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古戦場  作者: 空人参
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第一話

 静かな戦場に、二人分の足音が響く。ひび割れたアスファルトの上に不定形の何かが転がっていて、どことなく不気味な印象だった。


「ねえ、蛍。本当に行ってしまうんですか?」


 ふと立ち止まり、今にも泣きそうに震えた声で、背の高い女が言った。ギュッと握りしめられた手には、爪が食い込んでいた。

 蛍と呼ばれた女は、その言葉に足を止めた。目を二、三秒閉じて、声を掛けた女を振り返る。


「そうだよ。前から言ってるじゃん」


 振り返った蛍の視界には、涙を堪えるように俯いて小さく体を震わせている女が映っている。その女に近付いて、その腕をそっとさすった。


「ねえ、羽真。私だって、羽真と離れるのは寂しいよ。でも、別に会えなくなる訳じゃ無いんだから」

「分からないじゃないですか!そんなの……。わたしたち、いつ死んじゃうか分からないんですよ、こんな離島でも危険なのに、都会なんて行っちゃったら、もっと危ないんですよ!?」


 バッと顔を上げて、蛍の肩を掴んで揺さぶる羽真。その目には、堪えきれなかった涙が浮かんでいた。嗚咽を漏らしながら、蛍を繋ぎ止めるように捲し立てる。その声も段々と弱々しくなって、終いには絞り出すように「行かないで」と泣いていた。


「行かないで下さい、蛍。蛍がいなかったら、わたし、もう……」

「羽真……」


 大丈夫だよ、と意味を込めながら泣きじゃくる羽真を抱きしめる。もうここから去ることは決定事項なのだ。今更変えられるものではない。


「羽真、私達の仕事は何?」


 あやすようにそっと背中を撫でながら、問いかけた。急な質問にぽかんとしたあと、きゅっと唇を噛む。蛍の言わんとすることが分かったのだ。


「……対妖軍、ですもんねわたしたち」


 ここ数十年間、人間と『妖』と呼ばれる異常存在との戦争が続いている。妖は人知を超えた力を操り、次々と人間を殺していった。

 彼らの主張では、間引きをしているのだという。妖は古来より人間と共存してきた。しかし今では、人間が増えすぎて妖と人間の均衡が崩れているらしい。

 しかし、そんな理由で人間側が虐殺されるのを見過ごすわけにはいかない。世界中で、妖に対抗する機関が次々に設置され始めた。そして、ここ日本における妖に対抗する機関が対妖軍である。二人は、そこに所属して日々妖と戦っているのだ。


「確かに、妖は人が多いところだと強くなる。人の数だけ、妖の数も多くなる。羽真が心配する気持ちも分かるよ。でも、味方も沢山いるんだから大丈夫。それに、私が強いから向こうに呼ばれたんだ。信じて」


 少し落ち着いた羽真の目をしっかりと見て、そう言い切った。半分は羽真を心配させないように、もう半分は自分を奮い立たせるために。

 実のところ、蛍だって不安なのだ。一人で、もう殆ど知らない土地に行くことが。親友を一人、危険で味方も少ないこの離島に置いていくことが。


「……そう、ですよね。すみません、少し取り乱しちゃいました。うん、別にここから船も出てますし、蛍が東都に行ってしまっても会いに行けない訳じゃないですもんね」


 うん、と頷いて、羽真の背に回していた腕を外す。立ち上がって、彼女の腕をグイッと引いた。


「ほら、立って。そろそろ報告行かないと」

「……まだ、もう少しだけここにいちゃ駄目ですか?もう、妖は全部倒しましたし、報告が終わったら蛍は帰ってしまうでしょう?」


 まだ立ち上がりたくない、と駄々をこねる羽真にクスッと笑い、蛍ももう一度座り込んだ。しょうがないなぁ、なんて表情を緩めながら。


「蛍が東都に行っても、会いに行きますからね」

「うん、来て。メッセージも送る。……羽真、死なないでね」

「誰に言ってるんですか?死にませんよ。わたし、蛍と同じくらい強いの分かってます?」

「あはは、そうだね。羽真だって、強いもんね」


 話しているうちに、蛍の目にじわりと涙が浮かんだ。蛍の意思とは無関係にポロポロとこぼれる涙に、今度は羽真が慰める番だった。

 大丈夫、大丈夫と頭を撫でる。柔らかな萌黄色が温かく大きな手でくしゃりと撫ぜられ、髪に羽真の指が通る度に悲しくなってしまうのだった。


―――――――――――――――――――――


(……昨日、いっぱい泣いて良かった)


 東都へ向かう船に揺られながら、蛍はそう考えた。昨日羽真の前で散々泣いて気持ちを切り替えていなかったら、今頃海の上で泣いていたかもしれない。島のみんなに見送られて、それだけでも少し泣きそうだったのだ。


 ぼんやりと海を眺めながら、これからの生活に思いを馳せる。実のところ、蛍はあの離島で生まれ育った訳では無い。もともとは本土で生まれ育ち、十五歳の頃にあの島へ渡ったのだ。

 ある程度は調べはしたが、彼女が本土にいた頃とは大分様変わりしていた。そもそも、蛍は西都出身だ。東都の生活は分からない。


(やって、いけるのかな。私が、東都で)


 不安でいっぱいだが、引き返すことなど出来ない。国の組織から正式に命じられたことなのだ。ふーっと長く息を吐いて、じっと波打つ海を見つめていた。


「結城蛍さんですか」


 港に着くなり、見知らぬ男からそう声を掛けられた。真っ黒なスーツをきっちりと着込み、黒髪を七三に撫でつけ、黒縁の眼鏡をかけている。とにかく真っ黒で、真面目そうな男だった。

 荷物を抱えて、頷く。蛍は、この男が今日から働く対妖軍本部から派遣されてきた案内役だと悟った。


「対妖軍本部・第六小隊の白瀬賢吾と申します。本部へご案内致しますので、着いてきて下さい」


 そう男……白瀬賢吾は言ったかと思うと次の瞬間には身を翻してスタスタと歩き出した。見た目は真っ黒なのに名前は白なんだな、なんて考えていたらあっという間に白瀬の背中が遠ざかり、慌てて歩き出した。


 沢山の人が行き交う中を、白瀬はまるで魚のようにスイスイと歩いていく。人混みに慣れていない蛍は、人を避けつつ白瀬を追いつつで周りの景色を見る余裕など無かった。おまけに、慌てていたせいか東都の空気のせいか、咳が止まらなくなってしまった。

 ゲホゲホと咳をしながら歩いていけば、いつの間にか細い路地に入り込んでおり、白瀬が蛍の眼の前で立ち止まっていた。しかも、蛍の方を向いて。


「どうかされましたか」

「いえ、少し……」


 咳の合間でなんとか絞り出した言葉は、果たして答えになっていたのだろうか。暫く蛍の咳が止まるのを待っていたようだが、いつまで経っても咳をしているので、諦めたのだろうか、また歩き出した。

 蛍がそれを追おうとするとすっと手で制し、「ここにいて下さい。すぐ戻りますので」と言ってそのまま歩き去ってしまった。


(どうしよう、物凄い迷惑を掛けている……)


 なんとか咳を止めようとして息を少しの間止めてみたが、無駄だった。もう段々腹と胸が痛くなってきて、ぎゅっと体を丸める。辺りに人はいないから、何も気にすることなくそうすることができた。


(来たばっかで行きたくは無かったけど、一応先生の所に行っておこう)


 そう決意して、白瀬が戻ってくるのをじっと待った。


「おまたせしました」


 その声と共に差し出されたのは小さな袋に入れられた白い粉と水。咳止めだろうか、と思って手を伸ばす。

 生理的な涙で視界がぼやけて、目の前にあるはずの袋がなかなか取れない。見かねた白瀬が袋を開けて蛍に渡し、水の入ったペットボトルの蓋を開けた。

 白い粉を一気に煽る。すぐに手渡された水と共に喉に流し込むと、不思議なことにピタリと咳が止んだ。


「っはあ、ありがとうございます」


 ようやく落ち着いたことに安堵し、白瀬にお礼を言う。白瀬も白瀬で、殆ど表情が変わらないなりに安堵した様子を見せていた。


「咳が落ち着いて良かったです。それでは、案内を続けさせていただきます」


 何事もなかったかのように歩き出す白瀬の後を、今度は焦らず追いかける。少しスピードを落としてくれている。蛍はそれに気付いたし、それが彼の気遣いだということにも気付いた。ありがたいと思って、こっそり彼から見えないように拝んでおいた。



「着きましたよ」


 その声にはっとする。気付けば路地を抜け、明るい日差しの降り注ぐ開けた場所に出ていた。

 眼の前には鉄製の大きな門。その横には守衛が立っていた。ぐるっと範囲を示すように築かれた長い長い赤いレンガの壁の奥には、巨大な建物と広大な土地が見える。


「ようこそ、対妖軍本部へ」


 門を開けながら、守衛は蛍にそう言った。蛍も頷いてそれに応えた。

 建物につくまで、やはり白瀬が先を歩く。中に入ってみると、思いの外道が複雑で、覚えるのが大変そうだと思った。時々、「そこに罠がありますので気をつけて」だとか「そこを踏むと毒矢が出てきますよ」だとか恐ろしいことをさらっと言いながら歩くものだから、引っかからないかとヒヤヒヤした。蛍一人で歩けば、すぐに妖用に仕掛けてある罠にかかってしまいそうだ。


(ひ、広い……)


 もうこの敷地だけであの島くらいあるんじゃないか。そう考えてしまうほどに、歩いても歩いても本部の建物に辿り着けない。


「白瀬さん、あとどれくらい歩けば良いんですか……?」

「……ふむ、そろそろですね」


 何が。そう思ったが、その疑問はすぐに解消されることになる。

 瞬きのうちに、すぐ目の前に本部の白い壁が見えた。いきなりのことだったが、なんとなく予想はついた。蛍の隣に立っている真っ黒な男、白瀬賢吾の異能を使って何かしたのだろう。彼の異能は空間に作用するものだと結論づけた。


 異能とは、妖が使うのと似た魔法のような力だ。人間が生まれながらに所持し、それぞれ科学の域を超えた能力を発揮する。これは原則一人一つまでしか扱うことが出来ないが、稀に二つ以上操ることも出来る人が存在する。

 この異能を使えば、大抵のことは出来てしまう。例えば、火や水が出せたり、瞬間移動ができたり。


「到着しました。それでは、第六小隊の執務室へ案内致します……と、その前に」


 どうぞ、と白瀬がカードキーを差し出した。これがないと、本部に入ることは出来ないらしい。それを受け取って、カードキーをリーダーにかざす。特になんの音も無しに入口の扉が開いた。


「きちんと使えたようで何よりです。今後、そのカードキーはエレベーターの利用や施設各所の施錠解除にも用いますので、失くさないようにお気をつけ下さい」


 はい、と頷いてシャツの胸ポケットにしまう。ボタンもかかるし、一番取り出しやすくて安全な場所だ。


 入口正面には受付、その奥にエレベーターがあった。エレベーターに乗り込むと、白瀬は先程の蛍と同じようにカードキーをリーダーにかざしてから行き先のボタンを押した。


「第六小隊の執務室は四階になります」


 音もなく上へ上がっていくエレベーターの中、ほんの僅かな静寂が二人を包んだ。しかし、すぐに目的の階まで辿り着いてしまったがためにそれも長くは続かなかった。


「こちらを真っ直ぐ行くと……おや」

「……!」


 エレベーターの扉が開いた瞬間、異常な冷気が流れ込んでくる。空調が効いているとか、そういう次元では無い。体の芯から凍らされるような冷気だ。


(妖の気配がする。でも、こんな場所の一体どこに?)


 腰につけた武器の原体に手を添えながらあたりを見回す。特に妖のようなものは見当たらないが、確実にこの場にいると分かる。この冷気も、その妖が発生させたものなのだろう。


「小野田さん、その原体から手を離して下さい。非常事態でない限り、この区域での武器の使用は禁止されています」


 あまりに冷静な白瀬の態度に少しの疑問を抱きつつも、蛍は警戒を止めない。


「これは非常事態ではないのですか」

「ただの悪戯でしょう。うちの小隊には、悪戯好きの妖も在籍しているのですよ。後ほど、隊長に報告させていただきます」


 まさか、妖を殲滅するための機関に妖がいるとは。中には人間に敵意を抱いていないどころか人間に協力的な妖もいるとは聞いているが、まさか本部に、しかも蛍の所属する小隊にいたとは。


 そうならいいか、と原体から手を離す。この原体は、特殊な技術で作られているために使用者によって異なる形に設定することが出来る武器だ。主に妖専門の武器だが、普通に人間に対しても殺傷能力はある。これを規制するのは至極当然と言えるだろう。


「ご理解いただけたようで何よりです。すぐそこが第六小隊の執務室ですので、あとはお一人で大丈夫ですか?」

「あ、はい。ありがとうございました」

「仕事ですので。それでは、また後でお会いしましょう」


 軽く会釈をして、第六小隊の執務室を目指して歩き出す。ここには、他の小隊の執務室もその他の施設あるらしく、エレベーターに近い順に第一から並んでいるようだった。

タイトルは後から変更するかも

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