一回ぐらい一杯食わされろ
ミササギという人物は不思議だ。
とても賢く、自分の利益を求めて行うというのは分かっている。だが、周りの人からとても好かれているようだった。
ここに着いたのは2日前。名刺でここの住所を示されたが、酒場のマスターはこちらも事情を一切知らなかった。今であれば速達で手紙も十分届けられるというのに、何も聞いていないのだ。マスターは名刺を見るなり事情も聞かずに2階にあげた。
それに酒場にいる冒険者や商人に聞いても、ミササギの評判は良い。大半が抽象的で出会ったことのない人だったが、そんな人でも彼が詐欺をしているだとか、悪どいことをしているだとかを噂しない。
名前以外の素性が一切不明で怪しさ満点だというのに、誰1人として彼を疑っていなかった。
だから不思議なのだ。
そしてウィンドル様の信用を勝ち取って(少々強引に)無事帰ってきた。あの状況で五体満足で生きて帰ってくるとは思っていなかった。
彼の才能の最たるものはその話術なのだろう。
だから素性がはっきりしなくても信用されるし、とにかく人から好かれやすい。
まったくもって羨ましい。
こっちはウィンドル様に信じてもらえなかったというのに。
「…ミササギ様、自分の今後を話すにあたって、少しお話したいことがあります」
自分の今後を考える時がきた。前提としてウィンドル様を陰ながら助けられる位置に着くが、それにも種類がある。
ガチの裏稼業に就いて刺客を送り込んででも、勇者の剣を奪取するか、ミササギの話術に賭けて勇者の剣を取引してもらうかだ。
前者はウィンドル様が嫌がる。後者は楽観的過ぎる。だがそれ以上に、彼は信用できるとハイヤーは思ってしまっていた。
「お、ちょうど僕もあるんだ。いいよいいよ」
だから少し疑問に思っていることを解消する必要があった———ミササギに協力してもらうことが前提で。すでに後者に決めていた。
ミササギはそうとは知らずに快諾する。
「お前は…」
「ダンジョンにいたのは偶然ではないですよね?」
ハイヤーはミササギの話を遮った。
「…ハハ…万能薬の泉作ってくれてありがとね…でも、もっと手前に置いてくれたら助かったかも…」
ということは万能薬を勝手に利用していたということだろう。
「…儲けましたか」
「儲けさせていただいたとも」
ミササギはハイヤーを拝むようにして手を合わせた。
「正味、ダンジョンでウィンドル様を姫として扱っていたので、その時点で好感はありましたが…」
「ちょろ。じゃあこの話はここで終わ…」
「気安いですね。酒でも飲みましたか」
別に責めているわけではない。その時間で街を見回ってこれた。
「まあ、疑問はこれで以上です。結論から言いますと、自分はウィンドル様を救えるのは貴方しかいないと思っています。取引しましょう」
ハイヤーはずい、とミササギを壁際に追い込む。ミササギはダンジョンでの一幕がフラッシュバックして、寒気を感じた。
「いやいやいや、主従揃って随分強引だね!?寄るな寄るな!僕は一介の商人だ!期待しないでよね!」
「…世界で4人しかいない、大陸任命の正式なマジックアイテム売りが一介の商人ですか」
ハイヤーたちは最初に出会ったときにミササギが自称した、大陸任命という言葉を信じていなかった。なぜならミササギの名前を聞いたことがないから。
しかしこの国では全員が知っているようだ。彼が正真正銘、大陸任命だと確認が取れた。その大陸任命という称号を取るに値する、その素晴らしい品揃えの話も聞いた。
「聞きましたよ、貴方は多くの万能薬を売っている。しかもここ最近は、かなりの量を売り捌いているのだとか…希少だというのに気前がよろしいですね」
「しかしその販路は不明……いやぁ、誰のお陰でしょうね?」
「僕はお前の主人を助けたんだけどなー」
彼は腕を組み、口笛でも鳴らし出しそうな雰囲気だった。ウィンドル様を助けて、自分も助けた。今後のためにも互いに貸し借りは無しで行きたいのだろう。
そうはさせない。何が何でも巻き込む。
「貴方、トータルでいくらぐらいの利益を得ましたか?」
ミササギの余裕のある態度もこの言葉によってなくなる。貸し借り無し———命が高いか金が高いかの問題にもなるが、これは成り立たない。
ミササギは万能薬で儲けすぎた。
それは彼も分かっているから、さっさとこの話を終わらせようとしている。
なお、ダンジョン隠匿制作どうこうの話はしない。これに関してはどっちもどっちだからだ。
「さっき言いましたよね?儲けさせていただいた、と。助けていただいたことは、本当に感謝していますよ。ですが本当に、貸し借りは無しですかね?」
追い詰めようと更に突っ込んだ。あともう少しでミササギはこの話が断れなくなる。
「命なんてプライスレスだろ?お前の愛しのお姫様は僕がいなけりゃ死んでたんだ。むしろ借り1でもいいぐらい。僕は譲歩したよ」
だが彼も商人だ。自分が損するようなことは絶対にしたくないようだった。
「そうですか。自分と取引してもらえるのであれば、ダンジョンでも差し上げようかと思ったのですが」
「……へぇ」
関心しているかのように、じっとこちらを見つめて微笑んだ。
これは恐らくミササギの話したかったことだろう。憶測でしかないが、彼は命を救ったことをダシにしてダンジョン制作をハイヤーに頼もうとしていたはずだ。
(一体何歳だかは分からないが、こっちは20年宮廷にいたんだ。取引の経験では負けない)
「溢れ出る万能薬の泉のように、意外と自由が効くんですよ。いかがです?」




