作戦開始
勇者の剣を奪う作戦…と言っても覆面をつけてユラディカ様の元へ現れて、そのまま奪うというだけだ。そして奪ったら、ペンダント型の収納マジックアイテムの中に入れ、次はハイヤーとしてユラディカ様を助ける。
マップは全て把握しているし、誰をどこに飛ばしたかも全て記録している。この作戦はこのダンジョンが自作だからできることだろう。
覆面をつけ、黒いローブを身に纏ったハイヤーは、やっと生成が完了したダンジョンマップを見る。
〈ほぉ、こんな構造なのか〉
「…ユラディカ様は…いた。かなり奥地へ進んでますね」
〈おい、こちらに向かってくる光があるぞ。…この挙動はダンジョンの壁を壊して進んでないか?〉
ヴァライがそう言ったのも束の間、左側の壁が破壊された。土埃が舞い、壁の破片が飛び散る中にも淡く発光する魔力が見えたので、強行手段を取った人物が分かった。
「ゴヴァ…!って貴方誰よ」
「…ッ」
ユラディカは間髪入れずに、見知らぬローブを着た人物に火球を打ち込んだ。ハイヤーはすんでのところで障壁の展開を間に合わせる。
「ちっ、中々ね。ちょっとワンコ、何大人しくしてるのよ!協力しなさいよ!。私、生捕りとか苦手なの」
〈…仕方がないだろう。ここで死んでも意味がない〉
「何言ってんのよ」
ユラディカがヴァライの言葉に混乱している。しかし、どうやっても彼女がハイヤーを見逃すことはしないだろう。
仕方がないと思い、激怒されることを受け入れ覆面を外した。
彼女は魔王と戦うゴヴァの安全ためにパーティーに入ったぐらいだ。性根は善い。きちんとした説明をすれば納得してくれるかもしれない。
「ユラディカ様、自分です。ハイヤーです」
「…はぁ?なに、ダンジョン効果でイメチェンしたの?」
「そんなわけないでしょう」
ユラディカはハイヤーとヴァライの顔を交互に見て、やっと杖を下ろした。
「端的に説明して。ゴヴァに何かあったらタダじゃおかないから」
◾️
「というわけで、勇者の剣を奪うためにこのダンジョンに入り、今から上奪いに行くところでした」
苛立っているユラディカに対して自分のスキルのこと、推測している勇者の剣のこと、それを引き継ごうとしていることまで話した。
ただしクソ王のことは話していない。あんなんでも一国の王であり、ウィンドル様のお父上だからだ。賢いユラディカのことだ。十分、勇者の剣の危険性が分かったことだろう———
「———良かった!あーあ、貴方は彼女を許容するのかと思ってたわよ」
「…話が見えませんが、どういうことです?」
「何言ってるの、勇者ウィンドルを脅威に思って処分したいんでしょ?」
処分?姫を?
「待ってください、私はただ」
そう、助けたいだけ。
「私もね、彼女のことは危険だと思っていたのよ。スキルひとつで相手を無力化できるでしょう。大軍でもお構いなし…だから前線に配置されたんでしょうけど。国王からの指示とかかしら?扱い切れなくなる前に…ってことでしょう」
ハイヤーの頭は怒りで赤く塗り潰された。
「……姫様は、行きたくて戦場に行ったわけじゃない!!そのスキルだって…!」
「なに、情緒不安定なの?落ち着きなさいよ」
あぁ、こいつは根っからの魔法使いだった。1人しかその眼中にはなく、他人の痛みを理解できない。人の感情を考えられない。人の心のかけらもない人でなしだ。
そんなことを今になってやっと気付いた。魔王を倒しだけの人材としてなら大正解だが、仲間としては不正解だった。
姫のことを強力な力を持った兵器としてしか考えていない。戦争のための道具という役割しか見ていない。
「…スキルだって…ただ彼女が産まれ持っていただけなんだ……」
道具というのは、事実、そうだが。
誰も彼も、姫のことを必ず戦いに勝てる道具だとしか思っていない。
広い目線で見れば、それこそ国王の立場からしたら、各地の戦争が収まってきた今、ユラディカのような考えに至るだろう。
〈ハイヤー、勇者のことを考えるのであれば今は怒りを抑えろ。そして魔法使いよ、貴様は勘違いをしている〉
「勘違い?」
ユラディカは本当に分かっていないようだ。
〈彼は勇者を呪いから解放し、少しでも姫としての人生を歩ませてやりたいのだ〉
「…貴方、随分ハイヤーに懐いたのね。私には全然もふらせてくれないのに」
〈彼は森にいる仲間が冒険者に不用意に狩られないように、法案を通そうとしてくれている。必ず俺を森に帰すとも言った〉
「だからいつも夜更かしなわけね。呆れた」
興味なさげな薄紫の瞳と目が合った。彼女はため息をついてから話し出す。
「…彼女、倫理がちょっと危ないじゃない。《最初の森》で言っていた言葉、覚えてる?まぁ貴方が1番理解しているでしょうけど」
「それは幼い頃から戦場にいたからで…時間をかければ必ず治ります」
「異常だと認識してるじゃない。正直私、彼女からゴヴァを守るためにパーティー加入したのよ。魔王はただの腕試し。サンドバッグにちょうどいいでしょ」
まさか魔王より危険度が高いと認識しているとは思わなかった。魔王から守るためではなかったのか。
「倫理は暴力のストッパーだもの。ワンコがこうやって理性的なのも、私がポーションにまじないをかけたからよ。社会規範を刷り込ませたの」
〈…?〉
「分からないでしょうけどね」
ユラディカは指輪を撫でた。
「いつウィンドル様が国家転覆を企てるか…テロを起こすか、それとも虐殺を行うか…分かったものではないと言いたいのですか?」
この相手が言いたそうにしていることを言うだけでも腑の煮えくりかえる思いだが、ヴァライの言う通り、それでは話が進まない。今は飲み込むしかなかった。
「そうよ」
「即答するんですね。これでユラディカが完全に嫌いになりました」
「倫理がふわふわしてると、いつ矛先を人類に向けるか分からない。魔族の支配地拡大って目標がある魔王より厄介よ———そんな人が魔王になっちゃうって話だけれど」
「そうさせないための作戦です。どうかこの話は内密に」
ユラディカからの協力は得られそうにない。彼女はウィンドル様が死んでも良いと、むしろそうするべきだと思っている側だ。せめて見逃して、この話を無かったことにしてくれれば良い。
「はぁ、非合理。でも見逃すわ。私はゴヴァを探したいんだもの。勇者の剣なんて知らない。姫の幸福もね。出てきた魔王は倒してあげるけど」
ユラディカは納得たようだ。これでやっとウィンドル様のところへ向かうことができる。
「おい、ゴヴァ様が移転した場所はここだ」
「急に敬語もなくなるじゃない」
お前を見てると苛つくからだよ。
「…ああ分かったわ。てか貴方本当に万能ね」
「良いことばかりじゃない。とにかくスキルの発動に時間がかかるんだ」
「どれぐらい?」
「最短10分、ダンジョンを作ろうとすると1年はかかる」
「タイパ悪っるぅ〜」
それだけ言ってユラディカはゴヴァのいる方角の壁を壊した。乱暴過ぎる。
「ユラディカ、言い忘れていた。もし貴様がウィンドル様に害をなすのであればその時は俺が貴様を殺す。以上だ」
「姫と執事揃ってふわふわ倫理じゃない」
そこで笑う彼女も彼女だと思った。
恐らくこの場で1番理性的なのは、ウルフのヴァライだろう。彼は話を聞き、人を宥め、大人しく座っていた。
人は狼に凶暴性で勝ったのだった。




