力仕事
スタート地点の庭園からは一変、迷路は大吹雪の雪原だった。自然界に寄せた見た目ではあるが、左右には氷の壁が立ちはだかり、人為的なダンジョンということが分かる。
なるほど。これは氷風のダンジョンだ。
寒い。
「さっむ…」
種族の関係上、ある程度の環境の変化には耐えられるが、このダンジョンはあまりに寒すぎる。吹雪のせいかもしれないし、迷路にそういった魔法でもかけられているのかもしれない。なんにしても体の震えが止まらなかった。
しかし、彼の足元にある鮮血を見れば分かる通り、このダンジョンの魔物のレベルはそう高くはない。これでハードモードという話なのだから、少し買い被りすぎていた。
問題は凍え死にそうなことだけだ。人間であるパーティーの2人ならなおのことそうだろう。もしかしたら、すでに動けなくなっているかもしれない。
(ウィンドル…いや、まずはユラディカと合流だ。少し話もしたいし)
今まで魔族ということをずっと隠していたことについて謝らなければならない。
本人はすぐに攻撃したり、激昂してこなかったあたり、さほど気にしていないはずなのが救いだ。
今までの自分への情はその程度だったと考えると、思うところもなくはないが、仕方がない。パーティー仲が決裂していないだけマシだろう。
少しだけ心はざわつくが。
(…壁を壊して、合流優先にするか)
魔族と共に地面に刺した斧を再び握り直し、氷の壁に向かって思いっきり振り下ろす。
「【万力の巨人】!」
スキルで斧の威力をブーストした。手加減はしない。
少年のような顔つきをしているが、体格は非常にいいため、それなりの威力が出るはずだった。
雷のような衝撃音が迷路の中に響き渡ると、少しだけヒビの入った氷の壁が出来上がった。
ビクともしない。迷路という明確な攻略法があるので、それが前提から壊される壁の破壊への対策として、強度は並じゃないのだろう。
壁の破壊は不可能だった。
しかし、大抵の不可能とは、信じられないほどの時間がかかることを指す。
「よし、もう1回だな!」
◾️
そうしてダンジョン内の壁を壊すこと5回。
ついにウィンドルと出会った。
パラパラと氷の粒が雪の上に落ちる。
「脳筋ね!」
「凍え死にされても困るんだよ。…ユラディカは?」
「まだ会ってないわ」
(ユラディカに限って魔物に殺されることはないだろうが、寒さに耐えれるのか?寒がりじゃなかったっけ)
ウィンドルはゴヴァの様子を見て、彼が何を心配しているのかを察した。
「絶対大丈夫よ。ユラディカは強いもの」
「……そう、か」
ゴヴァは気恥ずかしさを感じて、迷路の先へと視線を移した。
「ええ!それより、このダンジョン寒いわね!」
「推薦状?」
「ああ、それがあれば更に魔王になりやすくなる。それまでは精神が不安定になるが、魔王にさえなってしまえば、安定するぞ」
つまり呪いの影響が受けやすくなるので、西のダンジョンのような状態になるわけだ。それはそれで危険だが、それぐらいの責任を取る気はある。
「それをダンジョン入る前に説明して、渡したんだが…」
「ごめんなさい。上の空だったわ」
だが本人はそこまでの自覚がない!
ゴヴァの一度話した話に一切ピンときていないようだった。
「…そこまで話を聞いてるわけじゃなかったのか?もっかいよく見てみな」
「…あれ、私に渡した?」
ウィンドルは鎧の下の服を探るが、目当てのものは出てこない。タイミング悪く失くしたのだろうか。
「…ごめんなさい」
「いいよ、再発行できるし」
そう言ってゴヴァは宣言した。
「魔族、ゴヴァの名において、ウィンドル・ハージマリを魔王に推薦する」
すると、空中に赤黒い光が舞い、やがてひとつに収束した。薄く発光する、羊皮紙にも似た質感を持つ紙は、ウィンドルの手元へと戻る。
「ありがとう。後で失くしたものも取りに行かなきゃね」
「いや、大丈夫だ。再発行すると前のやつは自動的に消える。誰かの手に渡ることはないぞ」
もし誰かに見つかったら大問題だ。ゴヴァの名前ならともかく、ウィンドルの名前までしっかりと明記されている。仮にも王族が魔王になる推薦書に記名されているなど、冗談にもならない。
◾️
そしてハイヤーは離れの雪原に到着していた。
ミササギとの合流場所に行っても彼は待っていなかった。不審に思って氷風のダンジョンへ行ってみれば、そこの入り口には信じられない紙が落ちていた。
「ま、魔王推薦状!?推薦人、ゴヴァ……以下の者を魔王へと推薦する……ウィンドル・ハージマリ…………」
驚きから落胆へと変わるのは一瞬だった。
ハイヤーが握り潰す前に、それはすぐに灰となって消えていったが、あの文はもう、ハイヤーの目に焼き付いて離れなかった。
ゴヴァが裏切った!
「クソっ!俺の落ち度だ!」
ゴヴァはパーティーメンバーを集めるときに、ウィンドルから北の戦場の戦友として名前が上がった人物だった。
孤児院から出て以降、兵士になる前の経歴を全てさらったが、何も不審な点はなかった。その上、ウィンドルが強く要望するために勧誘したが———間違いだった!
「———……はぁ。……ミササギ様、ミササギ様を探さないといけません」
ハイヤーは眉間を押さえて自分のやるべきことを考える。彼の背にはミササギに頼まれた、マジックアイテムが入ったリュックがある。
ウィンドル様のためにも、これはなんとしても届けなければならない。
そんな中、ハイヤーに話しかける者がいた。
「ミササギ?今、ミササギって言ったの?」
振り向けば、フリルとリボンを上品に誂えた、どの時代の社交界でも通用するような、奇抜すぎないドレスを着た女性が立っていた。
彼女の上には持ち手の無い、ドレスと合わせた日傘がさしてある。
見た目は明らかに貴族の娘。しかし、従者を1人も従えていないところを見るに、そうではないのだろう。
(あの顔…見覚えがあるような)
雪原の中、彼女は真っ黒なトランクを従えて、ズンズンと近付いてくる。
それにしても、雪原の中をドレス姿で歩く人は初めて見た。全体的に調和の取れた見た目なのにも関わらず、トランクの上には無骨な防具が置かれているのが気になる。
(あの自律型トランク…!)
ハイヤーは思い出した。前に何度か彼女には会ったことがある。それこそ社交場で会った。
「レディ・ブーケ…!!」
彼女は世界の王族貴族を相手取る商人だった。




