姉そして弟もしくは仲間
「ミササギ、帰るの?」
「そりゃそうさ!ダンジョンが崩れる前にささっとね。とにかく、まいど〜!」
満足そうな笑みを浮かべて、イタズラな顔で小切手を受け取れば、荷物をまとめて風のようにダンジョンから出ていった。
ユラディカが見る、自分の手のひらには金色に煌めく小さな王冠があった。
“呪い無効の王冠”。
これさえあれば、ウィンドルを勇者の剣の呪いから守ることができる。そうすれば、魔王を倒したとしても、新たな魔王が生まれることはなくなり———ゴヴァも、きっと、ここに居てくれる。
「…………有り得ないわ。そんなこと」
ユラディカは理解している。ゴヴァは魔王が生まれないのであれば、そのまま大人しく自分の故郷に帰るだろう。この、魔族が恨まれる社会において、魔王の選定役が長居する必要はないし、彼には残る理由もない。
結局、ユラディカが一方的にゴヴァを気にかけているだけなのだから。
それが分かっていながらも、ユラディカは王冠を買った。分かっていないフリをして買った。
少しでも、ゴヴァと一緒にいられる可能性が増えるなら———いや、
「……なにバカになってんのよ…私…!」
実は魔族だったなんてどうでもいい。そりゃあもちろん嫌いだが、ゴヴァに限っては嫌いじゃない。ウィンドルのような子供も、どっかの街ではしゃぐ子供も嫌いじゃない。
だって私は、“天才魔法使いユラディカ”である前は、“孤児院の1番上のお姉ちゃん”だったんだから。
子供なんて嫌いになれるものか。
シスターと一緒に小さい子たちの世話をした。今でもその記憶は残っている。目を離せばすぐどこかへ消えてしまう、可愛い可愛い子供たち。小さい体で歩いて、拙い言葉で喋って、手のかかるヤンチャをする。
家族を失ったユラディカには暖かい場所だった。
赤子の世話をしたのはゴヴァが初めてで、シスターから教えてもらった世話の数々も、ゴヴァには中々通じなかった。
今思えば、あの頃から自意識があったのだろう。特にオムツ替えの暴れようは物凄かったから鮮明に思い出せる。
ユラディカは目を閉じて、田舎の草原の中にある、孤児院を思い出した。
弟と妹が背の高い草原でかくれんぼをするのだ。定期的に会うあの家族たちは、すでに立派な大人になっている。最近は働き始めたあたりだろう———ちょうどウィンドルぐらいの歳だろうか。もう少し上かもしれないが。
「ミササギ、ハイヤー、私嘘ついたわ。この王冠はゴヴァのためだけじゃない…ウィンドルのためでもあるの…私、彼女も嫌いじゃないの」
もし家族に魔王となる推薦がされたら、相手の息の根を止めるためにユラディカは動く。可愛い弟も妹も魔族のために使われたくなんてない。
しかし、今回は推薦人がその弟だ。
加えて、推薦されるのは子供だ。
ユラディカは分かっている。“呪い無効の王冠”が本当の望みを叶えることはないことを。
しかし、可愛い子供が生き延びるのであれば、これが一番平和的に解決するのであれば、頼るしかない。
(でも、ゴヴァ。私、貴方みたいな手のかかる弟は中々いないから、貴方が1番お気に入りだったのよ?)
ずっと冷めた態度をとって、嘘をついていたことへ謝りにこないのは流石に傷つく。
それだけが心残りで、それだけがあれば今後一緒に居られなくてもいいと思った。
◾️
あの爆音はユラディカのものだった。
彼女はとても賢いし優秀だ。
だからきっと、何か答えを見つけたであろう、ミスター・ボックスの向かう場所にいる。
ユラディカなら、絶対にダンジョンを攻略できるからだ。
「…ッ!」
ゴヴァは走り出していた。
意外にもウィンドルの体調を気遣う、そこそこ信用のおける立場の商人がいるなら、ここにいなくてもきっと良い。
仮にも魔王になってもらうのだから、最後まで付き添うべきなのだろうが、もう遅い。
ゴヴァの感情はすでに走り出していた。
「はぁ、はあっ!」
しかし、ウィンドルを放っておいてまで、走ってまで言うべきだろうか。寒さによる体調不良の心配を?それとも、魔族ということを隠していたことに対する謝罪を?
どうせ彼女は気にしていない。
彼女は賢い。彼女は天才。
だからあの時憤らなかった。
大人しくダンジョン攻略に、何も言わずに、着いてきた。自分に対して、何も言ってこなかった。まるで興味がないように。
その態度がずっと引っかかってモヤモヤする。だから走っているのだ。
進めば進むほど、車の跡がはっきりと見える。壁に擦り、何かを乗り上げ、何かに衝突、の繰り返し。とんでもない走り方をしたのだろう。
正面で大破した車を見て慟哭を上げるミスター・ボックスを無視して、ゴヴァはユラディカの元へ走り続けた。
そうしてやっと、スタート地点の庭園が見える。そこには王冠を持ったユラディカがいた。
「———…ユラディカ!」
ゴヴァが叫ぶとユラディカは振り向く。
「ゴヴァ……?」
さっきまで、謝ろうと考えていた。
そうしたら、すぐにウィンドルの元へ戻りダンジョンから出るつもりだった。
気付けば抱きしめていた。
「なぁ、俺のこと、嫌いになった………?」
「…泣いてるの?」
ユラディカは驚いている。ここからは見えないが、声色的に。だが当然、こっちは泣いていない。だって、自分の顔なんて見えやしないし。
鼻の奥がツン、とするからって泣いてるとは限らない。
「泣いてない」
「貴方、私のことどうでもいいんじゃないの?」
なんで彼女はどうでもいいと思ってると考えたのだろう。自分のことを愛情深く育ててくれた姉に、感謝こそすれ、無関心のなるわけがないだろうに。
むしろそのセリフを言いたいのはこっちだ。そんな姉をずっと騙していたのだから。
「…お前こそ、俺のことどうでもいいんじゃないの……お前、反応薄かったし」
ゴヴァはよく分からなくなって、仕返しのように言い返した。ムズムズするが言い切った。
「…なーんだ!やあねぇ」
「!?」
すると驚くべきことに、ユラディカはゴヴァを力強く抱きしめ返す。本当に、ぎゅっと。
ゴヴァのムズムズと気恥ずかしさは更に倍増した。
そもそも抱きしめたことが間違っていたのだ。そうに違いない。急いでここから出なければ。
「…ちょっと、ユラディカ!」
「ゴヴァ、黙って聞いて」
撫でるような彼女の声に、ゴヴァはつい、抵抗をやめた。
「魔族であること、嘘をついたこと、別に謝らなくていいわ。貴方は私の弟。それで充分」
その声は優しくて、いつかの子供の頃を思い出した。そうだ、自分は覚えているんだ。ずっと前からお節介だった姉のこと。
それを思えば、ユラディカが自分のことを嫌いになるなんてない。
「来てくれてありがとう。充分よ」
ゴヴァはぎゅっと、抱きしめ返した。
ユラディカの王冠の意味も知らないまま。
◾️
氷風のダンジョンの崩壊も近い。庭園の花は徐々に崩れ出す。砂のように。ボス猫がいた花壇だって、砂のように流れ出す。
ユラディカは庭園の中央を見た。
ご丁寧にも、あのボス猫は有言実行したようだ。
《お話終わった?参加者増えた?れっつ脱出頑張って。一等賞にはアタシの首と、王冠あげるねぇ》
人工芝のような草っ原の中央には、黒猫の首が置いてあった。
———もちろん、実物ではなくぬいぐるみだ。おちょくるような、まあるい眼はじっと2人を見ている。
『またね!』というメッセージ付きで。




