第十八話:嵐の前
反乱鎮圧のため、領主自ら兵を率いて出陣した――。
その知らせが伝わってきたのは《百鬼夜行》と《聖女騎士団》の同盟――通称《革命軍》が成立してから、それなりに日が経ってからだった。
領主側の動きが鈍い理由は二つ。伯爵の兵士は領地各所の町や砦に配置されており、集めるのに時間が必要だったこと。そして領内の不穏分子をまとめて叩き潰すために、革命軍の参加者が終結するのを待っていた為だろう。
領主軍の数は約二千。各地に最低限の兵を残したと考えると、総力戦と言っても良い。領主は兵を小出しにする愚を犯さず、一度の戦いで反逆者を根こそぎ刈り取るつもりのようだ。
「辛い戦いになるでしょう」
《聖女騎士団》そして《百鬼夜行》の面々を前に、『聖女』シャーリーアレンが涼やかな言葉を紡ぐ。
「ですが、これは好機でもあります。もし領主が城砦都市アルクスに篭城すれば、攻城兵器の無い我々は攻めあぐねることになったでしょうから」
「逆に我々はこのレテ砦を利用することが出来ますしな。領主軍の数は二千なのに対し、我々の兵は千をいくらか超える程度。この差を埋めるには砦に兵を集め、篭城するのが最善でしょう」
戦を預かるダインの言葉に、居並ぶ面々が頷いた。
しかし、
「いや、それは下策だ」
俺が口を挟むと、ダインが苦々しい顔つきになる。無理も無い。己が最善だと言ったばかりの案を下策と断じられらのだ。嫌な顔の一つもしたくなるだろう。彼の周りに居る《聖女騎士団》の兵士――その隊長達も、友好的とはいえない目つきで俺の方を見ていた。
「何故ですか? 数が少ない我々にとって、篭城以外の道は無いかと思いますが」
《聖女》は言えば特に気にした風も無く、小首をかしげている。一軍の代表とも思えぬ可愛い仕草だが、それがあざとく見えないのは彼女の魅力と言ってもいいだろう。
彼女の疑問はもっともだ。攻城戦で必要となる戦力は、守備側の三倍ともいわれる。現在、領主軍と革命軍の兵力差は二倍ほどなので、篭城を選べば兵力の差を埋めて余りある。
それに、そもそも砦を提供したのは俺なのである。その俺が篭城に反対となると、首を傾げたくもなるだろう。
「まず第一に、俺達には援軍が無い。篭城というのは、援軍が来ることが前提の戦術だ。援軍の当て無しに篭城戦を選ぶなんて、馬鹿のやることさ。領主は砦を包囲して、俺達が干上がるのを待てばいいだけなんだからな」
馬鹿扱いされたダインは、怒りと恥辱で顔を真っ赤にした。
ダインは《聖女騎士団》において将軍とでも言う地位に居るが、その下には百人隊長と呼ばれる、いわば中隊長のような兵士達が居り、さらにその下には小隊長である十人隊長という地位が設けられている。
しかし俺と《百鬼夜行》が加わったことによって、その組織図は多少の変化を強いられた。俺がダインの下に付くことを拒否したからである。
《聖女騎士団》と《百鬼夜行》の関係は、《聖女騎士団》の下に《百鬼夜行》が組み込まれたという形になっている。組織としての人数に差があるし、農民の殆どが革命の象徴たる《聖女》に付き従っているのだ。俺が《聖女》の上に立てば人心が離れる恐れがあるし、かといって俺と《聖女》の地位を揃えるわけにもいかない。指揮系統が統一できていないのは、組織として致命的だからだ。
俺としても《革命軍》の代表は《聖女》にやってもらったほうが都合が良い。聖女の下に付くのは予定のうちだったが――逆に言えばそれ以外の下に入るつもりは無かったし、俺の兵隊である《百鬼夜行》を俺以外の人間に指揮させるつもりもなかった。
《聖女》と折衝を重ねた結果、《百鬼夜行》は独立性を保ち、《革命軍》の一翼を担うこという形に落ち着いた。だから俺も幹部――ダインやウィズベキスタと同等の地位として会議に出席しているのである。
軍事を預かるはずのダインにとって、自分とは別の指揮官が出てきたのは不愉快極まりないだろう。ましてそれが、自分を軽んずるとあればなおさらだ。
視線だけで俺を殺そうとしているかのようなダインを無視して、俺は続ける
「それに篭城――『守り』の戦いとなると、バスカヴィル伯爵を逃す可能性が大きくなる。奴らは不利になったら撤退すればいいんだからな。そして再度兵を集め、改めて戦いを挑んでくるだろう。消耗した我々は「次」の戦いに耐えられない。俺達が勝つには、この戦で伯爵を討ち取ることが不可欠なんだ」
野戦と違い、篭城戦ではこちらに機動力が無い。極論、伯爵が自軍の後ろで指揮に徹するならば、伯爵自身の危険は殆ど無い。必然的に、俺達は消耗戦を強いられるのである。
篭城戦は兵力の差を埋める戦術ではあるが、その兵力の差で勝敗が決まる戦術でもあるのだ。
「では、どうするつもりなのですか?」
聖女の問いに、俺はにやりと笑った。
「篭城するのさ」
「舌の根も乾かぬうちに何を! ふざけているのか、貴様!」
前言を翻すかのような俺の意見に、ダインが我慢できないとばかりに怒鳴り散らす。
「あんだとテメェ!」
「旦那に舐めた口を利いてんじゃねぇぞ!」
ダインの怒声に、俺の周りに控える《百鬼夜行》の面々が罵声で応じた。手を振ることでそれを宥め、俺は続ける。
「ふざけていない。篭城戦が下策なのは、援軍の当てが無い場合だ。だったら援軍を用意すれば良いんだよ」
「援軍、ですか。我々に力を貸してくれる人々が他にもいると?」
珍しくヴィズベキスタが口を挟んだ。ここ数日で解ったことだが、彼は基本的に全体の方針や軍事に関しては口を出さない。初めて俺と聖女が顔を合わせ、同盟を決めたときも殆ど発言をしなかった。
だがその後、聖女騎士団の受け入れについて打ち合わせしたときは、エレンやイザベラと大いに意見を意見をぶつけ合ったらしい。どうやら裏方に本領を発揮する人間のようだ。商人と言うのは本人の弁だが、それが本当かもわからない。謎の多い――怪しい男である。
「いや、そんな心当たりはないし、あったとしても、今からそいつらをまとめて軍として仕立て上げるのは不可能だ。俺が言ってるのは、前もって兵を二つに分けて伏せておき、領主軍が城攻めを始めてから『援軍』として送り込むって事さ」
つまり砦を囮にし、事前に伏せておいた本隊で無防備になった領主軍の背後を突くのである。
「ふん、馬鹿め。砦の周囲は開けていて、兵を伏せる場所など無いわ。所詮は子供の浅知恵よ!」
俺の作戦にダインが鼻を鳴らすと、シュトリが噛み付いた。
「黙れよオッサン。さっきテメェには浅知恵も無いことが証明されたばかりじゃねぇか」
「何だとこの小娘が!」
ダインが椅子を蹴って立ち上がる。この場でシュトリに殴りかからんばかりだ。シュトリもそれに応じるように拳を握る。
「ダイン。口が過ぎますよ」
「シュトリ。少し落ち着くんだ」
しかしシャーリーアレンがダインを、カイムがシュトリをたしなめる。それを尻目に、俺は淡々と作戦の説明を続けた。
「隠れる場所は無くて良い。ただ、遠くに伏せろ。そうだな、最低でも行軍に丸一日かかる距離だ」
俺の言葉に、ダインはもちろん、シャーリーアレンやヴィズベキスタ、シュトリにカイムまでが目を剥いた。
「馬鹿な! 遠すぎる!」
「だからこそ、さ。領主は伏兵を警戒して周囲を念入りに索敵するだろう。だがそれは精々砦の周辺だけ。まさかそんな遠くから来るとは思うまい。領主軍はおそらくあと二日ほどで到着する。今から兵を出立させ、一日北へ進む。そして明後日の朝には反転。領主軍の背後に回りこむように移動する」
軍隊の行軍速度というのは、歩兵でだいたい一日20キロくらいだったはずだ。領主が伏兵を探るとしても、そんな遠くまでは探さない。索敵が戻ってくるのにも時間が掛かるからだ。
「……兵が疲労して使い物にならなくなるのでは?」
「休憩はこまめに取れ。行きに一日かけた距離を、二日で移動するくらいの気持ちでいい。領主軍も一度城攻めを始めてしまえば綿密な索敵など行わないし、まして自分達が通ってきた場所だ。ある程度距離が近くても気付かれはしない。領主軍が見える地点に来たら、残りの距離を一気に詰めて領主軍を背後から奇襲する」
それでも兵に疲労は残るだろうが……無策で突っ込むよりもよほどいい。質問したヴィズベキスタもそう思ったのか、納得したように頷いた。
「兵はどのように分けるおつもりですか?」
「本隊は《聖女騎士団》。篭城は俺達《百鬼夜行》が行う」
「……いいのですか?」
俺の答えに、シャーリーアレンを初めとした《聖女騎士団》の面々は――ダインまでもが――意外そうな顔をした。
この作戦は篭城組の危険が大きい。援軍組みは不利になっても撤退する余地があるが、砦を包囲されるであろう篭城組には逃げ場は無いからだ。
「ああ。それと、そっちの非戦闘員も砦で預かろう――彼らにも篭城戦に参加してもらうつもりだ」
「……女子供を戦わせるつもりですか?」
自身も女だろう『聖女』の問いに、俺は肩をすくめた。
「何も先頭で剣を振れというわけじゃない。油を煮させたり、石を運ばせる程度だ。男衆には弩くらい撃ってもらうかもしれんがな」
油も石も、城壁を登ってこようとする兵士めがけて落とす立派な武器だ。しかしその準備にせっかくの兵士を使うのももったいない。だから非戦闘員にやらせようと言うわけである。
《聖女騎士団》の兵士は十四歳以上、四十五歳未満と決められている。しかしそれは主に行軍についていけないから、という理由であって、移動しない篭城戦ならば何の問題も無い。
「砦は、持つでしょうか」
「領主だって到着して直ぐに城攻めを始めたりはしない。兵を休ませるために一晩置くだろう。だから、実質上は一日持たせればいいことになる。それぐらいは何とかしてやるさ。もっとも、それ以降はそっちの働き次第だな」
俺がにやりとダインに笑いかけると、《聖女騎士団》の将軍はしかめっ面を浮かべながらも頷いた。
「言われるまでも無いわ」
「なら問題ないな。どうする、『聖女』様?」
俺の問いかけに、『聖女』は黙考するようにしばし目を閉じた後、頷いた。
「……解りました。ソラト殿の作戦で行きましょう」
『聖女』が立ち上がり、自分に従う者達へと向き直る。
「この戦に勝てば、私達は未来を掴むことができます。戦いましょう。明日の為に!」
「明日の為に!」
「未来の為に!」
「自由の為に!」
『聖女』の呼びかけに《聖女騎士団》の面々が声をそろえる。
しかし俺を初めとした《百鬼夜行》は、そんな彼らを無言で眺めるだけだった。