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Undivided  作者:
第一章:天魔生誕
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第十四話:真夜中の殺劇

 バスカヴィル領では領内にいくつかの砦が築かれている。アルクスの北東に位置するリーズクジカという町の近郊にも、レテ砦と呼ばれる砦が存在していた。

「み、水をくれぇ!」

 その砦に慌てた様子で兵士が一人、駆け込んできた。顔に汗をびっしりと浮かばせており、余程急いできたのだと解る。

「おいおいなんだ? そんなに慌てて」

 砦につめていた兵士たちが、何事かと集まってくる。そのうち一人が水の入った杯を渡すと、駆け込んできた兵士は貪るように飲み乾した。

 そして杯を叩きつけるようにして置くと、叫んだ。

「テルミナの村が、賊に占領された!」

「テルミナの村だと……?」

 兵士たちは怪訝そうな顔になった。

 テルミナは、反乱の疑いをかけられている村の名前だ。

 南部での反乱を受け、定期的な巡察が行われている。先日、テルミナの村へと巡察に向かった兵士達が、若い男達に襲撃された。男たちはテルミナの住人を名乗り、領主への反乱を表明したのである。

 事の真偽を確かめるため、昨日、ゴルゾフという騎士が兵を率いてテルミナへと向かった。ゴルゾフは以前、逆賊が起こした騒ぎに家族が巻き込まれ、命を奪われている。それ故、ゴルゾフの逆賊に対する憎悪は深い。テルミナへの調査に手を抜くことは無いだろう。近日中にも、賊についての情報が得られるだろうと楽観していたのだが……。

「逃げ出した村人がリーズクジカに駆け込んだんだ。村人は全員とっ捕まって、村に向かった連中もやられちまったらしい」

 村人も捕まっているとなると、村は賊とは無関係だったようだ。あるいは一部の若者が決起し、賛同しないものを捕らえたのかもしれない。

 それにしても、盗賊まがいの連中に後れを取るとは情けない。兵士たちは敗れた味方の失態を嘆いた。

「賊の数は?」

「正確な数は解らんが、話では百はいなかったからしい」

 逆に言えば、百に近い数がいるということでもある。この砦の兵士の数は三百ほど。ゴルドフが五十名連れて行ったので、残りは二百五十。砦の守りも考えれば、連れて行けるのは百五十ほどだろう。

 もちろん日ごろから訓練を重ねている兵士達と農民では戦闘力に大きな開きがあるが――かといって犠牲無しに勝つのは難しい数でもある。

「……応援を要請しますか?」

 兵の言葉に、砦の責任者である騎士、リヴァールは首を横に振った。

「いいや、この砦の兵だけで鎮圧する。戦の支度をしろ」

 彼がそういう判断をしたのは、村人の伝えた「百はいない賊」がその数を大きく減らしているだろうと推測したからだった。日ごろから苛烈な訓練を行っているバスカヴィルの兵士たちが一方的に敗れたハズが無い。となると、賊と兵の戦いは苛烈を極め、賊の辛勝に終わった、と考えられる。その勝利も、奇襲だったこと、兵が村人を庇いながらの闘ったことが理由だろう。

 それに、悠長に応援など呼んでいたら、おそらくその間に賊は姿を消す。今でも時間的にギリギリだろう。今すぐ出るべきだ。

「まったく、頭が痛いな……」

 本来バスカヴィル領は豊かな土地なのだが、五年前に始まった北との戦争に加え、ここ数年不作が続いたことが原因で、農民の生活は困窮している。おかげで一部の農民が野盗と化し、義賊を称して領内を荒らしていた。

 賊は早急に排除せねばならない。バスカヴィル領はルイゼンラート最北の地であり、憎きラーヴァニアと国境が接している。この地が乱れれば、好機と見たラーヴァニアが再び侵攻してくるかもしれない。

 決意を新たにしたリヴァールは、賊を鎮圧すべく準備を進めた。


「こ、これは……」

「ひでぇ……」

 砦からテルミナの村へは、丸一日近くかかる。馬を飛ばせばもっと早く到着できたのだが、兵の大半は歩兵だ。武器と鎧を身につけた兵士の歩みというのは、どうしても遅くなりがちなのである。空は既に暗くなり始め、気の早い星が顔を覗かせ始めている。

 村に到着した兵士たちが見たのは、執拗に傷つけられ、原型すら留めなくなった無残な死体だった。おかげで兵と賊どちらの死体かという区別どころか、数を数えることすら難しいだろう。その凄惨さに兵士たちは顔を歪めることしか出来なかった。

「……武器も鎧も盗られているな」

 死体はもはや挽肉と化しているが、そこに金属の輝きは無い。おそらく賊が持ち去ったのだろう。もともと農民の集まりである逆賊は装備が不足している。だから殺した敵の持ち物を奪うことだってする。解ってはいるのだが、気分の良いものではない。

「リヴァール卿、生存者が見つかりました!」

 建物を捜索していた兵士から報告が上がる。村人達はいくつかの家にまとめて捕らえられていた。縄で縛って放置しているだけで、怪我をしている様子は無い。

 賊の姿はどこにも無い。逃げた後のようだ。

「騎士様! 賊は山の方に逃げました!」

「そう時間はたっていません! 我々は大丈夫ですから賊を!」

 拘束を解かれた村人が、口々に訴えかける。そのことに、リヴァールは小さな違和感を覚えた。

 村人達は暴行を受けた様子もないし、若い女が連れ去られたりもしていない。略奪も無かったようだ。

 ――逆賊は義賊を称し、農民の解放を掲げている。だからこそ同じ農民に手を出す真似はしなかったのだろう。

 村人からしたら、逆賊は決して敵ではない。むしろ、貴族に反抗するという行為に爽快感を覚えすらするだろう。リヴァールは自分達が農民から恨まれる立場であるということを、ちゃんと理解していた。

 しかし村人は、リヴァール達に賊を追ってくれと叫んでいる。

 どういうことだ――だが、リヴァールの疑問は直ぐに氷解した。

「お父さん……お父さん……」

 解放された娘が、亡骸の1つにすがり付いていた。その死体は原形をとどめていた。おそらく、娘の父親だろう。

 賊と兵士の戦いに巻き込まれたか、とリヴァールは判断した。それなら村人が逆賊に反感を持つのも解る。

 どうやら賊は村から離れ、近くの山へと入ったようだ。次の目的地へ向かうための通り道なのか、あるいは山に賊の根城があるのかもしれない。

 リヴァールは内心で舌打ちした。既に日は落ちている。夜間の、それも山での捜索は困難を極める。唯一の救いは、向こうの歩みも遅くなるという点か。

 リヴァールは念のため兵士を何人か村に残し、追撃することに決めた。不安要素はあるが、ここで賊を逃がすわけには行かない。

「行くぞ、皆の者! 害虫どもを踏み潰すぞ!」

 リヴァールの声に、兵士たちは雄叫びで答えた。

 それを村人達が、暗い目で見ていることに、彼らは気がつかなかった。


「兵がこっちに向かってるそうだよ」

「そうか」

 村の裏手、木々の生い茂る山の中で、俺はカイムと共に敵を待ち受けていた。

「数は?」

「百五十くらい。……ねえ、何でわざわざ、兵に反乱を伝えたんだい?」

「向こうが来るタイミングを、こっちでコントロールするためだ」

 あの後、村人達に事細かな指示を出した。そのうち1つは、近くの砦に反乱の知らせを走らせることだった。

 村に居た兵士は皆殺しにしてしまった。バスカヴィル兵士が、村に向かった仲間が帰ってこないことに気づき、再度部隊を編成し、それからやってくるとなると何時になるかわからない。だからこっちから兵が攻撃されたことを伝え、動かしたのである。

「もう1つは、村と反乱が無関係だと思わせておくためだ。『いきなりやってきた反乱軍に村が襲われた』って泣きつきに行けば、まさか村の人間が反乱を起こしているとは思わないだろう」

「……君のことだから、村人たちのことを思って、というわけじゃないよね」

「当然だろ」

 カイムの問いに、俺は嗤った。

「油断したところを、後ろから刺すためだ」

 反乱軍に襲われた被害者として振舞えば、そうそう疑われはしない。おそらく連中は村に何名か兵を残すだろう。それを村人達に襲わせるのだ。離れた場所にはパイルヘッドを連れたライオネル達も潜ませてある。

 そして――村を離れ、追ってきた兵士の相手をするのは、俺とカイムの二人だけだ。

「割り当ては俺が百。お前が五十だ」

「……おや、私が誰だか忘れてしまったのかな?」

 グレイブを抱えたカイムが、艶然とした笑みを浮かべた。

 『黄金宮』覇者の称号は伊達ではない。正面からの戦いなら、間違いなくカイムは俺よりも強いだろう。

 しかし、

「夜間の戦闘は俺の十八番だ。山の中じゃ、お前の長柄は扱いづらいだろうしな」

 もうじき日が暮れる。街灯も無いこの世界の夜は、暗い。まして山の奥ともなれば、深い闇が訪れる――《暗視》スキルを保有している俺にとって、絶好のバトルフィールドが。

「それに、お前こそ忘れてるだろ――俺が誰かってことをさ」

 暗闇で見え難くするため、黒く塗られたナイフを弄びながら、俺は笑みを浮かべた。


 賊が逃げたと思われる山へと足を踏み入れた兵士たちは、その悪路に大いに悩まされることになった。

 なにしろ、人の手もはいっていない山道である。道は凹凸が激しく、草が生い茂り、木の根が突き出している。道と呼ぶことすら疑念が湧くような地面だ。歩くだけで体力を消耗し、気を抜けば足を捻り、尖った枝で傷を負いかねない。もちろん馬で駆けることなど出来ようもなく、リヴァールは愛馬を置いて歩いていく羽目になった。

 しかし幸いなことに、はそれは賊にとっても同じだったようで、邪魔な下草を踏み倒し、切り払った痕跡がはっきり残っていた。おかげで賊を見失うということは避けられそうだ。

 しかし――

「うわぁ!」

 唐突に兵の一人が悲鳴を上げた。何事かと思えば、地面に足首ほどの深さの穴が掘ってあったのだ。そこに足を取られたのである。

「こしゃくな真似を……」

 穴は明らかに人間が掘ったものだ。罠のつもりなのだろうか。だが、こんな悪戯じみた罠では兵を殺すことなどできはしない。

 そう思った。だからかまわず進んだ。

「――うお!」

「――いてぇ!」

 それが間違いだったかもしれない。

 確かに罠は人の命を奪う類のものではなかった。地面に掘られた穴、足首の高さに張られた縄、草を結んだだけの粗末な罠もあった。だが、足を痛めて歩けなくなった者が出た。倒れたときに手首を捻った者もいた。

 もちろん兵士達も、警戒はしていた。だが、夜の闇によって視界は悪い。松明の限られた明かりではどれほど警戒していても、全ての罠を発見することは出来ないし、そんなことをすれば歩みは遅くなる。

 少しずつ、本当に少しずつ――戦力が削られていく。

「まずいな」

 リヴァールは呟いた。このままでは追撃どころではない。

 ――撤退すべきか?

 だが、何の成果も上げられないまま退くことはできない。見栄以上に、賊を逃せばまた被害が出るかもしれないと言う点に抵抗がある。

 責任感の強さが、彼を躊躇わせた。

 だから彼は死ぬことになった。

「リヴァール様! 明かりです!」

 兵士が指し示すほう、木々の間から、確かに明かりが見えた。

 山奥に民家があろうハズも無い。おそらく賊が野営しているのだ。追いついたのである。

「よし。慎重に、囲むように近づくんだ。逃がしてはならん」

 リヴァールの指示で、兵士たちは明かり目指して広がるように近づいていく。そのまま徐々に距離を詰め、そして――

「お、女?」

「やあ、こんばんは」

 彼らが見たのは、少し開けた場所で焚かれる火と、その傍に座る黒髪の少女だった。異国風の顔立ちをした美少女は、武器を構えて近づいたリヴァール達を見て、驚く様子も無く微笑んだ。その笑顔に、こんな時だと言うのに、リヴァールは頬が赤くなるのを自覚した。

「君はいったい、それに、何故こんなところに……いや、それよりも、このあたりで武器を持った男たちを見なかったか。我々は領主様に仕える兵士だ。反乱を企てる逆賊を追っている」

「ああ、それなら知ってるよ」

 リヴァールの問いに、気軽な口調で答えた少女は立ち上がると、脇においていた長柄の武器を取り上げた。グレイブの刃に、焚き火の明かりが映り、揺らめいている。

「私もその一員だから」

 リヴァール達が少女の言葉を理解するのに、少しばかりの時間が必要だった。

 そしてその間に、少女は滑るような、しかし恐ろしく素早い動きで兵の一人に近づいた。

「《撥ね魚》」

 少女は小さな呟きと共に、下から救い上げるような一撃で兵士の剣を弾き飛ばし、

「がっ……!?」

 迅雷のような突きで、その喉を抉った。兵士は驚愕を顔に貼り付け、何か言おうと口を開き――絶命した。

 地に倒れ付した兵士に、少女は哀れみの目を向けた。

「君達に恨みは無いけど、『彼』の命令なんだ。『彼』の敵は、私が排除しなくてはならない……」

 しかしそれも一瞬のことで、少女の瞳に冷徹な意思が浮かび上がる。

「だから――見逃してはあげられない」

 そう宣言した少女は、まるで夜叉のように恐ろしく、そして美しかった。

「くっ……そいつは賊の仲間だ! 捕らえろ!」

 リヴァールの号令で、兵士たちが表情を引き締め、剣を構える。

 ――その数が明らかに少ないことに、リヴァールはようやく気づいた。

 思わず視線を巡らせたリヴァールは、視界の端で何かが動くのを捕らえた。

 それは、ある兵士の後ろ、闇の中から静かに現れた。

 体にぴったりと張り付く黒い衣装に、黒革の軽鎧と兜の黒尽くめ。頭部全てを覆う兜には目の部位分にだけ穴が空けられており、そこからは残虐さを湛えた瞳が覗いていた。

 黒ずくめは兵士に背後から忍び寄ると、片手で兵士の口を塞ぎ、もう片方の手に握る、黒塗りされたナイフを、鎧の隙間に突き刺した。

 兵士は痙攣し、やがて全身から力が抜ける。それを抱えるようにして、黒づくめは闇へと消えていった。

 ――全ては、ほんの数秒の間に行われた。

「敵だ! 後ろにも居るぞ!」

 我に返ったリヴァールは、引きつった声で兵士に警告した。自分が今見たのと同じことが、幾度と無く繰り返されたのは間違いない。自分達が森に入ったときから、ひとり、またひとりと――まったく音を立てることなく、命を奪っていった。

 深い闇では、仲間を確認するにも一苦労だ。誰か居なくても、少し離れた場所に居るんだろうと思ってしまう。だから誰も気が付かなかった。

「――私を忘れてもらったら困るな」

 混乱したリヴァールの脳裏を、涼やかな声が通り抜けていった。

「《月光閃》」

 幾条もの光が闇を切り裂く。燐光を纏った高速の刺突が三人の部下を貫いていく。体中に風穴を開けた兵士達が倒れ、動かなくなる。

「うぎゃああああああああああ!?」

 背後からは部下の断末魔と、液体が飛び散る湿った音が聞こえてくる――それが何の音なのかは考えたくもない。

 バスカヴィルの精鋭達が、たった二人の敵に次々と討ち取られていく。

「畜生! 畜生!」

「やってられるか! 俺は死にたくねぇ!」

 兵達は恐慌状態となり、ついには勝手に戦列を離れ、逃げ出してしまう。

「何をしている!? 逃げるな! 戦え!」

 リヴァールは必死に兵を押し留めようと声を枯らすが、効果は無い。こうなってはしまえば、リヴァールも撤退するしかなかった。

「どうして……どうしてこんなことに……」

 罠を警戒する余裕など無い。とにかく一刻でも早くこの場を離れようと、兵士達は転げるようにして山を下った。村へとたどり着くことが出来た兵士は、初めの半数もいなかった。その彼らも無事とは行かず、身体のあちこちに傷を作り、消耗しきっていた。

 そして――

「な、なんだこれは!?」

 身体を引きずるようにして戻った彼らが見たのは、村に残していた兵士の無残な亡骸だった。

 体中を切り刻まれ――村に到着したときに見つけた、賊に襲われた兵の死体のようになっていた。死体の周りには、頭部に杭のようなものを生やした巨大なトカゲがうろつき、まだ生きている者はいないかと探し回っている。

 呆然とする兵士たちを、村人達が静かに取り囲む。男だけでなく、女子供、老人までもが手に武器を握り締めていた。

 歯をむき出し、瞳をぎらつかせる彼らの顔は、獣そのものだった。

「貴様ら、賊と結託して……」

 リヴァールの言葉が終わる前に、鉈を、斧を、剣を振り上げた村人達が、咆哮を上げて襲い掛かった。


 ――リヴァールが命の危険に晒されている、まさにその時。

 レテ砦の守りを任された、残り五十名の兵士達もまた、危機に瀕していた。

「くそ! くそ! 俺は悪い夢でも見てるのかよ……!?」

「化け物だ……人間じゃねぇ……」

 兵士達が恐れ、慄き、怯えているのは――たった一人の少女だった。およそ戦いとは縁のなさそうな、美しい娘である。

 しかし少女は強く、そして残酷だった。

「あははははははは! ほらほらほらぁ、もっと気張りなぁ! そうじゃないと殺されちゃうよぉ?」

 少女が黄金の髪を振り乱し、長剣を振るうたびに、ひとり、またひとりと兵が討ち取られていく。その顔には嗜虐的な笑みが浮かび、返り血によって彩られている。

 少女は初め、砦に保護を求めてやってきた。乗っていた馬車がモンスターに襲われ、危うく逃げ延びてきたのだという。

 美しい少女だった。幼い顔つきに小柄な体。それと相反するかのような胸と腰の膨らみに、砦の兵士達が色めき立つほどである。

 もちろん、彼女を怪しむ気持ちが無かったわけではない。しかし、少女の手は細く、やわらかく、およそ武器を扱う者の手では無かった。身なりもよく、しかも謝礼として惜し気もなく金貨を払ったことから、反乱を起こした農民の仲間でもなさそうだ。

 兵士達は疑いを解き、とりあえず朝まで休ませるため、彼女を砦に招きいれた。

 砦に入った少女が先ずしたことは――手近な兵士の首を、素手で捻り切ることだった。白魚のような指で、兵士の首と頭を鷲づかみにし、そのまま瓶の蓋でも開けるかのように捻り、捻る。耳を覆いたくなるような絶叫と共に、ぶちぶちと筋肉の繊維が千切れる音が響いた。赤い血が滴り、零れ、噴き出す。

 冗談のような光景に、誰もが目を疑った。少女は凍りつく兵士たちを尻目に、死んだ兵士から剣を奪うと、次の獲物に襲いかかった。

 剣を振るどころか持ち上げることさえ難しそうな細腕にもかかわらず、少女の剣技は鋭く、激しかった。我に返った兵士達が応戦するものの、犠牲者ばかりが増えていく。

 そして――暴れまわる少女に気を取られ、新たな敵が近づいていることに、兵士達は気付かなかった。

「姉御。ご無事ですかい!?」

「遅ぇんだよ! 早くコイツらぶっ殺せ!」

 見るからにならずもの然とした男達が砦に押し入り、兵士達に襲い掛かった。その数、二百以上。

「くっ……仕方ない。降伏する」

 砦に残った兵士は百も居ない。あまりに多勢に無勢である。敗北を悟った兵士達は武器を捨て、降参の意を示したが――

「あはは、やーだよ! みんな死ね! 死んじゃえ!」

 少女がそれを受け入れることは無かった。命乞いをする兵士たちを、嬉々として切り刻んでいく。その残虐さに、味方であるはずのならず者すら顔を青ざめさせた。

「あー、楽しかった」

 全ての敵を殺しつくした後、少女――シュトリは全身を赤い血に染めたまま、表情だけを恋する乙女のものへと変えた。

「これで、この砦はアタシらのモンだ……ソラト、褒めてくれるかなぁ」

 こうして、バスカヴィル領の砦、その一つが陥落した。

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