お前は善い人
「ユラディカ…お前……!」
ゴヴァはパッと目を見開いて、ウィンドルに向かって杖を向けるユラディカを見た。
彼女はなぜか、必死だった。見栄っ張りなのに取り繕うこともせず、余裕がなさそうにウィンドルへ敵意を向けていた。
「私は貴方を信じてるわ、ユラディカ。だって貴方はただ、ゴヴァを守りたいだけだものね。私を殺すことが目的じゃない」
ウィンドルは爽やかに微笑む。それを受けて、ユラディカは混乱したようだった。
「今、私は貴方に杖を向けているのよ?」
「私を殺すことが目的じゃないでしょう。守るために剣を抜くのなら、私はそれを否定しないわ」
今までウィンドルがこんな顔で笑っていたことがあっただろうか?
少なくともゴヴァは冒険中に見たことがなかった。冒険中でも、明るく元気に仲間を観察し続けていた。調査してみれば国王から刺客を送られていたというのだから当たり前だろう。
「それに大丈夫。私はゴヴァから本当のことを聞きたいだけだから」
ずっと殺気立っていた。それでも上手く隠していた。
かと思えばハイヤーを殺してから表情が読めなくなり、そこから少し経てば不思議なことに少し明るくなった。
今思えば”嘘破りの羽ペン“とかいうやつで国王の刺客かどうかを調べたのだろう。
「なら先に剣を下ろしなさい。尋問じゃないんだから」
「ゴヴァは強いから、敵だったら逃してしまうわ」
そんなわけがない。勇者の剣は魔族特攻。一度でも受ければゴヴァには致命傷となる。
常識だ。それを知らないということは。
(俺が魔族だと気付いていない)
「……お前が聞きたいのはなんだったっけか」
ユラディカに杖を下ろすように目配せをする。彼女は渋々ながらもそれに従った。
「勇者の剣の件でどういう意図を持って嘘をついたのか。それとなぜ———」
「あぁ分かった分かった」
ゴヴァは決心をした。要は彼女が勇者の剣を持った状態で魔王を倒すことさえできればいいのだ。
「俺はな、代々勇者の剣を管理してる人と知り合いだったんだ。でもそいつが死んじまった」
ゴヴァは滔々と語る。本当のことだけを語る。
「そいつから聞いたんだ。勇者の剣でしか魔王は倒せないってな。そういう因果を強制する呪いらしいんだよ。…昔はみんなが知っていた。でもいろんな国がそれを隠した」
「じゃあ…今まで送り出してきた勇者達は?」
頭が勇者の剣に支配されかけているといえども、彼女は民を統べる王族であり、国を守る軍人だ。そして今は平和を求める勇者でもある。
国王に命じられたことがきっかけであっても、軍人も勇者もウィンドルが受け入れたもの。
つまり根が善人。
「無駄死にだ。だって、勇者の剣が無いんだからな」
「どうして?そんなのする必要が無いじゃない!」
「オワリノ帝国との戦争は、魔王軍の脅威によって一時休戦したんだ。国にとって、魔族と魔王は、使える存在なんだ」
勇者ウィンドルは”嘘破りの羽ペン“の利用により、精神的な余裕ができている。少し明るくなったのは勇者の剣の支配から逃れつつあるということだろう。
今のウィンドルは、最初の森でウルフに答えたような『民の死は誰のせいでもない』なんてことは答えない。
勇者の剣を手に入れる前の彼女を多少なりとも知っているから分かる。
「俺は北の戦場でお前のことを知った。前線にいるにも関わらず、常に自分より仲間を気にかけ、みんなを引っ張り続けていた」
その姿にゴヴァは”新たな魔王“を見た。
「お前は”覇者“以外のあだ名を知ってるか?新兵には”救世主“と呼ばれていたぜ」
ただただひたすらに戦いをする今の魔王より、善人であるウィンドルに治めてもらいたい。彼女が王になり、全魔族の意識に刷り込みをすることで、土地を焼き人を食い殺す魔族はいなくなる。
争いなんて懲り懲りだと思っているから、ゴヴァはウィンドルに勇者の剣の話をした。
ゴヴァは拳を握りしめる。
「勇者ウィンドル、お前は魔王を倒し魔王と成って、この世界を救うべきだ」
緊張しながらも、善い人である勇者ウィンドルはこの提案を断らないと思った。
ただひとつ、ここにハイヤーが居なくて良かった。
あと少し、ユラディカには聞かせたくなかった。
「理性がまだ残ってる魔族からの訴えだ。頼む」
ゴヴァ達は限りなく人間に近いから、潜伏することができた。それにウルフの時のようにマジックアイテムで色々と上書きしている。
だからユラディカは知らない。
魔族に親を殺されたユラディカは知らない。
「まぞ…く?」
ゴヴァは賢いわけではない。
嘘をつくのは慣れてないし、舌先三寸でウィンドルという危機を乗り越えることなど、もっての外だ。
自分の身を捨ててでも、信用を捨ててでも、この先の世界の平穏が欲しかった。
だからと言ってユラディカの顔は見れなかった。
◾️
一方ミササギは二の足を踏んでいた。
「ええと、何はともあれ移動だ移動。でもここから馬車とか無理すぎる!」
大陸商会から出てきたはいいものの、ここから終わりの街の離れの雪原までは距離がある。馬車を使おうにもタイミングよく現れはしない。
「スキルで離れの雪原の近くに行くまで連続使用が無難かな」
心を落ち着かせるために、ズボンのポケットに手を入れると中の小さい金属に手が当たった。
「………窃盗するつもりはなかったんだけど」
ポケットの中に入っているのは、始まりの町でウィンドルに売った”防御貫通のダメージが与えられる針“。
決して盗んだわけではない。
西のダンジョンでウィンドルにハイヤーが追い詰められたとき、偶然彼女が落とし、どさくさに紛れてそれを拾ったのだ。
どさくさに紛れてだと本当に盗んだみたいだが、本当に違う。少しでも抵抗できる武器が欲しかったのだ。あれはほぼお守りだが。
自分でもその混乱っぷりに呆れてしまう。土壇場で回るのは舌だけのようだ。
「…返そう」
ウィンドルとの再会を考えると頭が痛いが、ハイヤーには幸運だろう。よっぽど下手な書き方をしない限り彼の身の潔白は証明される。
だが、まだ会わせたくはない。
ウィンドルの精神状態が気になる。
しかし、彼女らがすでにダンジョンに入っていた時の保険としてハイヤーにはミササギの護衛をしてもらうことにした。
物価が異常なオワリノ帝国でたっっっっっかい傭兵雇うとか冗談じゃない。
すでに手紙は送ったから、離れの雪原で合流ということになるだろう。彼には持ってきて欲しいマジックアイテムを伝えた。
少し緊張する。確実にダンジョンの前まで行ったら吐くほどの緊張にはなるだろうが。
なんにせよ、これがミササギ初めてのダンジョン攻略になる。
彼の目的は、勇者ウィンドルより早く氷風のダンジョンを攻略し“呪い無効の王冠”の獲得。
できればハイヤーを合流させる。
それからユラディカとの商談。
あとは魔王討伐の阻止。
(ダンジョン攻略なんて冒険者とか、それこそ勇者しかやらないと思ってたけど…複雑だなぁ)
ミササギが剣を握ってダンジョンに入ることはない。それで良いと思っている。危ないことはあまりしたくない。
だが、それでも、転生者として憧れがあった。
ミササギは帽子を被り直す。剣を握れなくても、勇者でなくても、自分なりの方法で攻略すれば良いのだ。
「よし、【顧客探し】!」
ミササギはできるだけ早く着くように祈った。
———その後ろにいた存在に気付かずに。
それはそっとミササギのリュックに触れた。




