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捨てて身軽に

「ハイヤー?出かけるのか」


2階からとんとんと下がってくる足音に気付いて、マスターは振り向いた。


「ミササギから手紙が来まして。離れの雪原に行ってきます」

「おーう。休日に怪我しないようになー」


まだまだ酒場の常識には疎いが、気働きであれば慣れている。ハイヤーはまだ来て数日といえども、マスターにも客にも慣れ始めていた。過去にはオワリノ帝国なんて、と思っていたこともあったが、もう意識は改革された。ここにいる人たちもただ生きているだけなのだ。


商人や冒険者から聞く、北の地の被害情報を聞くとそう思わざるを得なかった。魔物からの被害ひとつを取ってもハジマリ王国とは比べ物にならない。


「あ、ハイヤーじゃんか」


カウンターではウィスキーを手に取った男が、気さくに声をかけてきた。


常連の1人であるこの冒険者も、よく魔族からの被害を愚痴っている。


「これから出かけるんですよ」

「なぁ知ってるか?勇者ウィンドルがこの国に来たって」


出かけると言ったのにも関わらず話しかけていところを見るに、だいぶ酔っているのだろう。酔っ払いには付き合っていられないと、ここ最近で学んだが、勇者ウィンドルという名前に足を止めてしまう。


「……ハジマリ王国の者が帝国に来るのは嫌ですか?」


まずはそれを危惧した。ここに来ているのであれば、危害を加えそうな不穏分子は把握、そして予防すべきだと思っている上でのカマかけだ。


「んーハイヤーは?」

「全く。勇者ウィンドルは素晴らしい人物です」

「お、おう。お前にしては語気が強いな」


冒険者は戸惑うが、特に気にした様子もなく酒をグラスに注ぎ始めた。


「まーでも俺もそう思っちゃったよな。実はさ、離れの雪原で会ったんだよ」

「そちらに行くだなんて珍しいですね」

「氷風のダンジョンが気になってねー」


高難易度では収まらない、超高難易度のダンジョンは酒場でもよく話題に上がる。


「まさか攻略に?」

「まさか!一目見に。勇者とはテント設営してる時に会ってさ。やっぱ雪に馴染みがないのか、危ないところに立てようとしてて、ちょっとアドバイスしたんだ」

「ありがとうございます」

「なんでお前が感謝するんだよ」


ユラディカもゴヴァもウィンドル様も少し強行手段を取りがちなところがある。今までは設営場所を決めるのもハイヤーがこなしていたので不安だったが良かった。


「その時さ!雪原のドラゴンが現れたのは!」


「あぁ、討伐が難しいとか言う」

「難しいどころじゃない。鱗は鋼鉄、爪は刃の“会ったら逃げろ”の枠に入るやつさ。それを勇者ウィンドルは正面からぶった斬った!いやー痺れたね!」


そう言って酒を煽る。彼はただの中堅冒険者のため、ウィスキーなどの高価な酒は普段ならば飲まないが、今日は浴びるように飲んでいる。


「もしかして、ドラゴンの素材を売ったんですか?」

「お陰で懐がポカポカさぁ!」


手紙にあった通り、本当にウィンドル様は雪原を訪れたのだと思った。疑っていたわけではないが、死んでしまったことになった今、ウィンドル様の話を聞くだけでも嬉しいものだ。


「…俺、勇者ウィンドルの話は戦争の話とセットで聞いてたんよ」


ふと、何かを思い立ったのか、グラスを下ろして冒険者は語り始めた。


「ドラゴンに遭遇したのも、実はアドバイスする前でさ、本当はテントなんて無視するつもりだった。俺の親友はハジマリ王国との戦争で死んでるからな」

「…はい」


戦争は終わったわけではない。止まっただけで、勇者ウィンドルはオワリノ帝国の人間を殺した結果“覇者”となった。


「でも勇者ウィンドルは俺のことを助けた。オワリノ帝国の冒険者協会のバッチが付いている俺をだ。………出身なんて、どうでも良かったんだろうなぁ」

「戦争は戦争です。兵隊は命令に従うのみですから」

「分かってるよ。責めたつもりはない」


彼は崩れ落ちるようにカウンターに伏せた。彼の隣には、ドラゴンの素材を売って得たであろう、重量のありそうな小袋があった。


「ただ彼女は勇者だと思ったんだ」


◾️


「…魔王…ね」


勇者ウィンドルは勇者の剣を一瞥する。


「ああそうだ」

「………民を守るのが王族の役目。仲間を傷つけさせないのが勇者の基本。でも私はそれを破った」


己の罪を確認するように、声に出した。それから吐き出すように言葉を放った。


「いいわ。魔王になってあげる」


「ほ、本当か!?」


ゴヴァはつい声を上げた。彼にしては珍しい大きな声だ。


信じられない。本当に承諾したのか、と。

提案した側といえど、心配するほどの単純さだ。民のために自分を捨てるなんて、よっぽどでないとできはしない。


不健全だが見込み通りで、ゴヴァはホッと一息ついた。


「でも、勘違いしないでね。ハイヤーを殺した責任を取って、民を救うためだから。姫も、“覇者”も、勇者も、捨てるなら良い機会だわ。魔王にして“救世主”も悪くないもの」


ただ、最後にやりたいことがあると言った。

氷風のダンジョンの攻略をしたいと言った。

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