あたたかさはこれで
「緊急家族会議〜!」
「……ユラディカ、お前調子乗ってんな?」
その日の夜、勇者一行は一旦終わりの街まで戻ってきていた。ウィンドルはそのまま暗黒渓谷に行く気満々だったが、ユラディカが『杖を新調したいの』だとかを言って、結局終わりの街の宿に泊まっている。
そしてゴヴァはため息をついた。深夜にユラディカが自分の部屋に入ってきて、こんなことを言い出すのだから。
「嫌ならやめるけど」
「…………嫌とは言ってないだろ」
ゴヴァは眠い目を擦りながら、ベッドに座り直した。最北端の街なので宿代は高いが、あまり部屋は広くない。ひとつしかない木製の硬い椅子にはユラディカが座った。
しかし、緊急家族会議。
議題は言わなくても分かってる。ハイヤーだ。ゴヴァもちょうど悩んでいたところなので、タイミングが良い。
「お前はどっち派だ?」
「合流していいでしょ。彼はウィンドルに仕えたいんだもの」
「…アイツが魔王になった時、1番反発するのはハイヤーだろ」
ハイヤーに戦闘能力はない。手こずるわけではないが、ウィンドルが再度彼を殺すことに抵抗がないわけない。それでもハイヤーはこちらに殺意を向けるだろうし、正直言って面倒だ。
「ユラディカも、面倒じゃないか?」
「そうでもないわよ」
ゴヴァは知らない。
ユラディカが魔王化を阻んでいることを。
(さすがユラディカ。抵抗ないんだな…俺は無駄な争いしたくないんだけど)
ゴヴァの目指す先は平和。戦いなんて本来ならばごめんだ。ハイヤーのことは嫌いではないし、殺したくはない。
自分の手のひらを見つめると、ユラディカは何か勘違いしたのか手を握ってきた。
「うお!?」
「心配しなくても明日のお昼までには会えるわ。ウィンドルも満更ではないでしょうしね」
ピンポイント。そして不自然な『杖を新調したい』という言葉。まさかとは思うが———
「お前、もしかして暗黒渓谷行く前までに、ハイヤーと合流できるように時間調節した?」
ゴヴァは冗談を前提に半笑いで聞いた。その半分は本気で疑っているが。
「あら、なんのこと?」
このイタズラっぽい笑顔が物語っている。
◾️
そうしてユラディカが宣告した通り、明日の昼。終わりの街の宿を出て、ちょうど離れの雪原に足を踏み入れたときに聞きなれないヘリの音と、聞き慣れた男の声が聞こえた。
上空から。
「…ヘリも計算内か?」
「ふふ、あんなん分かる方がおかしくなぁい?…私が当てにしてたのは、ヴァライとミスター・ボックスよ」
ユラディカはヘリの音を聞きながら、遠い目をしていた。ヘリには、パステルピンクの特徴的なマークが付いている。
そこから男は降りてきた。
「…っは、ウィンドル様!!」
ウィンドルは全身の力を脱力させて、自分に向かって走ってくるハイヤーを見つめた。
「———なんで、なん、で?」
昨日の姿となんら変わりない。合流するために、ずっと移動し続けていたのだろう。
彼の顔は疲労感が残っていたが、それでも小さな王冠を被るウィンドルを見て微笑んだ。雪原の中、息を切らしながらも笑っている。
「やっと、追いつきました。…自分は貴女の執事も、遊び人も、辞める気ないですよ……!」
ウィンドルは一瞬気圧されるものの、寒さで指が震えてやっと、口を動かせた。
喜び半分、悲しさ半分。全体的にハイヤーならそう、という納得感。
拒絶するのをつい忘れた。
「…なんでなの?私は、こんなの望んでなんか………」
ウィンドルは自分のポーチに触れた。偶然だったが、その中には“嘘破りの羽ペン”と、黒い文字の書かれたメモ帳がある。
昨夜、宿の中で迷いつつも革製のポーチを開けたことを思い出した。
「望んで———なんか」
メモ帳に書かれた信用のおける文字が、ウィンドルのその先の言葉を阻む。
「自分はウィンドル様に仕えることが好きなのです。酒場のアルバイトも、研究職も…それ以外の他の道はしっくりきません」
ユラディカとゴヴァは2人から離れている。彼らの声は聞こえていない。ヘリの人たちも空気を読んで遠くにいた。
「望んでここにいます。…どうか貴女の厚意を無下にした自分を許してください」
「許すも何も、貴方は悪くないじゃない!」
「では許して、自分をパーティーメンバーに加えてください」
ハイヤーはウィンドルに跪いて、珍しく彼女の手に触れた。
「…せめてウィンドル様の行く末の、責任を取らせてください」
触れたところから熱が伝わってくるような気がして、ついにはウィンドルの目の付近まで熱くなり、雪に温かい涙が落ちた。
いつものハイヤーなら軽率にこんなことはしない。ウィンドルの熱が帯びたのはきっと照れも入っている。
少し年上の、頼れるハイヤーは憧れで、初恋だった。小さい頃は彼について周り、彼のことを真似して遊んでいたものだ。
それを父上も、笑ってくれていた。
しかしもう、あの方は笑ってくれない。
でもハイヤーは違う。ずっと、ずっと自分の身を案じてくれていた。
そんな彼を、疑った。殺した。悪いのは自分。そんな自分を許せない。でも許すと、逆に許してくれと、彼は言っている。
「…ぅう……う」
甘えても、良いのかな。
これで最後にするから良いかな?
期待していなかったかと言えば嘘になる。
昨夜書いたメモ帳が立派な証拠だ。
ウィンドルはしゃがんで下を向いた。ハイヤーの手を両手で強く握って、泣きながら言った。
「……ねぇ、一緒に来て、ハイヤー」
「はい」
小さな姫の甘えた声に、愛おしそうな優しい声で、彼女の執事は返事をした。
◾️
こうして勇者、戦士、魔法使い、遊び人が全員揃ったのだった。
たとえ、それぞれの考えが違うとしても。
魔王を倒すその時までは瓦解することはない。
(ふふっ、今度ミササギに会ったら、たくさんお礼をしなくっちゃ!何もかもが、彼のおかげだわ!)
一行は暗黒渓谷へと足を踏み入れた。




