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第一話 早朝

「どうしてこんなことになったんだろう?」


 晴れた空は、砂漠から巻き上げられる黄色い砂で曇って、うっすらと霧のように霞んでいた。

 紅い外套を着込んだ黒い長髪の男は、公園の塗装が剥げたベンチに座って、鍛えられた体躯に似合わない重い息を吐いた。

 時刻を確かめようと懐に手を伸ばして、彼は苦笑した。

 以前使っていた懐中時計は人にあげてしまった。代わりに用意した軍用の腕時計は、仕事中ならともかく私用では使いたくなかった。

 今日、西部連邦人民共和国のハルダラ地方は収穫祭で賑わっていた。周りを見渡せば、カップルらしい男女が腕を組んだり、手を繋いだりして散策中だ。

 最近政府がやたらと打ち上げる、ヨウ化銀と魔法陣を組み合わせた人工降雨ロケットも、今日ばかりは打ち止めらしい。


「こぉんな天気のいい日だって言うのに、いったい俺はァ何をやっているんだ?」


 ベンチに一人座り込む自分が、酷く滑稽で、孤独に感じられた。

 そもそも何故このようなことになったのか。そもそもの原因を彼、ニーダル・ゲレーゲンハイトは思い返した。



七つの鍵の物語 ― 祝 祭 日 ―





 共和国暦一OO四年、霜雪の月(2月)22日目。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、ハルダラ領主の依頼による地下遺跡探索を完遂した。

 モンスターの溢れるハルダブラの遺跡に潜り、付近の村々を荒らしていた巨大蜘蛛や悪鬼を退治して、回収した金品と防衛用のマジックアイテム十一個を納めた。

 期限は一ヶ月という限られたものだったため、14日目に表層部以下一五階層を制圧した時点で、ニーダルは共に潜っていた養女イスカに自宅での待機を命じた。

 長銃を武器とする彼女は、洞窟や地下施設での戦闘では本来の実力を発揮できない。彼女の安全を鑑みた上でも、妥当な措置だと思っている。

 だが、単独で残り一九階層を制圧するのは、熟練の遺跡探索者であるニーダルをしても骨だった。

 第六位級契約神器(アーティファクト)エルヴンボウ。ライプニッツ地方の古代遺跡から発掘した強力な魔銃(オーパーツ)を持つイスカは、単独でもニーダル以上の殲滅力を発揮する。背中を預けるようになってからの数ヶ月、どれほど彼女の援護に頼っていたかを、彼は思い知る羽目になった。

 それはさておき、依頼は果たした。謝礼を受け取ったニーダルは、自分とイスカの海外口座に振り込んで、夜の街へと繰り出した。ハルダラの領主は商才の無いベーレンドルフ軍閥に属する癖に、金払いが良かった。女の子をナンパし、夜の街で遊び、浴びるほど酒を飲んだ。

 明けて、霜雪の月(2月)23日目の朝。悲劇は起こった。

 激戦の疲れと二日酔いで朝寝を愉しんでいたニーダルを、養女のイスカと、彼女の愛銃に宿る神器の意思ベルゲルミルが叩き起こしたのだ。

「パパ。お掃除、しよう」

「いつまで寝ているのです。この甲斐性なし!」

「……」

 桜色の花柄の寝巻きを着た蜂蜜色の髪の娘と、彼女の腕に抱きついた灰色熊のぬいぐるみを、寝ぼけ眼のニーダルは呆然と見つめた。

 次の依頼はロアルド地方に決まっていた。一ヶ月暮らしたこの町も、二、三日中には発つことになるだろう。けれど、何も仕事が終わったその日に片付けに入らなくとも、と。

 ニーダルが焼いたパンと卵、イスカが刻んだサラダの朝食を終えて、二人は引越しの準備に入った。

 布団や洗濯物を干すことから始まって、ニーダルが家具や絨毯を引っぺがして掃き清め、イスカとベルゲルミルが雑巾を掛けて……、片付けは順調に進んだ。

 掃除が終わって、荷物の整理に入るまでは―――。

「捨てましょう。こんなゴミ」

「馬鹿言うんじゃないっ」

 灰色熊のぬいぐるみがポイポイと投げる切手や、酒瓶の王冠を詰めたファイルを、ニーダルは慌てて受け止めた。

「こ、このクソクマ。なァんてことしやがるんだ」

「もう使えない切手や金属片に何の価値があるんですか?」

「男の浪漫(ロマン)と収集家の魂! だいたい借り物だって入ってるんだぞっ」

「例のC.A.氏とやらですか」

「三倍速で走りそうなペンネームで格好いいよな」

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、基本的に無趣味な人間だ。

 ナンパの為の労力は欠かしたことがない為、雑学は豊富だが、何かひとつのことに入れ込むことはなかった。

 ところが、彼にとって最大の取引相手である、シュターレン軍閥領袖、エーエマリッヒ・シュターレンは、郵趣家として知られており、遺跡探索の依頼のついでに、切手の購入やはがきの郵送を頼むことも多かった。ニーダル自身もまた、言われるままに買い集めるうちに、旅の記念にと買い求め……、そうなると、自然他者のコレクションや希少な切手にも若干の興味が湧いてくる。

 ニーダルは、大都市の郵趣家の会合に顔を出し、地脈通信の掲示板にも足しげく通うようになった。彼は、そこで知り合った、C.A.なる者の「男の生き様」に大きな感銘を受けることとなる。

 彼が集めているのは切手よりもむしろ消印だったが、文通を始めるようになって、彼の語る切手に込められた造形美と、風景印や希少な消印、あるいは特定の数字と組み合わせることによる美術的な衝撃、犬馬の労を厭わず一途に理想のコレクションを追い求める求道精神は、ニーダルを虜にした。

 ……が、多くの趣味者がそうであるように、ニーダルもまた、というか、ニーダルだからこそ、周囲の無理解に苦しめられることになった。

 エーエマリッヒの息子、ツァイトリッヒなどは「君が郵趣!? 悪い冗談はほどほどにしたまえ。本当はポルノ鑑賞だろう? いや実演かな」と堂々と言い放ってくれたし、イスカも「ン。インクはつけないほうがきれい」とさっぱりわかってくれず、クソクマことベルゲルミルに至っては隙あらば捨てようとする始末。

 言い争うこと10分あまり、ついに灰色熊のぬいぐるみもニーダルの説得に折れた。

「わかりました。そこまで言うなら、私も鬼ではありません。代わりにこれらの酒を処分することで手をうちましょう」

 そう言ってベルゲルミルは、ニーダルが買い集めた希少な各地の地酒に駆け寄ると、低く小さな上背を精一杯伸ばして爪先立ちでよりかかり、よいせよいせと酒瓶を強引にゴミ袋へと押し込もうとはじめた。

「バ、バカヤロウ 酒こそが男の息の血を燃やすものじゃねーか」

 慌ててベルゲルミルの首根っこをひっつかんだニーダルは、唾のかかるような勢いで抗議した

「晩酌の一杯や二杯なら、文句は言いませんよ。だからって、こんなにもいらないでしょう」

「わかってねーな。月の晩に飲む酒。花を見て飲む酒。雨の音を聞きながら飲む酒……、それぞれに風情があり、その場にあった酒があるんだ。粋の息吹を感じたとき、好いた酒が目の前にある。それが大事なんじゃネーか」

「アレもダメ之もダメ。おまけに理由が男の浪漫だのと。浪漫でパンが食べられますか」

「男はパンだけじゃ、生きられねーんだよ」

「ああいえば、こう言って!」

 ニーダルの黒い瞳と、ベルゲルミルの円らな瞳が火花を散らす。

 至近距離で顔を合わせ、怒鳴りあう保護者達に、イスカはおろおろしていた。彼女にとってニーダルは養父であり、ベルゲルミルは養母のような存在だった。必死で息を吸って声をかけようとするが、どうしても口を開けない。

 泣きそうになって洟をすすり、それでも二人は気づいてくれなくて、とうとうイスカは意を決し、ニーダルの背にしがみついた。

「だめ、だよ。けんかしちゃ、だめ」

 背に触れた小さな手の感触に、ニーダルの沸騰(ふっとう)していた血の熱が、一気に冷めた。

「悪い。喧嘩じゃないんだ。熱くなって悪かった。ベルも、そうおも」

 振り返った熊を見て、ニーダルは一瞬気おされた。何が気に入らないのか、彼女は目を真っ赤に光らせて、獣の様に息を荒げて怒っていた。

「粗大ゴミは出てけ~~」

 こうして、ニーダルはぬいぐるみによって貸し宿を蹴り出された。


――

――――


 空は黄色くにごっていた。

 収穫祭で賑わう街は喧騒に酔い、若い男女は睦言を紡ぎ合い、ニーダルは公園のベンチで膝を抱える。

「あの熊、いつか必ず鍋にしてやる。言うにことかいて、粗大ゴミはないだろうが、粗大ゴミは」

 確かに、このところ家事はイスカに任せきりで、宿にもろくに帰れなかった。だが、それにはちゃんと理由があるわけで。

「イスカ、大丈夫だよな。まだ食材は残ってるし、金もあるはずだし。いざとなったら鳩を飛ばして連絡を……」

 いい年した男が公園のベンチの上で体育座りしてブツブツと呟く様は、はっきり言って格好のよいものではない。

 実のところ、それほど心配はないはずだった。イスカはニーダルの養女であると同時に、彼が背中を預るに足るかけがえのない相棒だ。一人で自給自足も出来るし、万が一スリや暴漢に襲われるようなことがあったとしても、余裕でり討ちにできるだろう。というか、ベルゲルミルが傍にいる以上、第四位級以上の神器と契約を交わした盟約者でもない限り、むしろ襲撃者の命が危ういはずだ。

 大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせるように何度も深呼吸して、ニーダルは不意に違和感に気づいた。

「ちょっと、待て。俺はなぜあいつらの心配ばかりしているんだ」

 体育座りを解いて立ち上がり、ニーダルは周囲を見渡した。休日の公園だ。腕を組んで歩く恋人達や、家族サービスに引きずり出されたらしい父親の姿が見えた。自分はどちらの側の人間だ?

 命知らずの冒険者として、血と汗に彩られた男道を歩んできたはずだった。だが、数ヶ月前、あの娘を引き取って以来、男としての牙がさび付いたのではなかろうか。

「雪祭り、見に行きたいのか」

「ンっ……」

 国中を転転とする仕事の醍醐味といえ、休日となれば、買い物や観光に連れ出される日々。

「花、見に行きたいのか」

「ンっ……!」

 最初は、ナンパのいいネタが出来たと喜んだものだった。観光地といえど、独り身の女性旅行者や、女性のみの旅行連れがいないわけじゃない。

 口うるさいベルゲルミルも、イスカを一緒に連れ出せば、文句は言わない。

 しかし、現実はそう甘いものではなく。

「そこの兄ちゃん。ワシ、腰を痛めてのう。悪いがフランクフルトを焼くのを、代わってくれんか?」

「しゃあねえなあ。爺さん、俺っちに任せときな」

 なぜか出店の屋台を手伝わされたり。

「兄ちゃん。演台を組み立てるんだが、人足がたりねぇんだ。給金は弾むから手伝ってくれ」

「しゃあねえなあ。ま、メインがなきゃあ盛り上がらねえしな」

 と、舞台設営の突貫作業を手伝わされたりする。

 どうやらイスカを連れたニーダルは、求職中の子連れやもめに見えるらしい。これでは、ナンパに来たのか祭りの手伝いに来たのかわかりはしない。おまけに。

「ええー、ほんとぉ」

「本当だって、あの切り台から見た雪桜が絶景で…」

 上手く女性に声をかけて、いい雰囲気になると、必ず。

「パパ、あっちでお花がさいていたの。いっしょに見よう」

「いつまでぶらぶら遊んでいるのですか。食事の時間です!」

 決まって邪魔が入るのだ。とくにあの熊が!

「これっていいチャンスじゃねえか」

 今日、あの熊はいない。どれだけ女を口説いても、どれだけ酒を飲んでも邪魔されない。

 ニーダルは懐から財布を引き出した。今日は祝祭日。銀行から金を下ろせず、手元には昼飯代のみ。だが。

「無いなら増やすのが男ってもんだろ!」

 駆け出す。

 紅い外套に吹きつける風に、自由を感じた。黄色く濁った雲も、薄汚れて割れた道路も、いちゃつくカップルも、世界の全てがニーダルを祝福しているようだった。

「はは。ははははッ。はーッハッハッハ」

 ニーダルの霜雪の月(2月)23日目の祝日は、こうして幕を開けた――。

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