最初、さいしょに言ったでしょお?
ユラディカはダンジョン掲示板を閉じて、自己の思考に耽った。むやみやたらに魔法で壁を壊していたが、キリがないことに気付いたからだ。
このダンジョンの攻略をするには、ダンジョンの構造を明確に把握しなければならない。
氷風のダンジョン。
当然ながら未踏破。全貌は未だ掴めない。超高難易度、帰還者数名。新しく書き加えられた内容には『内部に入ると、パーティメンバーの分断。分断後に庭園のようなボス部屋に入る』と書かれていた。
「どうして事実と記録が違うのか…ね」
まず、先遣隊の調査ミスということはあり得ない。彼らはオワリノ帝国所属の調査隊だろうから、その技術は折り紙つきだ。
専門の探査官ともなれば、ダンジョンの精査に関してはユラディカよりも優秀だろう。
なら、間違っているのはこちらの方だ。
最初に入ったあの庭園は、ボスのように見えた猫は、ボス部屋でもなければ、ボスでもない。
別の魔族だ。
しかし、この迷路内にボスがいるとは到底思えなかった。せいぜい弱い魔物がいる程度。
優雅に歩き、氷の壁に触れた。そうして自分の後ろの壊れた氷の壁を、その先の通路を見る。
「…ボスはそもそも存在しない?なら、このダンジョンは———」
◾️
ハイヤーの浮き出た血管を見てミササギは判断した。
もう彼は合流させて、勇者一行の足止めをしてもらった方がいい。感動の足止めでも、怒りの足止めでもいいが、競争相手は少しでも減らすべきだ。
〈あのねぇ、アタシがいつ、このダンジョンのボスって言った?〉
何前提を覆すようなことを言うんだこの猫は。
このダンジョンの攻略にあたり、ここの構造をボス猫は話す。正直話されてもよく分からないので、あまり聞かないことにする。
〈ダンジョンってさぁ、要素の足し引きが根底にあって、ボスが1番の、ナンバーワンの象徴なのよぉ〉
ボスではないらしいボス猫はひょいと花壇に登り、花と戯れ出した。
〈ダンジョン側が得られる有利な条件はぁ、
マルイチ、ルール。
マルニ、ダンジョン内のシステムの自由。
マルサン、攻略者のポップの操作。
マルヨン、“呪い無効の王冠”〉
「ふーん?」
「攻略者側からすればマイナス事項が多いですね。
戦闘系ではないレアケースのダンジョン。
ボス部屋直後の分断。
凍え死ぬほどの極寒」
「へーえ?」
もしこれを足し引きの構造に当てはめるのであれば———とハイヤーは考え出す。
「まったく釣り合っていませんね。ダンジョン側が有利過ぎます」
〈だあ、かあ、らあ、ダンジョン側のデメリットを用意したのぉ。アタシったらあったま天才だから〉
ボス猫は地に落ちた赤い花びらを食べた。
〈ひょうふーのダンジョン?だっけ?それにぃ、ボスは存在しないのぉ。ボス部屋はあるけどね!アタシはあくまで管理人なぁ?〉
「…疑問が残ります。戦闘系のダンジョンでないのに、ボスがいないことで発生するメリットはありません」
ハイヤーはちゃんと話を理解しているようだ。残念ながらミササギの頭は熱を放つのみで、疑問を持つまでの思考には至っていない。
だがまぁ、ハイヤーの言いたいことは分かる。
戦わないことが前提の、迷路というダンジョンにボスはいてもいなくても関係ない。なのにボスがいないことが、なぜ攻略者のメリットになるのか、ということだろう。
〈いひひ、その大前提が違うのさぁ、アタシうそついたからね。ここは戦闘系ダンジョンだよぉ〉
猫は面白くて堪らないのか、走り回って花壇の花を食い散らかし始めた。
〈そうそうそう!アタシは最初にうそついた!〉
ミササギはウィンドル達が行った迷路に行ったことがないので、話を聞くだけではよく分からない。ハイヤーはそれだけでも分かっているみたいだが。ミササギにはてんで理解が及ばない。だからこの先の話はあまり聞いていない。
よく分からないなりにも早く解決したかったので、直接必勝法を聞く。
———それからミササギ達は、ボスではない猫の、最速の必勝法に従い、移動した。
ミササギに扮したハイヤーはウィンドルの元へ。
ミササギはゴールの手前へ。
◾️
「なるほど!ここはボス部屋か!」
そうさ、オレは理解した!
このダンジョンはボスの存在しない戦闘系ダンジョン!つまり、踏破の証明である、ボスの討伐ができない!
ならばそう!別の方法で証明をしたらいい!
「おい、スーツケース!聞こえているだろ!?」
ミスター・ボックスの声に反応して、真紅のスーツケースはウィンドルの拘束を潜り抜ける。まさか無機物が動くとは思わない。驚きと共に頭を地面に打った。
スーツケースは黄金の光を放ったかと思えば、幾何学的な亀裂が入り、みるみるうちに変形した。
中から機械の手が生えて、まるで自らを改造しているかのようだ。
「変形こそ浪漫!そうだろ友よ!」
スーツケースにもはやその名残はなく、むしろ体積も面積も増えている。中に物が入っていたにも関わらず、この自由な変形はなんなんだ。
なぜか友と呼ばれたゴヴァは唖然として見つめていた。しかし、こんなにも発光する必要はあるのだろうか。あまりにも強い光で、ゴヴァの真っ黒な影が雪原に落ちた。
そしてスーツケースはどんどん巨大な形に———車に変形した。
スタイリッシュな真っ赤なスポーツカー。車体の幅は通路にギリギリだ。
それでもミスター・ボックスは無理矢理車に乗り込み、発車する。スピードを示す針は調子良く動いて、車体は氷の壁を壊して進む。
「回復禁止、逃亡禁止、スタート地点に戻るの禁止!であれば、そもそもオレらはポップ地点から後ろに行くということをしない!それこそ盲点!」
向かう先は———最初のポップ地だ。
つまり、来た道を戻るということだ。
「ここが戦闘系ダンジョンでないのであれば、最後のルールはダンジョンの足し引きに関係しない!ただの、後ろに行くという選択肢をなくすためのブラフ!」
最初のポップ地に着き———さらにその先へ進んでいく。その先にスタート地点が、ゴールがあると信じて。
ミスター・ボックスは確信した!
ヘッドライトが照らす先に、緑色の庭園が———その手前にミササギとユラディカが我先にと、走っていたからだ。
そこに、スポーツカーは乱入する。
「スタート地点に戻ることこそが、踏破の証明だというオレの仮説は当たっていたということか!ははははは!」
ここまで来たら取りたい一等賞。ギャギャギャ、という音を立てて危険走行をする。なりふり構う気はなかった。
「車体を寄せるな!」
「なんなのよもう!」
2人はそれぞれの方法で車を躱す。方やマジックアイテムで、方や魔法で。
———今ここに、一等賞を賭けた短距離走が始まる。




