で幸平は言った。

 俺が問題集から顔を上げると、鼻息荒く拳を握り締める幸平と目が合った。幸平は熱に浮かされたような顔でまくし立てる。

「だっておかしいじゃないか! 今は八月だぞ!? 中学校最後の夏休みだぞ!? それなのになぜ僕らは家で勉強なんかしているんだ! 僕らがすべきなのは、可愛いあの娘と燃える様な恋とか、ひと夏のアバンチュールとか、そういうのだろう!? さあ飛び出せ! 僕らを夏が、ロマンが待っている!」

「お前を待ってるのはロマンじゃなくて入試だ」

 喚く幸平に、流斗が冷静なツッコミを入れた。流斗は問題集から顔を上げることなく黙々と問題を解いている。

 そう、俺達は中学三年生。高校受験を控えている身であり、今日も流斗の部屋で勉強会をしているのだ。

 流斗の両親は共働きで日中は家に居ないため、夏の間、俺と幸平は流斗の部屋に入り浸りがちだった――まあ、夏じゃなくても入り浸ってるのだが。俺の家は専業主婦の母がいるし、幸平の部屋は弟と相部屋だ。そうなれば自然と選択肢は一つとなる。

 なにより、流斗の部屋には最新型のディスプレイがあるのである。デカイし綺麗。普段は三人でゲームばっかりしている俺達にとってこれほど素晴らしいアイテムは無い。

「勇太ぁ。勇太だって夏休みに女の子と海行ったり、お祭り行ったりしたいだろ?」

 せめてものお礼として俺と幸平で買ってきたお菓子に手を伸ばしながら、幸平が俺に話を振る。

「……まあ、そりゃあな」

 俺だって夏休みに女の子と遊ぶことに、心惹かれなくは無い。

 でも受験があるから勉強はしなくちゃいけないし、部活でやっているサッカーだって、今年が最後の夏だ。こんな時期に女の子と遊んだって、きっと楽しめない。

「というかだな。例え受験が無くとも、女と遊ぶ予定なんか無いだろう。お前」

 ひと段落ついたらしく、流斗はペンを置いて伸びをする。着ているTシャツには何故か『ここは俺に任せて先に行け!』という死亡フラグがプリントされていた。

 流斗のもっともな意見に、幸平が言い返す。

「そりゃ流斗も同じじゃないか」

「俺は妹と遊ぶが?」

「妹を夏の思い出にカウントするなよ! このシスコン!」

「馬鹿野郎。その辺の女と遊ぶより、妹と遊ぶほうが有意義に決まってる」

「無駄イケメン! 残念ハンサム! 使わないなら寄越せよそのハイスペック!」

 これは俺も同意したい。流斗はルックス良し、成績良し、運動神経良しの三拍子揃えたハイスペック中学生なのに、それ以外の部分が色々と残念なのでちっともモテない。まあ、モテないのは俺や幸平も同じなのだが。

 ふと、以前から疑問に思っていたことを、俺は流斗に尋ねてみることにした。

「そういや、流斗は俺達と同じ学校でいいのか? 流斗だったらもっと良い学校行けるだろ」

 三人とも、第一志望は近くの県立高校だ。俺と幸平は学力相応だが、流斗なら有名私立にだって行けるはずである。

 俺の問いに、流斗は肩を竦めた。

「高校は近いところ行きたいんだよ。学歴が欲しかったら大学で良いとこ受験する。勇太こそ、サッカー強いところ行かなくていいのか?」

 その問いは、俺の心に少しだけ、痛みをもたらした。

「……高校でサッカー、続ける気ないし」

「そうか」

 流斗は「何故」とは聞いてこなかった。それはきっと、流斗の優しさであり、また薄々気付いているからなのだろう。

 俺は小学生のころから、かれこれ八年以上サッカーを続けている。そして八年と言う時間は自分の才能の無さを、そして才能がある者と無い者の差を理解させるには充分すぎた。

 俺は自分がヒーローになれないことに気付いてしまった。何もプロになりたいだなんて贅沢は言わない。でも俺はレギュラーすら取れず、部活で活躍することも出来やしない。

「さて、幸平。そろそろ勉強を再開しろ。お前まだ予定の半分も終わって無いだろ」

「やだーもうやだー。今日はもう勉強止めてゲームしよーぜゲーム」

 流斗に促されても、幸平はバタバタと子供のように駄々こねるだけだった。

「あ、ゲームと言えばさ。あれ面白そうだよな。《ネバー・エンディング・ストーリー》」

 その名前は俺も知っていた。来年に発売が予定されているヴァーチャル・リアリティー・ゲーム初のMMOGである。まだ内容は殆ど公開されていないが、王道のファンタジーゲームであるようだ。

 俺はゲームが好きだった。ゲームの中なら俺は勇者に、英雄になれた。ゲームは現実の俺がどうでもいい、ちっぽけな存在であることを忘れさせてくれた。

 ゲームの世界に入れればいいのに。

 最近、よくそんなことを考えてしまう。つまらない現実を――何も成し遂げることが出来ず、何者にも成れないであろう『俺』ではなく、ゲームの中の主人公のような、誰からも賞賛され、認められる存在として生きてみたい。

 馬鹿馬鹿しい。

 そんなことありえない。

 ありえないんだ。

「いいよなー。マジで魔法とか使えるんだぜ。僕はぜったい魔法使いキャラだな。くー、楽しみ!」

 お気楽な幸平に、流斗が冷めた目で現実を突きつける。

「じゃあ、心置きなくゲームを楽しめるように、受験がんばろうな」

「あーあー、聞こえなーい」

 諦めの悪い幸平に流斗は嘆息すると、攻め方を変えた。

「幸平」

「なんだよう」

「高校には、女子高生との出会いがある」

「えーっと、次の問題は……」

「変わり身早いな、オイ」

 呆れ顔の流斗も勉強に戻り、俺も問題集に向き直る。

 問題を解き始める前に、俺は流斗に声をかけた。

「ところで流斗」

「ん?」

「流石にそのTシャツはどうかと思う」

「え? かっこよくね?」

 かっこよくない。何処で売ってるんだ。そんなTシャツ。

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