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しょうみー商人

ボス猫との取引の後、ミササギは疲れ果てて眠りこけてしまっていた。爽やかな風の吹くダンジョンで眠るのは初めての体験だ。


体は資本なので、できるだけ体調は崩したくない。ミササギは特に維持しやすい上に、正直寝なくてもそれほどパフォーマンスは下がらない。ちょっと顔色に出る程度。かと言って、眠らないのは精神衛生上よろしくない。


そうして寝ていた———30秒。


別にショートスリーパーではない。


「ミササギ、起きるの」

「…れ、レディ・ブーケ?」


そして驚くべきことに、もう1人の人物もミササギの視界に入った。


「ミササギ様。お久しぶりです」

〈にやーー〉


ハイヤーはボス猫を撫でている。

なぜだ。


「…ああ、久しぶり…なんでいるのかな?」


レディ・ブーケは王族貴族の高貴な方々へ向けて商売をしている。彼女はオワリノ帝国出身というわけでもないし、ミササギのようにハジマリ王国を避けて商売することはなかっただろう。

その関係でハイヤーと知り合いなのは分かる。

それは分かる。


でもなんで氷風のダンジョンにいる?


「“絶対防御の鎧”を返しにきただけなの。まさかブーケも氷風のダンジョンに向かうとは思わなかったの」


取り出したのは発信機。ちょうどこの場所に反応がひとつ光っていた。恐らくミスター・ボックスに発信機を付けているのだろう。


「勘違いしないで欲しいの。彼のトラブルは面倒くさいから付けてるだけなの」


しかしながら犯罪行為だ。納得できるが、なんて怖い同僚。


レディ・ブーケは自前のトランクに、商会で見た防具を持って来させた。


「これが用事?わざわざ?」

「そうそう。ブーケは優しいの」


絶対嘘だ。何か頼み事があるとかの裏がある。


「そういう優しさを見せるのは、マダム・キッズかと思っていたけど」


疑いの目で見れば、冷めた目で見られた。


「何言ってるの、キッズはボックスの元カノだからそこに行きたくはたくはないの」

「え!?そうなの!?」

「知らなかったの…ってそうだった。別れたのは1年前だからミササギは知らないはずなの」


もしそうなら良く今まで商会で顔を合わせていたな、とも思ったが、それが彼らなのだろう。大人な精神をお持ちだ。


「今のは内緒なの。ボックスに言ったら溶鉱炉にぶち込まれちゃうの」


レディ・ブーケは人差し指を口元に持ってきて、典型的な“しー”をした。


「じゃあ、内緒ついでに教えて欲しいんだけど…なんでミスター・ボックスは勇者の剣のことを知ってるのかな?」

「…惚れた腫れたのもつれなの。醜い嫉妬でキッズが声をかけた剣士との会話を盗聴してたみたいなの」

「聞いてあれだけど、よく知ってるね?」

「ボックスならやりかねないって思ったの。回線切って、あいつから口止め料たんまりもらったの」


レディはその小さい手で小さな丸を作る。そう、金を示す丸を作る。


「……その手はなあに、レディ」


明らかにその丸はミササギに向けられていた。


「今、ブーケは情報を喋ったの。氷風のダンジョンの仕組みも分かっちゃったの」


要は情報量と口止め量を寄越せということだろう。理不尽な人はここにもいた。

ミササギが嫌な顔をしていると、ボス猫が寄ってきて小さな声で囁いた。


〈早く、はやく金持たせて帰らせてよぉ〉

「なんで。どうせ攻略するよ?」

〈微かに音が、ぼっ、聞こえんだよ。もう時間がないぜぇ〉


ボス猫は今のダンジョンの現状を把握していない。把握していたらもっと慌てている。それでも何か異常があると思えるほどの音が聞こえたようだ。

それはミササギたちに聞こえるような音量でないとしても、確かにボス猫の耳は捉えた。


ミササギにとって、勇者ウィンドル達の動向は全く分からない。ボス猫の全体の把握度も。とりあえず、ボス猫の言うことに従ってみることにした。


「……いくら?」

「ミササギにしては素直なの。でも、違うの」


レディ・ブーケはよく不満そうな顔をするが、今日はその頻度が多いような気がした。


だがなんにせよ、違うと言うのであれば、こちらも遠慮なく財布をしまおう。


「ただ、ミササギが今後やる商売に一枚噛ませて欲しいの」


レディ・ブーケは立ち上がったミササギの肩をぽん、と叩いた。わざわざ背伸びをしてするあたり、先輩風を吹かせたいのだろうか。


というかそれ以外の理由が思い当たらない。

そして彼女の言う商売にも心当たりがない。


「………?僕は今なんのプロジェクトも立ち上げてないけど?」


強いて言えばハイヤー制作のダンジョン利用、ぐらいだが商売と呼ぶにはあまりに簡単すぎる。それに絶対外には漏れないはずだ。


ちらりとハイヤーの方を見ても、首を横に振った。


心当たりもなく首を傾げていると、正面からそれはそれは深いため息が聞こえてきた。


「ブーケはこれでもあんたのことを買ってるの。あんたとの商売は絶対に儲けられると思ってるの。今回のブーケの優しさに、裏があるとすればこれだけなの」


レディ・ブーケはミササギの頭にチョップした。


「あぁ、もう。お茶会で言うつもりだったのに………まったく、レディにみなまで言わせないで欲しいの」

「別に言ってとは言ってないけど…ごめんってば。訂正する」

「まあ、言いたいことは言えたし、ブーケは帰るの。ミササギは良い猫飼ったの」


そう言ってレディ・ブーケは、“絶対防御の鎧”を置いて平然と帰って行った。


あぁこれ、押し付けられただけだ。


それにしても、良い猫?


〈にやーー〉


下手な猫の鳴き真似をして、猫の姿をしている者はジニーしかいない。


「よく彼女らを転移させなかったね。そこは有能だ。そろそろしゃべりなよ」

〈こいちはええんか?〉


ボス猫はハイヤーの方を指した。


「大丈夫。ハイヤー、荷物は?」

「ここに。ミササギ様、ここに入る前に———」


そうしてハイヤーが神妙な顔つきで喋り出したのは、勇者ウィンドルとゴヴァの名前が書かれていた推薦書のことだった。


〈ゴヴァ?アタシは知らないよ。よ?アタシの方が遅く生まれてるからかもねぇ〉


でもあり得る話だね、とボス猫は毛繕いをし出した。


「…まさか、ゴヴァとこの猫が魔族だとは思いませんでしたよ」

〈他にも色々いるさぁ。それだけ、今の魔王は好きじゃない。でも、魔族にもプライド、思想が、があるのぉ。だからそれぞれ推薦する〉


このダンジョンに来てからというもの、このボス猫から厄介な取引を成立させ、魔族魔王勇者云々の話を聞き、レディ・ブーケから厄介な防具をもらい———をしていた。


一応、ボス猫との取引だけがラッキーだが、それ以上に魔王候補という厄ネタがひっついてきた。安全性などない、一か八かの博打だが、勇者パーティーがここにいる以上、“呪い無効の王冠”を手に入れる方法はこれしかない。

ついでに()()()()()()()()()魔王討伐を阻止もできるのだから、払うリスクとしては妥当だろう。


魔王に成る方法はボス猫に任せている———これ以上、考えても仕方ない。


ミササギは当初の目的の一つを果たそうとした。

そう。勇者パーティへ、ハイヤーを合流させることだ。

問題点はウィンドルの精神状態だったが、ミササギが今気になっているのはハイヤーの精神状態のことだった。


「…ハイヤー、単刀直入に聞くよ。怒ってる?」


「怒って、ませんが?」


ハイヤーの温和な顔の隅っこで、見えないはずの血管は浮き彫りになっていた。

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