《終わりの街》
話は終わった。取引は成立した。
「じゃー僕は今から土地買ってくるから、そこにダンジョン建てて。色々終わったら連絡するよ」
と言ってミササギは足早に去っていった。いろんな問題を押し付けてしまって申し訳ないという気持ちもなくはないが、これでウィンドル様が魔王にならないなら必要な犠牲だろう。
すると、ドアのノック音が響いた。
「話は終わったか?今からポーカーやるんだが、一緒にどうだ。遊び人なんだろ?」
「…よろしいのですか。あ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。自分は———」
「いいって。兄ちゃんは来たとき血みどろで、昨日も熱出してたんだからさ」
遊び人、という言葉に一瞬反応が遅れたが部屋の鏡に映った自分の姿を見て納得する。
服は借り物だが、無意識に着こなし方は遊び人として意識したものになっている。ワイシャツのボタンは3つ開いて、ズボンにしまうこともなく、だらしがない。髪だってアレンジを加えたし、眼鏡だってしていない。国にいたら絶対にしない格好だ。
「ミササギから聞いたよ。ここで働きたいんだって?あー別に謝罪を聞きたいわけじゃなくてだな。素性不明も気にしないし。それよりも…答えたくなかったら答えなくてもいいんだが…兄ちゃんの本職は遊び人じゃねぇよな。丁寧過ぎるわ」
…それでもジョブを疑われる。
そんなに敬語がダメなのか。
マスターに連れられて階段を降り始める。もう夜だからか、下はかなり騒がしかった。
「ええ、まぁ。とある方に絶対そうした方がいいと言われまして」
「ほう。女か」
「そうですよ。よく分かりましたね」
「若い奴の恋バナ聞くのが好きでね。妬ましいが、よく嗅ぎつける」
マスターは筋骨隆々でどちらかといえば強面の部類なので、思わず笑ってしまった。
「ふ。『似合うからやって』とせがまれたら、どんなに不向きでもやるほかないでしょう」
「なるほどな。じゃあガチガチの敬語を使わないのは?」
このマスターは意外にも鋭い。もしかすると有名な元冒険者だったりするのだろうか。
「それもその方が言ってくれました。ずっと昔から、畏まる自分に不満を持っていたようで」
「ははは、そりゃあ良い貴人だなぁ」
ハイヤーの話をするときは、必ず姫の話もついてくる。彼の人生のほぼ全てを占める存在だ。
だからハイヤーは命を賭ける。
可憐で、勇敢で、常に周りを明るく照らしていた———初恋の姫のために。
◾️
「外に出た途端これなんだから…」
ミササギは路地に追い詰められていた。1日2回の追い詰められ実績を解除した。
相手はユラディカだ。
土地の売買に話をつけ終わった途端、彼女が出てきて
「あら、私と会えて嬉しいでしょう。なんてったって貴方に金を運ぼうとしてるのよ?」
それは嬉しい。大歓喜大感謝。だが今じゃない。
「…お前の名前はだいぶ売れてるから、早く出て行きなよ。ここがどこだか分からないわけがないでしょ?」
ユラディカはハジマリ王国出身の魔法使いとして有名だ。今のところ街に彼女がいるという話は聞かないが、見つかったらとんでもない。
「私はね、ウィンドルを倒せるようなアイテムが欲しいのよ」
(…勇者も大変だな)
すでに彼女のことはハイヤーから聞いている。勇者ウィンドルを殺す、もしくは死んでも良いと思っている人だと。
「後で話そう。1人で話せるときはある?」
「それが今なのだけど」
「じゃあ1週間後ね。それまでに勇者ウィンドルを連れて、離れの雪原まで引いてくれ」
「強引な人ってやあね」
ひゅう!そいつぁブーメランだぜ!
「僕もプライベートはあるし、今は忙しい時期なんだ」
「分かったわよ。ま、せいぜいウィンドルには見つからないようにね。あの子、貴方に会いたい会いたいってうるさいんだから」
「怖いなー」
ユラディカは大人しく去っていく。彼女も十分、この国の危険性を理解している。
この街の名前は終わりの街。ハジマリ王国と割と最近までドンパチしていた———オ《・》ワリノ帝国だということを理解している。
自分を探していたというのも、勇者ウィンドルより先に見つけたかっただけだろうし。
「…でも、どんなに金になろうとお前らとの取引はこれで終わりだ」
「どうして?」
振り向いたユラディカは、いつも通り様々な荷物を背負って、着込んでいるミササギを見た。
(———僕はオワリノ帝国の皇帝に呼び出された転生者だから)
それが言葉になることはない。
「面倒ごとが多いからだよ!先のダンジョンでの話を忘れたとは言わせないさ!」
呼び出された転生者は基本、皇帝に服従である。本来であれば勇者として育てられていただろうが、ミササギはあまりにもスキルが弱かったために捨てられた。国から転生者だという触れが出ることもない。むしろ黙っておけと言われている。
「私のせいじゃないわよ!もう行くわ」
巨額の税金を投入して得た転生者が、勇者になれない弱い一般人だなんて笑い話にもならない。
そしてその皇帝から、今朝方連絡が来ていた。
ハジマリ王国による魔王の討伐を阻止せよと。
皇帝にそう言われ、ハイヤーと勇者の剣奪取の取引をし、ユラディカには勇者ウィンドルを倒せるアイテムを求められる。
加えて、勇者ウィンドルには割と好かれているときた。とんだ八方美人だと自分でも思う。
もうマジックアイテム売りの領分を超えている。
すでにユラディカは去った。路地から見える通りの灯りを見る。凍えるように寒いこの国は、あの始まりの町とは全然違う。
「…この体だって、僕の体じゃない」
転生後、初めて見た光景は豪華絢爛な部屋。数々の魔法使い、騎士、錬金術師。そして奥に座す皇帝だ。
自分が倒れ込んでいる地面を見れば、巨大な魔法陣の上にいることが分かり、呼び出されたと理解した。
転生者だと分かるのは死んだ時の記憶があるから。確か事故だったと思う。自分の体であれば、もっとひしゃげているはずだ。だから僕は転生者。
皇帝の用意した、見知らぬ他人に体に転生した。
知らない体に知らない世界。勇者になることを見越して、最初から肉体の最盛期である20代前半ごろだった。
そこからスキルを調べ上げられ、すぐに捨てられた。それが5年前。
つまり、商人を始める以前の、この世界におけるミササギの経歴など存在しない。
自分という存在を証明するのは“御陵宝”という名前と、薄れかける死んだときの記憶。今は大陸商会という所属と、5年連れ添った他人の体が馴染んでいる。
「この体すら取り上げられたら…」
この世にミササギのことを知る者はいない。
出自不明、経歴不明、年齢不明。
世界で最も謎めいたマジックアイテム売りは利益に固執する。
「…皇帝には従うべきだ」
だがハイヤーとの取引を違えるつもりもなければ、ユラディカと取引をしないわけでもない。
頼まれたら売るのが商人である。何より莫大な利益を生む。ハイヤーはダンジョンを作れるし、ユラディカは“調合上手の指輪“の一件で、羽振りがいいことは分かっている。
しかし、勇者ウィンドルが死ぬような真似もさせない———これは、ただの同情だが。
「…とりあえず、魔王城に行かせないようにして…あとは勇者の剣の呪いの対処だ」
西のダンジョンでハイヤーに話しかけた心当たり。結局話していない唯一と思われる呪いへの対処法。幻のマジックアイテム。
”呪い無効の王冠“のことを調べなければならない。




