第十五話:黒い太陽
百を超える兵士を屠った翌朝、俺はシュトリが制圧したであろう砦へ向けて出発した。
ライオネル達には村人達を使ってバスカヴィル兵の装備を回収した後、持てる限りの物資を持って合流するように命じておいた。荷造りにも、女子供を連れての移動にも時間がかかる。砦の方で受け入れ準備もしなければならない。だから俺はエレンとカイムだけを連れて先行したのである。
パイルヘッドを走らせても、砦に到着するまで丸一日。その間不眠不休で「後片付け」をしていたのか、砦に戦いの痕跡は殆ど残っていなかった。それでも所々に残った血の跡や、剣で切りつけたと思しき傷が、この砦で行われた惨劇を伺わせている。
「ソラト、待ってたよ!」
砦の責任者が使っていたらしい、他よりも広く作られた部屋では、満面の笑みを浮かべたシュトリが待ち受けていた。俺を出迎えるにあたって気を使ったのか、服にも体にも血の跡は無かった。しかし疲労は隠せないのか、目の下には薄くクマが浮かんでいる。
「ちゃんとソラトの言う通りにやったよ。ね、褒めて褒めて」
シュトリの声は浮かれていた。寝不足で躁状態になっているのかもしれない。
「ああ。ご苦労だったな」
長椅子に腰掛け、隣に飛び込んできたシュトリの頭を撫でてやる。シュトリは目を細め、その白い頬を朱に染めた。なんとなしに、そのまま彼女の髪を弄ぶ。
「で、これからどうするつもりなんだい? 領主と戦うには、まだ戦力が足りないと思うけど」
その様子を、苦笑交じりに眺めていたカイムが、シュトリとは反対側に座って尋ねてくる。俺は丁度二人に挟まれるようになった。二人の肩に手を回し、俺は脚を組む。
「確かにな。何しろ、相手の数が数だ」
俺はアルクスに居る間、手下を使って様々な情報を集めていた。そのうち一つはバスカヴィル伯爵領の戦力についてである。
バスカヴィル領の戦力――騎士や兵士として雇用されている数が、約三千。これはかなり――いや、異常なぐらい多い。
兵士は金がかかる。武器や鎧、軍馬は高級品だ。一人分を揃えるだけでも一財産である。その上、兵士は生産に寄与しない。つまりその分、他の人間の負担が多くなるのだ。だいたい人口の1%ほどが、平時から維持できる兵の数だと言われている。
バスカヴィル領の人口は約十万人ほど。だとすると、適切な兵の数は千人となる。
だが、実際にはその三倍の兵士が居るのだ。当然、財政にかなりの負担を強いることになる。
単純な生産力で見れば、バスカヴィル領はそんなに悪い土地ではない。だが、兵の維持費で金がかかってるせいで税が高くなり――それが農民たちの反乱に繋がった。
現在、俺に従う人間の数は七百を超えている。しかし、そのうち戦力になりそうなのは二百五十ほどだろう。領主の軍勢とやりあうには、いささか戦力が足りない。
だが――
「兵なら居るじゃないか……『聖女騎士団』が、さ」
口の端を吊り上げる俺に、カイムが眉を寄せる。
「南部の反乱を利用するつもりかい?」
「ああ。奴らは秘密裏にアルクスにも手を伸ばしていてな。既に、向こうの人間にも接触した。連中は『聖女騎士団』なんて名乗ってるが、その実態はレジスタンスに近い。つまり、大規模な拠点を持たず、地下活動を中心にしているんだ。だから長く生き残ることが出来たんだが――逆に言えば、だからこそ大きな成果を上げられていなかった」
これまでの『聖女騎士団』の活動は兵士への襲撃や徴税の妨害など――つまりテロであり、所詮は嫌がらせに過ぎない。彼らの目的は――少なくとも表向き――農民の地位向上
である。その点において彼らは成果を上げることが出来ておらず、逆に領主側が農民への弾圧を加速させたことによって、『聖女騎士団』の幹部達はかなり焦っているらしい。
「そこで俺が拠点を与えてやろうというわけだ」
テロで政権は取れない。政権が欲しかったらテロではなく、クーデターを起こさなければならない。
バスカヴィル領を変えるには、領主の軍勢を正面から打ち破り、伯爵を討ち取ることが不可欠だ。拠点、それも小さいながらも砦を手に入れれば、彼らはそこに兵力を集めようとするだろう。
「じゃあ、『聖女騎士団』と手を組むってことで良いんだね?」
シュトリの確認に、俺はにやりと嗤った。
「手を組むんじゃない。傘下に加えてくださいとお願いするのさ」
シュトリとカイムは、二人とも目を丸くしている。俺が誰かの下に付くとは思わなかったらしい。
「まず『聖女騎士団』の内部にもぐりこむ。数はともかく、戦力は奴らと比べて劣るもんじゃない。砦を奪ったという実績もある。発言権は決して小さくはならないだろう」
「つまり君は『聖女騎士団』を、内部から乗っ取ろうと言うのかい?」
カイムの言葉に、俺は頷いた。
レジスタンスは秘密主義だ。衛兵の目を逃れるため、一箇所に大人数で集まることは無いし、新参者は幹部や他のメンバーにおいそれと接触できない。
だが拠点を手に入れた『聖女騎士団』が『レジスタンス』ではなく『反乱軍』として活動するようになれば、逆に人は集まり、幹部も表に出てくる。そうすれば他のメンバーを取り込んで勢力を伸ばすことも――邪魔者を暗殺することも容易になる。
そうして『聖女騎士団』内部で主流派になってしまえば、千を超える戦力が手に入る。
「ソラト様」
俺が邪悪な考えを巡らせていると、部屋にノック音が響いた。
入ってきたのはエレンだ。彼女の装いは俺のモノに良く似た黒革の鎧だ。腰のベルトに短剣を下げ、何本かの投げナイフを差している。
エレンが普段している仕事はもっぱら俺の身の回りの世話だが、彼女も元々は盗賊団の一員である。今回は戦闘要員としても働いてもらうつもりだった。
「準備が出来ました。塔の方にどうぞ」
「解った。直ぐに行く」
俺とエレンのやり取りに、シュトリが首を捻った。
「準備って……何かするの?」
「お披露目だよ、お披露目」
「お披露目?」
鸚鵡のように言葉を返す彼女に、俺は口の端を吊り上げる。
「いい加減俺達にも、掲げる旗が必要だと思わないか?」
俺の言葉に、カイムは何か察したように頷いた。
「つまり、ギルドを結成しようってことかい?」
「正解」
俺はまだ「俺とその手下」という集まりに名前を付けてはいなかった。何故ならば、俺は手下を道具としか見ていないからだ。俺が剣を握ったからといって、それは俺であり、「俺と剣」という括りは必要ない。
だがこれから人数が増え、他者との接触が増えていく以上、組織としての体裁を整えなければならない。俺とその配下を指し示す、一つの名前が必要になる。
名前には力が宿る。俺達の所業と共に名が広まれば、その名前だけで人は萎縮し、恐怖するだろう。
「必要なんだ。これからもっと勢力を広げていくために。聞くもの全てが恐れる名前と、見るもの全てが慄く旗が」
エレンに先導され、シュトリとカイムを引き連れて、俺は回廊を進む。回廊の先には石造りの塔が聳え立ち、その頂上には旗が掲げられていた。
「見ろ」
俺は足を止め、背後の二人に指し示す。
その旗を見て、カイムは息を呑み、シュトリは目を見開いた。
風に翻る、暗く濁った、禍々しい赤。
そしてそこに描かれる、漆黒の太陽。
我らが故郷の御旗を準え揶揄した、邪悪の象徴。
「ギルドの名前は――《百鬼夜行》なんてどうだ?」




