ボス猫
〈ようこそ。ダンジョンへ。迷路、めいろ。楽しい迷路は、いかがかなぁ〉
目を開ければそこは知らない庭園だった。
正面には王冠を被ったフサフサ尻尾の猫がいる。巨大というわけでもなく、ごくごく一般的なサイズの猫だった。骨格が異様というわけでもなく、側から見ればただの黒猫。
それは体をしならせて、金色の瞳でミササギを見る。
〈ルールはねぇ。回復ダメよ。逃げちゃダメよ。アタシのところに戻っちゃダメよ。たったそれだけ、守らなきゃダメよ〉
どう考えてもここは氷風のダンジョン内であり、この猫はそのボスだ。
ピンポイント移動。なんてこったい。
「ミササギ!?どうしてここに!?」
後方からは庭園に響き渡る男の声がした。思わず振り向いて、呆れ声を出してしまった。
「…ミスター・ボックス?」
巻き込み事故。なんてこったい。
「そうだとも。愛すべき先輩、ボックスだ。ミササギはマダム・キッズと同様に他人行儀過ぎる。そろそろボックスと呼んでくれ」
「じゃあその親愛なる先輩、ボックスはどーして、僕と一緒に移動しているのかな」
「オレこそ知りたい。お前に聞きたいことがあって、リュックを掴もうとしたらこのザマだ」
どこぞのB級映画の外人のように芝居がかった否定を示した。イマイチ緊張感がない。
「…僕のスキルで移動したんだよ。僕が身に付けているものに触れている者も対象だからね」
「納得した。……この結果は意図的か?」
彼はどこからともなく杖を取り出し、異様な気配のする猫に先を向けた。
〈え?ええ?アタシのせい?違うよ、オメーのポッケのせいよぉ〉
幸いにもボス猫はすぐに迷路に放り出す様子はない。マイペースにも毛繕いをし始めた。
かなり体勢をコロコロと変えているが、頭の王冠が落ちることはない。やはりあれが“呪い無効の王冠”と見て良いだろう。
「戦えたっけ?」
「全くだ。だが、目眩しぐらいならできるさ。スキルのクールタイムは?」
「もう再使用できるよ」
ミササギとミスター・ボックスの空気が変わる。ボス猫はそれを察して毛繕いをやめた。金色の瞳は爛々としていて怪しい。そして確かに2人を見ていた。
〈お話終わった?参加者増えた?れっつ脱出頑張って。一等賞にはアタシの首と、王冠あげるねぇ〉
ボス猫が言い終わらないうちにスキルを発動する。備えもなしでダンジョン攻略は不可能だ。
「【顧客探———】!」
「たのもーう!!」
ダァン、と重厚な扉を開けたのは、勇者ウィンドルだった。
〈んきゃーー!!〉
ボス猫は音に驚き、自身の眼のような金色の花の咲く低木に逃げ込んだ。
小心者のボス猫よりも、今は勇者ウィンドルの方が怖い。
本当にびっくりするぐらいよく会うね。
〈んもう!アタシを驚かせないで!おっかないオメーらにはなぁ、ハードモードがお似合いだなぁ!〉
ボス猫は低木の中で吠えた。全身の毛が逆立つほどの汚い声で吠えると、ウィンドル、ゴヴァ、ミスター・ボックス———続々と消えていく。
ミササギはその3人が移動する瞬間を見た。
「なんで?」
〈な、にゃんで!?〉
ミササギは移動することもなく庭園にいた。ボス猫も驚いているので、ソイツのせいではないだろう。
だとすれば、同じく庭園にいるユラディカの仕業だ。
〈にゃんでやねん!!にゃんでやねん!!〉
ボス猫が自分の尻尾を犬のように追いかけて周り出したので、ミササギはその隙にリュックから竹製の丸い籠を取り出す。
「えい」
〈んにゃ!!こんな籠、かごぉ!〉
ボス猫は籠の隙間から頭を出して出ようとするが、不思議な力によって阻まれる。学習をしない不燃不屈さで何度も頭を打ちつけた。
「ボスにしては頭が悪いね。マジックアイテムだよ。頭上失礼…取れないな」
ミササギは籠の網目から手を入れ、ボス猫の頭の王冠を掴んだ。今取れてしまったら楽だが、やはりそうはいかないようだ。接着剤でくっついているかのように、ボス猫の頭までも持って行かれてしまう。
〈はん!当たり前じゃんねぇ。このダンジョンは未攻略なんだ!ネコババできると思わないでよねぇ〉
ボス猫は脱出を諦めたのか、液体のように地面に転がった。この態度のデカさを見るに、ダンジョン攻略する以外ではボス猫に危害を加えられないのだろう。
正直、ウィンドル達はこのダンジョンを攻略できてしまうと思うので、安全を確保しつつ、戦利品に誰よりも近い位置にいるのはラッキーとしか言えない。
「…さすが天才魔法使い?」
ユラディカの様子がおかしいことは見て分かっていたので、様子を伺うためにも普段よりにこやかに話しかける。
ユラディカにはウィンドルのような、刺すような気配も不気味な雰囲気もなかった。ただ悩んでいる人の顔だ。
「…商談しましょ、ミササギ」
「先に言っておくけど、相談なら受け付けないからね。僕は物を売るだけだ」
「相談料払ってあげる」
「なら話は別だね。聞こう」
ミササギの変わり身の早さに、籠の中のボス猫は呆れた。ミササギの手のひらには小袋が乗る。中身を確認してから話を促した。
「…とても、とても強力な呪いがあるとしましょう」
ユラディカは具体的な名前を伏せて話し出した。だが、恐らくこれは勇者の剣のことだろう。この氷風のダンジョンに入る前に一悶着あったようだ。
「呪われている子は、それを受け入れてる。…呪った子は、その原因を作った子は、その子が呪われることを望んでる」
呪われている子、というのは勇者ウィンドルのことだろう。ではその原因になった人とは誰だ?
「その人達はお前に近しい人かな」
「そうよ」
だとしたら消去法でゴヴァだろう。彼女もここまで話すということは、あまり隠すつもりもないようだ。パーティーのゴシップなんて隠すべきだろうに、謎に信頼されている。
「…ふーん、この話の流れだと、お前は呪われて欲しくないと思っているってことでいいのかな」
「それを相談したいのよ。……私には、分からない、から」
ユラディカは魔女の特徴である帽子を脱いで、銀色の髪を整えた。彼女にしては落ち着きがない。少なくとも、指先を意味もなく動かす人ではないと思っていたので、それだけ彼女は不安定な状況だと窺える。
「私は、彼に幸せになってほしい。私のただ1人の家族だから」
ユラディカは俯き、拳を握りしめて、庭園の草に感情をぶつけた。
「でも!きっと彼にはもう会えなくなる!!」
俯きながらも嗚咽を漏らして、地面を湿らせた。
「私の、私のいちばん大切な……!」
ミササギはポケットから綺麗なハンカチを取り出し、渡す。これも売り物でもらった相談料と同じぐらいの価値だが、この状況であれば仕方がないだろう。
「…どういうこと?」
「…呪いの経過を見るためだけに、ここで暮らしているだけなの。だから役目が終わったら、彼は故郷に戻る。私にとっての彼は家族だけど、彼にとっては違う、ってことよ」
「…」
ミササギは答えられない。彼に家族はいないからだ。
どう彼女を慰めるか、彼女が納得する言葉はなんだろうかと迷っていると、もう1人の傍聴人が口を挟んだ。
〈にゃーんだ。簡単だ、かんたん。オメーが嫌なこと避ければいいよ。つまりだ、呪いを妨げればいいよぉ〉
「ちょっと猫!?」
驚いたが都合はいい。
もしこの“呪い無効の王冠“をユラディカより先に手に入れた場合、彼女に売ることができる。その上、ハイヤーの依頼も達成となるから大変都合が良い。
〈アタシの知ってる魔法使いは、自分を曲げたりなんてしないよぉ〉
ボス猫は籠の中でヘラヘラ笑う。
「………ミササギはどう思うの」
「いや、まぁ、僕も概ね同意見かな。もう会えなくなるのはきっと寂しいだろうからね。後悔を取り戻すことはとても難しい」
呪いの詳細には触れない。そこに触れればミササギは否定できなくなる。
〈迷路に移動させてあげようか。この景品は呪い無効のマジックアイテムなんだよねぇ〉
ボス猫はとんとん、と自身の王冠を叩いた。




